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october.27.2017 始めます!
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「飯塚、ちょっといいか?」
中休み、いつになく真剣顔の村崎はA4の紙を片手に俺の前に立った。
「新しいメニューか?」
「いや、新しい商品ってとこかな」
マグカップ片手に向かい合わせに座る。テーブルの上に置かれたA4の紙にはびっしり書き込みがしてあった。なるほどね、今年はもうスルーかと思っていたのに。
「お節か」
「うん。もうギリギリのタイミングなんだけどね。ちょっとグズグズ悩んだせいもあってさ」
「悩んだ?」
村崎はコーヒーを一口飲んだ後、自分の文字を何度かなぞった後、視線を上げた。どうやらお節の内容に悩んだのとは違う「お悩み」らしい。
「ん~なんていうかさ。俺皆と……ハルも含め頑張っているぞってことを親父たちに伝えていくつもりなんだけど、それって個人的すぎるかなって。ちょっと公私混同的な感じがしてさ、動機が不純すぎないか?でも思いついたの去年だし。あ~でもさ、北川家訪問の手土産の役割もあったのは確か。そんなことを考えつつ、品数案をざっくり決めて原価計算したんだよね。んでやっぱり個人的すぎじゃない?って所に戻るのをここ1週間くらい繰り返してた」
「言ってくれればよかったじゃないか。そもそもお節案は最初のオードブルの時に、理が言い出したことだろ?」
「そう言ってもらうと気が楽になる」
「お節か……それはいいけど。チキンも加わったし結構な作業量になるな」
「だよね。だからチキンはクリスマスだけにしてもらおうかなって」
「年末の設定はなかっただろ?」
「もし注文があったら受けてもいいかなって欲張っていたんだわ。でもお節をするなら断るしかない」
気持ちはわかる。お客さんのオーダーに応えたいのは俺も同じだ。でも抱えすぎて引渡しができないのが一番問題だし信用にかかわる。一度失くした信用を取り戻すのは並大抵ではないし、取り戻せない確率の方が高い。
「村崎の言わんとするところはわかる。どんな動機であれやりぬいた結果が一番大事じゃないか?
それに一年目だからお客さんが満足するレベルに仕上げられるかどうか、そこにエネルギーを使うべきだろうな」
「そっか……そう言ってもらうと胸のつかえが軽くなる」
「そうだな、こればっかりは北川に言っても仕方がない」
「うん、変な気をつかわせたくないし。だってハルが悪いわけじゃないだろ?」
村崎がお悩みなことぐらい北川は気が付いているだろう。原価計算している姿を見れば何をやろうとしているのか丸見えだ。村崎の動機を察するなんて簡単だ。北川もあえて言葉にしなかったのだろう。そういう優しさが必要な時だってある。
「去年作ったのがベースか?」
「うん。華美なお節は作れないし、百貨店やホテル、それに通販に並べるとは思えないしね。伊勢エビもアワビもなし。家庭的で全部手作りを売りにしたい」
「そもそも客は手作りだと思っているだろ?」
「そうだろうね。業務用の冷凍食品専門店から購入すれば自然解凍して重箱に並べるだけでお節ができちゃう。それを知らない人は多いかも。そして原価率は40%以下、しかも器の値段も入っている」
「全部手作りか。オードブルと同じだな、全部手作りで全部食べられる」
「うん、それがSABUROの売りだから」
伊達巻。紅白なます、六角里芋煮、昆布巻き、うま煮、ローストビーフ、錦糸シュウマイ、栗きんとん、黒豆、田作り、たたきごぼう……。軽く頭痛がしてきた。
「それで?何個受ける?」
「注文くるかどうかわからないけど10個かな」
「妥当だな。やってみないと10以上可能なのかわからない。オードブルもあるし、何個注文があるかわからないからな」
「自分で言い出してなんだけど、胃がチリチリする」
「ダースベイダーになるより人間らしいぞ。やるとなれば材料の調達やスケジュールを組まないと。それに器、箸、仕切りもいるし、飾りも必要だ」
「だいたい目星はつけたんだけど、10月末で締め切るブツもあったりする」
