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october.5.2017 ハルのお仕事
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「ハル~ある程度メドついたら助っ人できるか?」
厨房からミネさんの声。ひょいと厨房を覗くと、大きなボウルに山盛りのトマト。ソースの仕込みか。
「はい、あと5分で行けます」
「これ皮向いてプロセッサ」
「了解です」
皮むいてプロセッサ。なに言ってるかわからない?ですよね。でも僕はばっちり理解しております!短いミネさんの指示で何をするべきか分かるようになった。これって成長しているってことですよね?ですよね~それが嬉しい僕なのです。
理さんとトアさんにホールの準備をまかせて厨房チームに編入。編入の頻度が少しずつ増えているので、僕はどちらのチームにも所属している便利屋さんみたいなものです。それもまた嬉しい。
理さんは宣伝や企画、広告全般を役割としてこなしています。集客データは勿論、予約状況や去年との比較などなど、デキるリーマン能力をバリバリ発揮しています。
トアさんは映画をキーワードに「シネマレストラン」他、メディア面で活躍していますよね。テレビに映っているから街中で声を掛けられたりなんて、僕には真似のできない役割です。
僕だけホールスタッフ以外の役割がないことに気が付いてから、自分なりに何かできないかと考えていました。ミネさんにポロっとそんな気持ちを言ってみたら「実は俺も考えていた」という返事。ミネさんは厨房寄りの役割を僕にやってみないかと言ってくれた。賄いだけではなく、仕込みやピンチヒッターみたいに厨房チームになる。臨機応変に対応できるスタッフがいれば、今よりスムーズに回るようになるというのがミネさんの提案だった。
もちろん僕は「お願いします!」と言いましたよ。だって、ミネさんが教えてくれる色々なことを発揮できる機会です。僕自身の為もありますが、ミネさんに成果を見てほしいですから。
理さんと飯塚さんみたいに、仕事も一緒に頑張るというスタンスは僕の憧れでもあります。ミネさんの力になりたい、そして一緒に成長していきたい。
さてと、ではまずこのトマトをやっつけなくちゃです。20キロ以上あるトマトは一度冷凍してあります。湯剥きで皮を剥く方法もありますが、鍋にボウルと道具が必要になるしガス代だってかかる。でも冷凍しておけば皮が簡単に剥けるのです。ただし……めちゃめちゃ冷たいですけど。
冷凍庫から出して30分くらいするとカチンコチンが溶けて扱いやすくなります。ペティナイフでなり口をくりぬいて皮を剥く。湯剥きの時と違ってペリペリ薄くはがれる感じですね。
湯剥きをすると指をつたって水分が肘まで垂れてくる。あれって気持ち悪いし、いちいち拭くのもタイムロス。その点冷たいことを我慢すればメリットの大きい冷凍ムキムキ。
このトマトはソースにすることが前提なので形も大きさも不揃いです。破裂したり傷がついたりしている「規格外」のトマト。これを安く仕入れてトマトソースを作ります。缶詰で作るトマトソースは色々な料理に使いますが、このトマトソースはポモドーロのパスタだけのためです。缶詰とはまったく違う甘みと酸味。にんにくとオリーブオイルと塩。たったこれだけしか使わないからトマトソースの味が決め手。
毎年沢山仕込むけれど、人気メニューだけに春ごろには無くなってしまうSABURO季節限定メニュー。
皆さんも是非、缶詰ではないフレッシュのトマトでソース作ってみてください。
皮を剥いた後は適当な大きさにカットしてフードプロセッサで粗めにカットします。それを鍋に移してひたすら煮込む。水分がとんで半量くらいになるまで煮続けます。缶詰のソースも同じです。半分の量になるまでがトマトソースの目安です(缶詰の場合は大1/2程度の砂糖を入れると酸味が優しくなります)
半解凍状態のトマトはフードプロセッサにかけると少し白っぽい綺麗な赤い色のペーストになる。このまま食べても美味しそう。だって畑で完熟トマトですからね。青いうちに収穫して追熟させたトマトとはやはり味が違う。何事も確認は大事!ということでティースプーンにすくって一口食べてみた。
