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august.5.2017 理が首ったけ
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「なんだかしらんが腹ペコだ」
シャワーから戻ると理が冷蔵庫に頭を突っ込んでいた。同居を始めてから暫くはパンをかじったり、ヨーグルトやフルーツを朝食にしてきたが、それでは賄いの時間まで持たないことを二人とも実感した。白飯派の理としては不本意だったろうパン食が朝食の定番になった時期もある。パンを焼いて目玉焼きとベーコンくらいで形になったし、朝から晩まで作り続ける生活は負担だろうとパンに落ち着いた。
しかしそれに変化が訪れたのは、村崎と北川の同居だった。毎朝しっかりした和食の朝食。理は何もいわなかったが羨ましいと思っただろう。そんなことを思わせている俺でいいのか?
それと重なった紗江さんに教わった和食の数々。今もメールのやり取りから少しずつレパートリーを増やしている。「煮ものは場数よ?私より断然お母さんのほうが美味しいもの」という紗江さん。紗江さんに比べたらヘナチョコの俺。まだまだ先が長い。
自然に俺達の朝食は和食になっていった。とはいえ目玉焼きの頻度は高いし、朝からだし巻きを巻くほど俺も腕がともなっていない。常備菜は仕込みの合間や、中休みに村崎に教えてもらっている(不本意ではあるが)
「あのね~これは飯塚の為でもあるけど店の為でもある」
「店?」
「そ、いつ商業ベースにのせるかっていうのは未定だけど、俺としてはお節やりたいんだよ。それにはやはり和食の基本というか、段取り?味の雰囲気?そういうのを飯塚の身体に叩き込んで欲しいのよね。俺だって和食の職人さんと比べれば屁のツッパリにもならないレベルだけど、長年母ちゃんのおかげで培ってきたものがあるからさ」
村崎にそう言われてしまえば、負けず嫌いはつまらない意地でしかない。結局のところ「場数」を積み重ねなければならず、それには朝食作りが一番手っ取り早いということ。
「冷蔵庫に何かあったか?」
「切干シーチキンがある。ソーセージがあるから目玉ソーセージができるね。豆腐の味噌汁がいいな。あとあれ!」
「どれ?」
「ちりめんじゃこご飯」
「好きだな。飽きないのか?」
「全然!毎日でもいい!」
「じゃあ目玉焼きをセットするから、焼きあがったら皿に盛ってくれ。じゃこは手がかかるから」
「は~い」
こういうときの返事は抜群にいい(子供みたいだ)
フライパンにソーセージと玉子を落とす。水も入れてしまえ!蓋をすればあとは放置。
「昆布茶にするから味噌汁はいらないよ。白いごはんの時、味噌汁にすればいい」
じゃこご飯のためなら妥協も辞さないらしい(これも子供みたいだ)
俺はじゃこの乾煎りを始める。まずはここから、しっとりしたじゃこがカリカリになるまで焦らずゆっくり。火が強いと煎りではなく単なる焦げになってしまう。出来上がったら青シソを刻む。なるべく細く、細かく。ボウルにご飯を移しじゃこを入れる。顆粒のかつおだし、白ごまをふりかけてひと混ぜ。ヘラの面をたらしながら小さじ1程度のみりんを落として混ぜる。最後にシソを混ぜて味見。じゃこの塩味が商品によってちがうので、足りないようなら塩を足す。
「目玉焼きできた」
「こっちもできた」
「お湯もわいたから持って行こう」
それぞれトレイに料理をのせてリビングに運ぶ。目玉焼き、昆布茶、じゃこご飯、切干シーチキン(切干の煮物にシーチキンがはいっているだけの茶色い料理)
「いただきます」
「いただきます」
じゃこご飯をパクリと一口含ん理がにまっと笑う。
「相変わらず最高!こんなの出されたらどんな男でも落ちる!世の中の女子に教えてあげたいナンバーワンかも!」
「はあ?」
「よかったよ!衛がこれを女子に食べさせなくて」
「どういう理由だよ、まったく」
「旨いものは旨い!小腹すいたなって言ったら、どうぞって昆布茶とじゃこご飯だされてみろよ。胃袋どころか全身もっていかれるに決まっている」
「例えが微妙すぎる……美味しいものを食べたら飛んでいきそうだな、理は」
「何とでも言え。俺はそれくらいこのご飯が好きなんだよ。誰がなんと言おうと譲れない。正明にも内緒にしているんだよね。もったいなくて教えたくない。ミネも知らない衛の必殺レシピ。ふふん」
和食に関しては完全に下っ端だ。北川よりできないだろう。切干シーチキンは商品のレシピに書いてあって試してみたらソコソコいけた。月に1回くらい作るが、北川にそれを言ったらピンこないのか、曖昧に頷かれた。そして「飯塚さん、ゴマをたっぷりいれて人参と切干の酢のもの美味しいですよ」と言われる始末。切干で酢のもの?食べたこのない味は想像できず、そのレシピはまだ試していない。
やはり「場数」が必要だ。
「なに難しい顔してるんだよ。衛のレパートリー増えて来てるじゃん。他と比べることは時に必要だけど、ちょっと前の自分と今の自分を比べてみればいい。成果は確実にあがっているってこと。そういう確認も大事だよ。追いつめてぱっかりじゃ息がつまるって」
「……理」
「俺が言うんだから間違いない!衛は進歩してるって。あ~うまいなこのご飯。おかわりある?」
いいことを言っているのに、相変わらずじゃこご飯相手に子供みたいな理。それが可愛くもあり、頼もしくもある。
ちょっと前の自分よりは……場数を踏めたかもな。まだまだだから頑張るよ、俺。
今日は土曜日!ランチから忙しいだろう。バテそうになったら、理のこの顔を思い出せば乗り切れる。キリっとした理もいいが、こういう顔は俺だけが知っているーーそれが大事。
「おかわり分も用意しているぞ」
「おお!さすが衛!」
それだけ食べれば賄いまで持つだろう。さあ、今日を始めようか。今月はまだ始まったばかり。去年より今年、先月より今月。少しのレベルアップを自分で確認しながら「場数」に取り組むことにしよう。
理の笑顔をともに。
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