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september.11.2017 全部大事
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腕の中でハルがモゾっと動いた。ああ~もう久しぶり!ムギュウと抱きしめたら、目を覚ましたハルと目があった。何回も見ているのに飽きることのない寝ぼけ顔。
両親一時帰国から続いている別居状態。職場は一緒だから顔を合わせている時間の方が長い。朝から深夜に近い時間まで同じフロアにいる。話もできる、頭ワシャワシャだってできる。賄いも同じメニューだ。でも全然違う。
勝手に見たら抜け駆けみたいだよね、そう思っちゃうから海外ドラマの録画リストだけが増えていく。帰ったからといってすぐ寝られるわけでもなく、仕方がないので再放送の再放送なドラマを1本見ながら缶ビール。でも1缶で限界。単純につまらないから。
ベッドに一人潜り込んで目を閉じる。さっさと朝になればいいと考えながら。そして朝になって目が覚めると当たり前のように一人。ポケポケしたハルがいない。「おはよう」と口にしてみるけれど、返事はないし、余計に一人だってことを実感しちゃう。
もぞっと起きて味気ない朝ごはんを食べて、いつもより早く家を出る。店に入り白衣を着てエプロンをキュっと占める頃、ハルが来てようやく俺の朝が来るんだよね。
ギュウとワシャワシャを散々して「おはよう」を言う。目覚めてすぐの「おはよう」がないし、眠るときの「おやすみ」もない。一日の始まりと終わりが曖昧になってリズムが崩れた。いや違うな、俺の精神安定が崩れたが正解。ハルの存在は思っていた以上に大きいことを実感しちゃった。この何日かで。
でも今朝は違う――ハルがいる。
「おはよ」
「おはようございます」
やっぱり朝イチの「おはよう」はいいなとニッカリ笑うとハルのポケポケ笑顔を貰った。可愛いじゃないか!こんにゃろめ!
その笑顔が少し翳ったあと、デコを俺に胸にグリグリしはじめた。甘えてるにしては表情が暗い。
「どした?」
「ミネさんのおはようが聞けて嬉しい、やっぱり一番嬉しいって」
「俺も~」
「今は家族におはようを言って、おはようを貰います。でもミネさんのおはようが一番いいって、家族に申し訳ない気がして」
「んん……でもそれは仕方がない。俺も一杯考えたよ。ここ何日か」
ハルはモゾっと俺から離れた。ホテルのシーツってシャリシャリしているよね。ひんやりしているというか何というか、そんな感触。
「何をですか?」
「たぶんね、何かを感じちゃったでしょ?親が。でも何も言わないし聞かれなかった。だから俺も言わないで別れた。これがどういう流れになるか全然見ていないけど、俺は思ったよ。親との仲がこじれちゃってもハルと別れる気はないってこと。育ててくれて俺の道筋を作ってくれた二人に対して失礼だし親不孝者だって感じた。でもね、これどうしようもないの」
「どうしようもない?」
「そうなんだよ。親とハルは同じ天秤に乗らないの」
「違うってことですか?」
「この世の中にあるものってそれぞれ全部が別なのに、自分の周りにあるってだけで全部同じ重さや大事さって考えちゃう。でも違うという結論にいたりました」
「どういうことですか?」
「例えばSABUROとハル、どっちとりますか?って聞かれたら困る。だってどっちも大事だし。店無くなってハルと他の場所で一緒に働いたとしても今の充実感を得られない気がする。
飯塚とサトルどっちが大事ですか?トアはどうですか?って聞かれても同じ。付き合いの長さも違う、タイプも全然違う。皆俺にとって大事な人っていう括りだけど重さなんかわからないよ。それ聞かれてもどうしようもないわけ。
だからさ、親と恋人を同列に考えるのは無理があるって思った。親に対する想いとハルへの気持ちは種類が違いすぎるから、俺はどっちなんて選べない。だからどっちも選ぶ。
俺にとって大事なものは全部欲張ることにした」
「欲張る……か。そんなふうに考えたことがなかったです」