「美味し……甘い」
このレベルはほはやスイーツの域だ。最近野菜を使ったケーキの専門店が出来たり、スイーツも色々変化をみせている。グルテンフリーの観点から米粉や大豆粉を代用して小麦を使わないケーキも売られているし、レシピ本も沢山出版されていて僕なりに興味を持っている分野です。ミネさんの低糖質レシピに通じていますからね。
シャーベットとして仕上げられないだろうか。野菜のシャーベットはヘルシーなイメージだし、甘いものを食べる罪悪感が薄い。
それにリコピンは活性酸素を減らす働きがβカロテンやビタミンEより高い。脂肪燃焼を燃焼させる遺伝子をもつリノール酸を含んでいるから血糖値を下げる効果もある。そしてなにより血中のアルコール濃度を3割ほど低下させる働きが解明された。アルコールを分解する速度も増すらしい。 飲んだあとにトマトシャーベットでさっぱりすれば、次の日の二日酔い対策にもなるよね。
トマトは有能すぎる!さすが「トマトを食べていれば医者いらず」です。
ただしこれだと冷たいトマトという味しかしない。冷たいものは味覚を鈍らせるから甘みを加えないと。でも砂糖を多くいれたら本末転倒だし……天然の甘味……三温糖?優しすぎるよね。なんだろう、甘いもの……甘いもの。
「あっ!」
ハチミツがある!甘みが強いし、砂糖タップリよりハチミツのほうが身体にいいイメージがあるよね。成分表が手元にないから細かい栄養素がわからないけれど、とりあえず今はいいか。
トマトにハチミツをいれてフードプロセッサを回す。そして味見。うん、これは立派にスイーツだ。でもなんだろう、甘いだけで田舎くさい感じ。もっとシャープにならないかな?なんだろう……トマトの特徴は甘みと酸味。
「レモン!」
さらにレモン汁を加えて再度フードプロセッサで撹拌。味を確認……うん!これだ!これは美味しい。急いで器にもりミネさんと飯塚さんの所へ。
「ハル?どした?」
「ミネさん、飯塚さん。トマトソース作っている途中に味見したらトマトが美味しかったんです。そしてシャーベット状だったので口当たりがよかった。それでシャーベットにできないかなって。ハチミツとレモンを入れてみました。どうでしょうか?」
心臓のドキドキがすごいことになっている。初めて自分から提案したから、SABUROの味を司る二人の反応が知りたい、でも知りたくない。けちょんけちょんだったらどうしよう。
ミネさんと飯塚さんは香りを確かめた。うわ~香りのこと忘れていた!リキュール類を入れるべきだったかな。やっぱりツメが甘い。
「ん……おいしいわ、これ」
「普通にトマトだ。だからこそ新鮮だな」
「ほんとですか?」
うわ、嬉しすぎる。
「サトルとトアにも味見してもらおう」
「はい!」
急いで器に盛る。その間にミネさんが声をかけてくれたので、理さんとトアさんがカウンターの所に立っていた。
「よろしくお願いします」
「へえ?正明が作ったの?綺麗な赤だね?ベリー系?」
「でもイチゴは季節外れですよね。なんだろうこの赤」
「食べたらわかるよ、食べてみ?」
ニンマリのミネさんを見ながら二人がパクリと一口。
「あ!トマトだ!」
「ですです、これトマトじゃないですか~うわ~ハルさん、トマトですよね」
「トマトソース制作中に味見したら美味しくて。デザートになるんじゃないかって思いつきで作ってみました。栄養素も沢山あるし、アルコールの分解に役立つので「シメにいかがですか?」という提案もできるかと」
「シメ!いいですね。僕は呑みすぎるとアイスが食べたくなるのです。でも食べていつも胃もたれして後悔します。でもこれだとサッパリすっきりしそうです。これは是非おすすめしたいですね」
「アイスクリームのカロリーに比べて半分に仕上げたジェラードより更に罪悪感ないよね。だって野菜だし。お客さんのイメージはヘルシーにしか結びつかない」
「お砂糖使わないでハチミツにしたので、そこもアピールできるかと」
「おお、いいね。季節限定のトマトシャーベット。アルコール分解、身体にいいトマト。宣伝どころがたっぷりあるし。いいんじゃないの?」
皆さんの反応が思っていた以上に良くて僕のテンションは上がりっぱなし。仕事で興奮するってこういうことなのかな?ミネさんの言うアドレナリン全開ってこういう感じ?
