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august.2.2017 HAPPY BIRTHDAY、ハル~
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「おはよ」
「おはようございます」
「ハル、身体大丈夫?」
「もおお……そういうこと言わないでください」
昨日は前祝だと言ってミネさんに贅沢な食事をご馳走になった。「すし善」の本店、カウンターでお好みというゴージャスな食事。円山にある和風建築のお店は高級店の雰囲気を存分に発揮していて、若造の僕は軒先で腰がひけました。
「知ったかぶりしないでわからないことはどんどん聞けばいいよ、知ったかぶりが一番恥ずかしいからね。お客さんなんだから堂々としないと」ミネさんにそんなことを言われつつ緊張しながら席に着いた。
そして一貫目を口にした瞬間、緊張はほどけた。それくらい美味しいお寿司で感動するくらいのレベル。こんなの食べたことがない……そんな味。
特に気に入ったのは鮪のヅケ。絶妙なヅケ具合、その握りの上にはすり卸した青柚子がのっていた。完璧なバランス。一切の隙がない凛とした握りを口に含んだ時、胸が高鳴って涙がでそうになったくらい。たった一貫の寿司がこんなに感動的だなんて知らなかった僕は貴重な体験をプレゼントしてもらった。
少し動けるようになった、そんなのは僕の自己満足でしかなく、目指すべきものはもっと高い場所にある。さらに自分を高める伸びしろがあるということは嬉しくもあり、気を引き締めるには十分だった。
ミネさんは僕に色々なことを教えてくれる。大事なことを気づかせてくれる。言葉を大事に重ねてくれる時もあれば、こんな風に料理を通して。
ミネさんの背中はまだ遠い……でも置いていかれないように頑張りたい。一生追い越せないかもしれない、でも横に立てるくらいにはなりたい。来年の誕生に、僕はどのくらいミネさんに近づけているだろうか。少しは距離を縮めている僕であってほしい。
「ハル、何考えているの?」
「……昨日はご馳走様でした。凄いな~お寿司って感動しました。まだまだ頑張れるってそう思えたし。一貫のお寿司が色々教えてくれました。ミネさんありがとうございます」
「そうだよな。10年くらい修行しないと握れないみたいだし。俺の修行はそれに比べれば甘々なんだろうけど、寿司とは質も違うし。俺は食べてくれた人が優しい気持ちになったり幸せだな~って感じてくれたらいいかな。でも他の仕事に触れて気を引き締めるのは大事だって俺も思ったよ。
毎年ハルの誕生日はすし善行って二人揃ってノックアウトをくらうことにしよう」
僕はミネさんにくっつきたくなって腕を回した。ふんわり抱きしめられて胸があたたかくなる。隙のない凛としたお寿司もいいけど、でも僕はやっぱりミネさんの作る料理が好き。優しくてふんわり、僕にくれる笑顔と同じように元気になれる。
「ハル、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。ミネさんがおめでとう第一号ですね。それが嬉しい」
ミネさんの手で頬がすっぽり覆われた。二人のオデコがコテンとくっつく。僕はミネさんの顔がみたいのに、この角度だと見えない。だから代わりにミネさんの手の甲に自分の手のひらを重ねた。
「ハル……生まれてきてくれてありがとう。俺のこと好きになってくれて……ありがとう」
心臓がキュウと鳴った。悲しい時になるキュウとはまったく別の感覚。自分の身体の中から「生きているよ」って声が聞こえるような不思議な瞬間。そう僕は生きている。
想う相手がいて、僕を想ってくれる人がいる。そして生きている僕の存在に気持ちをくれるなんて、こんなに幸せなことがあるだろうか。
「僕……今すごく生きている感じがしています」
「うん。ハルがあったかい。ハルと出逢えて……俺は幸せ」
ギュウと抱きしめられてミネさんの顔がまた見えなくなる。でも触れている頬にお互いの涙が少しだけ流れた。僕は悲しくて涙を流すことが多かったのに、今はそれがない。ミネさんといると嬉しくて幸せで涙が溢れる。でもそれはきっといいことだ――僕達が一緒だという証。
「ささやかなプレゼントを渡そうかな」
照れ隠しなのかちょっとおどけたミネさんの声。いくらおどけたって愛おしいという気持ちが募るだけなのに。
ミネさんは枕の下から小さな包みを出して渡してくれた。少し重い何か。僕は袋を開けて中身をとりだすとキーホルダーだった。ブロンズ色のロボット。ちょっと間抜けで可愛い、でも憎めない顔。こげ茶糸と水色の革紐がリングに巻き付けられている。リングと英字が刻まれたプレート。
「かわいいですね」
「実はお揃いなのだ」
身に着ける初めてのお揃い。あれ?でもミネさんの革紐は一色だ。
「ハルの誕生日の色は「ペールヨットブルー」なんだってさ。知能・責任・スピーディ、内向的で格式を好む保守主義者らしい。俺は財布で色をもらったから、この色の革紐をみつけてグルグルしたの。そこだけ俺の手作り」
「ありがとうございます」
「誕生日占いの結果、ハルは破壊者さんらしいんだわ」
「破壊?」
「大事なものが無くなりそうになったら先に壊しちゃうんだって」
「えええ!そんなことしませんよ」
「いきなり彼氏と別れたりするらしい」
「えええ!そんなことないですって!」
「まあ、あくまでも占いだから。でもね何かが起こって、いっそのこと逃げ出そうとか壊してしまえって思った時、このロボット君を見てくれないかな。同じ家から出勤して、一緒の家に帰ってくる。そのカギを守ってくれるロボットなんだ。毎日使って、毎日顔をあわせるロボット。俺ちびっこのとき「ロボットカミイ」って絵本が好きだったんだ。だから勝手に名前は「カミイ」と決めた」
「カミイですか」
「そ、俺達の仲間で相棒だ。鍵の見張り番かな。裏返してみて」
言われるままロボットを裏返した。裏にも顔があって、二つの目とオヘソがプラスのネジ。いっそう情けない顔に頬が緩む。
「気休めなんだけどね。俺がハルを怒らせたとき黄門様みたいにカミイの裏側を見せたら許してくれそうな気がしてさ」
どこまでが本当か冗談かわからない。でもそうですね、僕達が一緒の場所に入るために必要な鍵を守ってくれる頼もしい相棒だと思うのは悪くない。
「カミイと仲良くなれそうです」
「さすがハル!」
僕は意思を伝えるためにキスをミネさんに仕掛けた。ウーウー唸ったミネさんが僕を引きはがす。
「ちょ!ハル。昨日励んだでしょうが」
「いつもより30分早く目が覚めていますから大丈夫です。ついでに僕は大丈夫ですから。というか誕生日くらい僕の我儘聞いてくれてもいいよね、ミネさん」
やれやれ困ったな~って顔。困った顔して考える時間が勿体ない!僕が捉えた唇からウーウーは聞こえなかった。
こうして僕の新しい歳が始まった。大事な素敵な人とともに。
………………
カミイ君の画像、イラストの所にUpしておきま~す
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