「ハルを好きかもしれない、どうしよう!なにそれ~の時も散々考えたけどね、結局は俺がどうしたいのかってことが答えだった。俺は一緒にいることを選んだ。その結果今回のことに繋がっている。時間がかかっても、親はいずれわかってくれる日がくるって信じることにした。欲張り大作戦でいくよ、この先も」
「フフフ」
ハルは少しだけ笑顔になって俺にギュウとしがみ付いた。だからしっかり抱きしめる。
「大事なものはそれぞれ別の場所に仕舞ってあって、重さも価値もばらばら。でも自分が持っている全部大事なものってことですね。そっか、それなら気が楽です」
「そういうこと」
「ホテルか新鮮で最初ワクワクしましたけど、畳ベッドのほうがずっと寝心地がいいです」
「家に帰ろうって言ったのに、ハルが嫌だっていうから」
「願掛けみたいなものです。最初に決めたことを守れば、いい結果につながるっていう。根拠はまるでないです。でも流されちゃったらダメな気がして。それに突然「ただいま~」なんてことになったら困りますから」
「大丈夫だよ。薬師寺の写真見ただろ?メールは昨日だからまだ奈良だよ」
「そんなのいくらでもトリックにできますよ」
「ミステリの読みすぎだって」
伊勢から大阪に向かう電車で一緒になった若者と奈良で偶然再会した内容の文章に添付されていた写真。かあちゃんといい笑顔の若者二人が映っていた。旅先から一日一枚写真と短い文章が送られてくる。向こうは向こうで悩んでいるだろうし色々なことを考えているはずだ。二人で話を沢山しているかもしれない。でもその中でメールをくれるということが有り難かった。まだちゃんと繋がっている証明のようなメール。家族だよって言ってくれている、そんなメール。
そうか……俺も毎日の何かを撮ってメールしよう。俺の毎日はこんなに充実しています、こんな仲間に囲まれています。そういう日常を両親に届けよう。そこに映り込む画像が何かを届けてくれる気がした。
「ハル、今日なんか予定ある?」
「なにもないですよ。チェックアウト10:00でしたよね。ホテルの朝食が高くてびっくりです」
「うん、高い。それならブラブラ歩いて大通行かないか?」
「大通りで焼きとうきび食べます?」
「いや、オータムフェストやってるだろ」
「ああ!でしたね。うわ~もう一年たつんだ。そういえばトアさんと坂口さん行くっていってました。ラーメンを食べ歩くって。トアさんが言うにはラーメンはメモリアルフードなんですって」
「なんだよ、そのダサいネーミングは」
「思い出の一皿ですって」
「じゃあディッシュ使った方がいいんじゃないの?あんだけ映画みて英語聞いているくせに。でもそこがトアがトアである証明だ。ああ、そっかじゃあ飯塚とサトルも誘って皆でブラブラするか」
「それ楽しそうですね」
「だろ?皆でいえ~いってしてる写真をメールするよ」
「ご両親に?」
「うん、これが俺の大事な世界です!楽しいです!ってね。毎日一枚。SABUROの中だったり、ハルとの朝ごはんの写真、あと洗濯物が青い空にパタパタしてたりね。そういう俺の日常を親に送る。きっと何かが伝わると思うんだ」
「そうだといいですね」
「そうなるよ、決まってる」
根拠はない、確証だってない。でも写真のやり取りをしながらお互いの日常を見ていれば、今までとは違う何かが生まれる気がした。
今までとは違う親との関係を作ればいい。そうか……新しい家族の形を3人で作る。この数日になかった安堵感が胸を軽くしてくれた。
大丈夫、だって家族なんだから。
「理さんに電話しようかな」
「ハル?まだ7:00過ぎだって。今電話したらお邪魔虫状態になるんじゃないの?」
「ああ……ですね」
「こっちだって電話鳴ったら困るし」
「なんでですか?」
「何言っちゃってるの?ハル。チェックアウトまでタップリ時間あるでしょ」
ぐるんと反転してハルの上になる。ポケポケしたハルはもういない。キラキラした瞳が俺を見ている。
「ミネさん、二人で沢山欲張りましょう」
返事のかわりに唇を落とす。家族もハルも欲張りたくなる大事な存在。全部抱えることが出来るようにデカイ懐を手にしてやる!
まずは……ハルをいただきま~す。
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