「よっしゃ、じゃあ形にするか」
ミネさんと飯塚さんが加わり、トマトシャーベットの完成形を目指した。マッチングするリキュールは調べたら出てきそうだったけれど、コアントローとブランデー、マデイラワインを試してマデイラワインに落ち着いた。果実寄りではなく料理ととらえたほうがいいとミネさんが提案したマデイラワインがぴったり。
飯塚さんは、黒コショウを振ってみたいと言い出して試したら美味しかった。でもデザートではなくてお料理のパーツみたいに。さらにオリーブオイルをかけたら完全に別の食べ物になった。
「これはこれでありだろ?このシャーベットを生ハムでくるんでオリーブオイルと黒コショウをふれば前菜になりそうだな」
「暑い夏にさ、湯剥きした冷やしトマトじゃなくて、このシャーベットとモッツァレラでカプレーゼにしたらどう?」
「いけそうだな。昆布締めにした白身にこれを合わせたらどうだろう。村崎はどう思う?」
「旨味的にはばっちり、魚のイノシン酸、昆布のグルタミン酸。トマトは旨味野菜だしね。まずいはずがない。ドレッシングじゃなくて、このシャーベットをつかった「昆布締めカルパッチョ」って新しいかも」
「バジルやイタパせを混ぜ込む手もアリだな」
目の前で繰り広げられるミネさんと飯塚さんのアイディア。すごい……どんどん沸いてでてくるんだ。これは作った経験値と、今まで培った味の記憶がなせる業だ。無数の組み合わせ、代用……きっと盛り付けまで想像できているのだろう。やっぱりすごい、プロってすごい。
「北川を引っ張り込んで正解だな。このアイディアは俺と村崎では絶対無理だ」
「え?でも今飯塚さんとミネさん沢山アイディアだしていたじゃないですか。僕は味も想像できないし、シャーベット作っただけだし」
「いや、違う。シャーベットというアイディアはまったくなかった。その新しい材料を生かす方法は沢山でてくるかもしれないが、最初の「何か」を生み出すことが大変だ。特に俺と村崎はスイーツ方面が弱いからな。まさかトマトをシャーベットに?そんなこと考えたこともなかったよ」
飯塚さんにポンと肩を叩かれて、僕の足はフニャフニャになった。だって嬉しい……認めてもらった。サービスではなくて料理で!こんな日がくるなんて考えてもいなかった。
「ハル。固定観念にとらわれないで「美味しいかも」を追求すると時々「え?」っていうものが生まれることがある。そしてその一つのものから色々な料理に派生していくんだ。そうやってメニューが増えてお客さんを楽しませる。ワクワクするだろ?」
ワクワク……これが仕事のワクワクか。
「とりあえず5Lのタッパー分作ってくれる?トマトの在庫は明日野菜やのおっちゃんに確認するとして、評判がよかったらメニューに入れよう。あ~でもあれか、コースのデザートにしてみよう。コースのみのメニューです!みたいなさ」
「それは理と相談したほうがいいんじゃないか?」
「そうだね、企画宣伝部長の指示を仰がないで勝手はできないか。んじゃ、ハルはシャーベット仕上げて、残りはトマトソースにしてくれるか?」
「はい!」
ミネさんは僕の頭をワシャワシャにした、盛大に。よくやったって言ってもらったような気がしてうっかり泣きそうになる。こんなことでいちいち感激していたらダメじゃないか。まだスタート地点に立てただけ、これで満足してしまえば先はない。
「ミネさん、手洗ってください」
「おお、言うね~言うね。洗うよ、当たり前じゃん」
ミネさんは手を洗いながら飯塚さんに言った。
「あのさ~飯塚のとこベランダ広いだろ?来年プランターでトマト作ってくれない?ベランダをトマトのジャングルにしてしまう、これどおよ?」
飯塚さんは呆れた顔をしながらミネさんに返した。
「ベランダは理のものだ。許可は理に取ってくれ。俺に権限はない」
「まじかよ。許可下りないね、絶対。『そんなくだらないこと言うなら仕入れルートを開拓したほうが早いんじゃない?』なんて言うに決まっている!」
「村崎もわかってきたな」
ミネさんと飯塚さんの会話を聞きながら僕はシャーベットの仕上げに取り掛かった。これを食べたお客さんが「美味しい」って言ってくれたら本当に嬉しいだろう。そして自分の仕事に誇りが持てるはずだ。
ミネさんと飯塚さんがどんな気持ちで料理を作っているのか、そしてお客さんの「美味しい」をどう受け取っているのか。僕は今日初めて実感しました。
僕のスタートになる大事なメニューが今日生まれた。トマトシャーベットを作るたびに今のこの気持ちを思い出すだろう。これからずっと……この仕事をしている限り。
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