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august.23.2017 ヤサ男、ハッパをかける
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何もないふりを装う正明は「心配事があります」と背中に貼り付けているようなものだ。ミネと喧嘩でもしたのかと心配したが二人にその様子はなかった。ミネも正明も何も言わないから、突っつくのもなんだしと放置。そのうち何か言ってくるだろうと信じて。
二人は仕事をきっちりこなし、正明は営業時間になれば笑顔を見せて忙しく働いた。ミネも厨房で沢山の鍋と格闘。仕事に影響をださないあたりは流石だよね。
リーマン時代ポンコツになった俺は周囲に甘えていたのだろう。誰かが俺の代わりをしてくれる。誰かがフォローしてくれる。そんな甘えが心の底にあったと思う。でも今は違う。ホールの一人が欠ければ回らない。厨房だってどちらか一人になれば深刻な状態になる。誰もが重要なパーツを担っているから欠けることは許されない。そんな緊張感の中で毎日過ごせばプライベートでアクシデントがあったとしても仕事はきちんとできる。それに、動いている間は心配事から解放されるから、気持ちは楽だ。
二人からの打ち明け話はいつ頃かなとノンビリ構えていた俺だったが、衛から聞いた「ミネの両親一時帰国」に少なからずショックを受けた。
ミネの気持ちが手に取るように分かったし、正明は昔の記憶を蒸し返しているだろう。もし俺に起こったとしたら?衛の両親が俺達の住んでいるここに来るなんていうことになったら?
想像するだけで心臓がドクドクし始めた。親に言わないと決めた俺だけど、もし言うと決めて伝えていたらどうなっていただろう。衛の親に俺達付き合っていますと言えるか?向かい合えるか?
自分のことのように考えてしまって頭を抱える俺に衛は言った。
「村崎と北川は二人で考えて答えをだすだろう。俺達はそれを見守って、どんな結果になったとしても味方だってことを言って励ませばいい。というかそれしかできないだろう?」
衛の言う通りだ。俺達がどうにかできる問題ではない。二人の選択を尊重して見守る。本当にこれしかできないことが歯痒い。かといってアドバイスできる立場にもないのが残念すぎる。
もし誰かに「こうするべきだ」なんて意見を押し付けられたら俺は腹を立てるだろう。そのことに思い当たり、やはり二人が何か言ってくるまで俺からは話をしないことに決めた。相談されても聞くことしかできないだけに。
衛がミネと中休みにスタバに行った翌日、寄り道しませんかと正明に誘われた。衛は何も言わず俺の肩をポンと叩いてミネと先に店をでた。ミネの代わりに鍵を掛ける正明を見たトアは一つ頷いたあと「お疲れ様です」とだけ言った。きっとトアも何かを察しているはずだ。でも何も言わなかった。
「トアさん、お疲れ様でした」
正明にニッコリしたあとトアはポンポンと肩を二度叩いた。
「ハルさん。皆がついていますから大丈夫ですよ。僕に言われても安心感ゼロでしょうけどね。雨降って地固まる。明けない夜はない。そんな言葉のほうが味方になるかもですね」
「いいえ……そんなことないですよ。ありがとうございます、トアさん。でも覆水盆に返らずなんて言葉もあったりします」
正明、それネガティブすぎるだろう。トアはさらにニッコリした。
