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july.9.2017 結局仲良しな二人です
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「あじい……暑いものは暑い……温かい皿は熱いうちに!」
言葉にしたら涼しくなるかもなんていう幻想はとっくに捨てているよ。でもね、ほら、言ってみたら気が紛れる気休めってあるじゃない。そんな呆れ顔しないでくれますか?鉄仮面さん。
「諦めろ、ここは厨房だ」
「んなことわかってるって」
皆さん想像できますか?この灼熱エリアのすさまじさを。「夏は台所に立ちたくないわ」「揚げ物なんてごめんだわ」ええ、ええ、非常によくわかります。
厨房は熱源の塊みたいな場所だ。まずパスタを茹でる鍋がブクブクしている。あとは蒸し器がシューシュー。つねにフライパンが2つ以上火のうえにのっかっている。あとは揚げ物用の鉄鍋に油がたっぷり。その前で立ったりしゃがんだり、腕振って鍋をあおる。つねに熱放射攻撃にさらされている俺と飯塚。
ホテルや提供する料理が決まっている店でIHを本格導入している所もある。空調管理がされていてIHだから放射熱がない。焼き物、蒸し物、煮物はスチームコンベクション(略してスチコン)が一手に引き受けてくれるからIHコンロだって少なくて済む。
スチコン知らない?家電にもこの機能をもったものがある。ヘルシオ系の蒸気で料理する電子レンジがそうなのだ。付属のレシピ本には揚げ物、煮物、焼き物、蒸し物、スイーツ、なんでもござれだ。
業務用のスチコン、でかいのだと高さ2m近いし幅は1m20cm以上!一気に何百人分の料理ができちゃう優れもの……500万~800万くらいするけどね。
俺も飯塚も炎派。やっぱり鍋は振らないと感触がわからない。ボタンでピっと調節ではなく目で確かめて自分の手で火加減を絞りたいよね。
この仕事を長い事していると油や熱いものに触っても火傷をしなくなる。嘘だと思ってるでしょ?本当にしないのだよ、びっくりだよね。忙しい時、揚げ物するとき勢いあまって具材だけじゃなく自分の指も油に投下してしまうことがある。あちっ!ではなく……ぬるってする感触。気合いれて触ると熱くないし火傷にならないのが不思議。あとは火傷に気が付かなくなる。洗い物をしてお湯がかかったらヒリっていう火傷独特の痛みを感じて「あら、火傷してた」ってわかるみたいな。
そのうち厨房灼熱状態をものともしない、そんな体感温度を身に着けることができたりしないだろうか?是非欲しいね、これ。どんな気温でも快適にしか感じないっていう特殊能力。そうなるとアメコミの世界か。
コックコートは分厚い木綿製だ。白地に前立てと衿にオリーブグリーンのパイピングで見た目、爽やかコックコート。でもこれが暑い。生地も厚いしね。暑い、熱い、厚い!厨房は「アツイ祭り」
コックコートは洗濯するとなかなか乾かない。おまけにしわになりやすいという欠点がある。
とはいえ厚かったり天然素材なのは意味がある――炎に強い。これが化繊だと燃えやすい。燃えて肌に貼り付くなんて……考えただけで怖ろしい!耐熱、耐火効果はあっても熱放射対策には向いていない料理人の鎧がコックコート。
ランチのラストオーダーを迎えて後片付けをしながら在庫のチェック。
「ジェラード多めに仕込んでおいてよかったな」
「ああ、これだけ暑いとコックリな味より酸味が欲しくならないか?」
「それはいえてるね。フローズンヨーグルトがいいかな。ブラックベリーやブルベリーソースと一緒に」
「さっぱりしそうだ」
飯塚はホワイトボードにフローズンヨーグルトの材料を書きなぐった。賄い終わったら発注かけよう。
あとは生ビールの樽の具合だな。あとソーダ関係も!やっぱり暑い日はシュワっとしたいからね。ごくごくシュワっとキ~~~~ン。ドリンク系はサトルに任せちゃおう。
飯塚とホワイトボードの前で並び、食材をどんどん書き込んでいく。ついでに休憩終わりのあと仕込みが必要なものを青いマーカーで書き足す。後回しはダメなのです。思い立ったら、まだ頭の中にある時に書く!これ大事。
飯塚は書き終えてマーカーのキャップを締めた。さて賄い作りますかね~
「くすっ」
ん?なに?飯塚。俺何も言ってないけど?思い出し笑い?
「ふふ」
なんだ、この謎の含み笑いは。飯塚の顔をみるとニヤリと笑みを返された。俺をおちょくるか何か企んでいるオソロシイ微笑み。
「……なんだよ」
「思い出しただけだ」
「だから何をだよ」
「去年の今頃、随分ジタバタしてたよな」
「ジタバタ?」
ジタバタ……俺が?ジタバタ……あああああ!