「またお水を汲めばいいのです。きっとミネさんが穴場の湧き水を教えてくれますよ。わけがわかりませんよね。自分で言ってなんですが、意味不明すぎます」
トアの言葉に笑顔を浮かべる正明。もう一度「お疲れ様」を交わして俺達は歩いて5分ほどの所にある店で向かい合った。お疲れ乾杯をしてビールを一口。ああ~最高!仕事終わりのビールは美味しいね!そんな気分ではないせいかいつもより味が薄い。
「意外と早かったな」
「ええ、予想外に。ミネさんから聞きました?」
「いや、衛経由で状況だけ」
「そうですか。僕はマイナスの結果しか思いつかない。だってどう考えたって認めてもらえるはずがないですよね。きっとまた……僕がミネさんを変えたって思われるだけです」
「俺はミネの親じゃないし、自分の子供がいないから親の気持ちはわからない。それに自分でも予想していなかった衛との関係はさ、他人にとやかく言われたって辞める気はない。それを親にわかってほしいと思ったり、打ち明けたいって考えたこともある。でも今は言わないことを選択した。ミネとそこのところ話し合った?」
「ミネさんは打ち明けるつもりでした。でも僕はミネさんの両親に受け入れてもらえる可能性がゼロなら従業員でいいと思っています。だからそれを伝えました。ミネさんはもう一度考えるって言ってくれましたけど。なんか言っちゃいそうですよね、ミネさん」
「どうだろう。正明の家に乗り込むのとは真逆だし」
「ええ、あれを基準にされたら困るんですよ。僕の親にとっては願ったり叶ったりであっても、ミネさんの親にとっては青天の霹靂です」
「まあそうだよね」
「今は二人とも仲良しです。でもいつまでも仲良しとは限らない。だから何も今波風立てなくてもいいと思うのです。これをきっかけに僕達の関係が変わるほうが怖い」
「ちゃんと怖いって言った?」
「怖いをですか?」
「うん。ミネは正明が高校生の時と同じような経験をしたくないから、そういうことを言っているんだって考えているかもよ」
「もう二度とごめんです」
「でも決定的に違うだろ?その出来事をきっかけに正明と先輩は別れた。親の言うままに」
「はい」
「で?今度も「はい」って別れるの?」
正明の目がまん丸になった。そういうことなんだよ。見えているようで自分の心が見えずに曇っていることだってある。
「いいえ。嫌です」
「ミネもそう思ってるはずだよ」
「何があっても僕と一緒にいることを選ぶって言ってくれました」
「二人とも相手を失うのが嫌だし怖い。またあんな思いをするのが嫌だ、とは全然違う。ミネとの関係が変わってしまうのが怖いって。だから波風立てないでくださいってちゃんと言わないと」
正明はギュっと両拳を握り合わせた。テーブルに視線を落としたまま何も言わない。正明の握り拳の横でジョッキの泡が少しずつ消えていく。
ポテトフライを一口つまんだら冷凍のイモだった。衛の作ってくれる男爵のフライドポテトと全然違う味と食感。こんな小さな一口で自分は幸せだと実感できる。音、香り、味、視界に映る衛……日々の中で俺の中に沢山蓄積されていく衛の存在。それはいつもフワリと目の前に浮いてきて実感する。ああ、俺は愛されているなって。そして衛が愛おしいなって。
「親に打ち明けるっていうのが答えじゃないと思う。言って壊れる程度の二人なのか、言わないから卑怯なのか。これ全部違うだろ?
正明はミネを選ぶ、ミネも正明を選ぶ。二人で一緒に成長するための毎日を得るために何が必要なのかってこと。俺も色々悩んだけど、何より大事なのは衛なんだ。今まで育ててくれた親に失礼じゃないか?って考えたこともあった。でもさ、これって両親が家族を作ったように、次の順番が俺に回って来ただけのことなんだ。それが親とは違う形になっているだけで、俺は衛という家族を得た。それを守るために必要なことを選択すればいい。そこに行き着いたから言わないことに決めた。
ことあるごとに実家に連れて行って武本家に衛を放り込んでいる。毎日充実して楽しいよ。衛がこんな料理を作ってくれたんだ。二人でビアガーデンに行ってみたらフードメニューが増えていてびっくり。そんな他愛のない話をする。俺の口から衛以外の存在が言葉になることは少ない。あってもSABUROメンバーしかいない。そのうち親も変だな?と感じる日がくるかもしれないよね。その時になったら考えるよ、衛と二人で」
「僕は……僕……ミネさんの負担になっているかもって」
「はあ?」
「だって僕が男じゃなかったら、ミネさんは親に自信満々に紹介して「俺幸せよ~」って言えるじゃないですか」
「ばっかじゃないの??」
正明がびくっと肩を揺らせて視線を上げる。気持ちはわかる、わかるけどね、こういうときだからこそ前を見ないといけない。後ろ向きだと見えるものがすべて悪い事と昔あった悪い経験に埋め尽くされる。
「正明ひとり抱えられないでミネが一緒にいる選択したと思うのか?」
「……え」
「惚れた腫れたの前にあんだけグズってひたすら考えたんだぞミネは。ちょっと乱暴な言い方だけど正明はミネを好きになっただけだよ。正明にとっては当たり前の恋の形だ。相手がノンケってだけで、今までしてきた恋愛と同じライン上にあるものだ。
でもミネは違う。真逆のそれこそ青天の霹靂の中に放り出された。ひとつひとつ考えて、潰して、蒸し返して、散々悩んだ。それでも正明と一緒にいることを決めたんだよ。負担?なに言っちゃってるの。負担だといえば負担だろうね。でも正明の重みも全部全部抱きしめるって決めたんだよ、ミネは。
正明はそんな後ろ向きでどうすんのって話。高校生の時は心も弱かったし立場も選択肢もなかった。でも今は違うだろ?自分で稼いで生きている。大人になったし色々なことを乗り越えた。そしてミネに巡り合って二人は一緒にいる。
正明にとってミネは負担か?」
「いい……え」
「だろ?言われたって想像してみなよ。「ハル、俺ってハルの負担になっちゃってんのかな。ハルの両親は喜んでくれたけど、うちの場合はちょっとね。ごめんな」って言われたら正明はどう感じる?
負担云々はミネに言うなよ絶対。傷つけあうことに意味はない」
「は……い」
目元を手の甲で拭う正明を見て思う。いっぱい考えたけど、同じ所にしか戻れなかったんだろうな。僕のせいなのかな、僕がミネさんを好きになっちゃったからって。
「ミネは正明を選んだんだ。そこもっと自信もてよ。無理やり押し倒してなし崩しにしたか?周りがジリジリするくらい二人は段階をゆっくり踏んだ。二人にはちゃんとしたプロセスがある。気持ちを大事に育てた経験がある。今度はそれを失わないために頑張るだけだ。できるだろ?」
「は……い。ありがとうございます。情けなくてごめんなさい」
「頑張れるか?」
「はい……ミネさんの為なら頑張れます」
「ミネだけじゃなく自分の為にも頑張れるな?」
「はい。頑張ります」
「うし、じゃあもうこの話はおしまい。ビールぬるくなっただろ?他のドリンク頼みなよ。俺はもうこのフライドポテトいらない。衛ポテトと違いすぎる」
正明はようやく笑顔らしきものを浮かべた。
「理さんの基準は全部飯塚さんですね」
「じゃあ、肉じゃが頼んじゃうぞ?ミネの味と比べてみなよ。今の正明に必要なのはミネが作った料理より不味いものを食べること」
「理さん!声が大きいですって!」
「でもさ。そういう小さいことが幸せなんだよ。あ、ミネさんのほうが美味しいって思えることが。だってそれは正明のために作られたものだろ?ミネだって今頃「う~ん、ハルのだし巻きの方が美味しいな」って衛に言っているはず」
「わかんないですよ、そんなこと」
「正明、俺と衛を甘く見るなよ?こういうことに関しては以心伝心な俺達だ。絶対だし巻きチョイスが可能な店に行っているよ、二人は」
クスクス笑う正明に少し安心しながら店員に向かって手をあげる。こんな援護射撃しかできないことを情けないと思いつつ、何もしないよりはマシかと考えながら。
トアの言う様に雨降って地固まってほしい。俺ができることはそう願うことだけだった。
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