「なに?もう1年たつの?」
「そういうことだ。村崎の交際期間でこれほど順調に1年消化したのは初めてだろう?」
「……1年か」
なんだろう、このあっという間な感じ。飯塚の言う通り去年の今頃、俺はギッタンバッタンしてた。踏み込むべきか、現状をキープするのか、それともなかったことにするのか。結局は自分の起こした行動によって何を望んでいるのかがはっきりした。でもね……そのあとハルとギクシャクしちゃって大変だったよね。今となっては思い出だけど。
「お祝いするんだろ?」
「は?」
お祝い?お祝い?え?よくある「交際1年記念」みたいなの?……まさか飯塚、お前ってば!
「サトルとお祝いしてるってことか?俺達今年も仲よしだったな、これからもヨロシク!みたいなの。マジで?そんな乙女ちゃんなことしてるのかよ!初耳だってば!」
飯塚の顔が赤くなる。うわ~~うわ~~うわ~~
「村崎」
「……なんだよ」
「お互いの気持ちが同じだって確認できた日は俺にとって大事な日付だ。鉄仮面、乙女、なんとでも言え。俺達のスタートだった日がバレンタインだとしても、俺達にチョコはない。そういう日じゃないからな……単純に大事な日なんだ」
大事な日。俺にとって大事な日っていつになるのかな。好きですって言ってもらった日?俺がなにそれ~連発したあの日は……ちょっと違うかな。やっぱりその後の「虜記念日」かな。でもそれもちょっと違う。
「大事な日か」
「ああそうだ。クリスマスはしない。11月の誕生日と2/14、そして理が引っ越してきた日。全部俺達にとって大事な日。世の中の浮かれたイベントを祝う気にならないが、俺達にとって節目になった日は忘れないでいたい」
俺はぐっと詰まった。世の中がどうであれ、俺達は二人で生きていくって堂々と宣言された……そんな気持ちになったから。俺は毎日「楽しい~」って言いながらハルをワシャワシャしているだけじゃなかろうか。俺達にとって大事な日って……何日になるのだろう。
「色々考えているようだが、朝帰り記念日はいただけないぞ」
俺は飯塚の足を蹴っ飛ばす(そんな記念日いりません!)
「冗談に決まっているだろうが。こんなこともあった、あんなこともあった。この先どういうことが起こるのかな、一緒にその景色をみような。それを確認するのが記念日だ。プレゼントはあくまでも添え物。二人の役に立つものを買う事にしている」
飯塚はそこでフワリと微笑んだ。滅多に見ない柔らかい笑顔……何を思い出したらこんな顔できるんだ?
「なんだよ、その笑顔。鉄仮面返上する気か?」
「思い出したんだよ……水切り象さん」
「水切り象さん?」
押し入れにいれますってアレのこと?あのブツで幸せオーラが噴出するなんてありえないから、別のものだろうけど。
「なに、その象さんはサトルの見立て?」
「ああ、そうだ。洗面所にあるから、毎朝フっと笑ってしまう」
……素敵すぎる笑顔です。
「飯塚の言う様に、プレゼントは添え物かもしれないけど。どんな象かしらんがそんな顔ができる素敵アイテムなんだろうな。プレゼントって値段じゃないよね、俺はそれハルに教わったよ」
「お前にとっての始まりはあのマグカップかもしれないな」
飯塚が指差した棚にはオリーブグリーンのマグカップがちょこんと置いてある。大事に大事に毎日使う俺のお気に入り。
「あのマグカップでコーヒーを飲んでいるとき、穏やかでいい顔をしていたからな。12月のあの時期、毎年ダースベーダーになっていた村崎が」
「そ、そうか?」
「ああ、理はその頃から心配を始めたくらいだからな」
「マジで?俺だって気が付いていない初期状態なのに?」
「恋愛は自分事になるととたんに見えなくなるのに、人のことは余計にみえたりするもんだろう?」
「そんなもんか?」
「俺に言ったじゃないか、男だっていいじゃないかって」
「だったな……そうか、そんなもんか」
飯塚はマーカーをボートにくっつけた。俺も同じくペタン(磁石付きのキャップがついたマーカーって便利だよね)
「よかったな」
「なにが?」
「大事だと思える相手と巡り合えて」
予想外の言葉にどう返事をしていいのかわからなくなる。改まってそう言われてムズムズするけど妙に嬉しい。
「賭けに乗じてふざけたことしか言っていなかったけど……よかったなって思っているよ。俺も理も」
「そ……っか。ありがとう」
「SABUROがあったから俺は理と一緒にいられる。そして村崎とトアも大事な人を見つけることができた。高村さんや俊己さん、もちろん村崎のオヤジさん。この大きな環の中に居られて、本当によかったって感謝しているよ。高校生の頃はこんな未来があるなんて予想していなかったけど、始まりはその頃なんだろうな」
「だな……。暑いからビシソワーズでも作るか」
「カリカリに焼いたステック型のガーリックトーストと一緒にどうだ?」
「思い出のビシソワーズがお洒落さんに変身だね。よし、今日のオススメにいれちゃおう」
「シェフのおすすめじゃなくて「二人のシェフのおすすめ」にするか?ビシソワーズだけ」
ニヤリと笑顔を向ける飯塚とグータッチ!
ここは俺の生きる場所、仲間と大事な人とともに過ごす場所だ。
大きな環……か。ずっと居られたらいいな、この中に――ずっと皆と一緒に。
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