「おいおい!もっと早く言えよ!」
「ええっとね~~~聞こえてるよ、さっきから」
横を見ると、理を中心に北川とトアがこっちを見ていた。知らず知らず声が大きくなっていたのか?村崎の動機云々も聞こえてしまっただろうか。
「今年はスルーなのかなって黙っていたんだけど、ミネが決心したなら気が変わらないうちに進めよう。実はDM案のたたきは作ってあるんだ」
「サトル……なんなのその仕事できる君っぷりは!」
「備えあれば憂いなし。いつでもサクサク進められるように色々ストックしてあるんだよ。ミニオーナーの人たちにDMを出して様子を見る。限定数が出たらそれ以上露出はしない。どの程度の反響があるかわからないけれど、会員の人しか注文できないお節っていうのもアリだよね、戦略的には。
せっかく新しいことを始めるならビジネスチャンスにしないと。それで設定価格は?」
「ざっくりだけど税込み12000円、7寸2段重」
「コンビニと変わらない値段だね、それ採算合ってるの?」
「原価率は大手のような40%以下なんて無理。けっこうな原価率になるかな。だから全部手作りすることでコストを抑えることになる」
「そしてそれはセールスポイントになるってこと。武本家では好評だったよ。すっからかんになったし。正明のところは?」
「ぱっと見の派手さはないけれど、ひとつひとつに心がこもっているねって皆喜んで食べていました。僕の口にはいりませんでしたからね。いつもミネさんの料理食べているくせにって。お節は別ですよ。僕も食べたかった」
「最初の年だから改善点は少しずつクリアしていけばいいよ。まずは始めることが大事」
「DM作るなら写真いるよね。ってことは見本作らないといけないか」
「ミネ。備えあるって言っただろ?去年衛が作って持参したお重の写真は撮影済み。ちなみにこれ」
理は写真ファイルをあけてパソコンの画面をこちらに向けた。画面には2段の重が左右すこしずらした位置におかれた写真。その後ろには風呂敷に包まれた2段重が一緒に写っていた。
「実家にあった空っぽのお重を風呂敷に包んで小道具にした。お品書きをきっちり書いておけば、写真は雰囲気で大丈夫だろう。もう時間がないしね。今年はこれで乗り切って来年は改善点をふまえて見本づくりから時間かけてやればいいよ」
ポカーンとした村崎。俺も心の中でポカーンだ。いつの間にそんなことしていた?一言もいってなかったじゃないか。すでに元旦から先を見越して動いてたということか?
一年の計は元旦にあり……理のような人間にふさわしい言葉だ。はぁ……ため息しかでない。
「僕、オードブル含め厨房チームの一員として頑張りますから、やり切りましょう。喜んでもらえるように皆で頑張りましょう」
俺には言葉の最後に「ね、ミネさん」という北川の気持ちが聞こえたような気がした。動機がなんであれ、ちゃんと応援して心を汲んでくれる相手がいるんだ。それで充分じゃないか。
「ここまで段取りされているんじゃ、やるしかなさそうだな。腹を括るしかなさそうだ。だろ?村崎」
「ですね~うし、がんばるか!」
「あの……」
おずおずと手をあげるトア。何を言いたいのだろうか。まさか3段重なんて言わないだろうな!
「重光家の1個予約できますか?」
「どれだけ注文がくるかによるかな~どっちみちチョッキリの数では作らないし予備をとるから、多少不細工でよければつめられるかな。はじっことかさ。トアは大晦日までに重箱もってきてくれればいいよ。それに詰めるから」
「ヤッタ!!」
そこからは北川が加わり必要な材料と容器のリスト作りが始まった。理とトアはDM制作と送付リストを作り始め、お節は決定事項としてスタート。
そして不思議な気持ちになる。オードブルを始めようと集まった日。まだ俺は飯塚と理に呼ばれていたし、村崎と理は初対面だった。北川が手伝いにやってきて、その日に村崎にスカウトされ、SABUROの一員になった。今はトアが加わり、新しい商品の為に全員で動いている。俺達は確実に変わりこれからも出来ることが増えていくのだろう。
一人ならワクワクどころか不安しかないはずだ。でも仲間がいれば前進することが楽しくなる。去年より今年、そして来年。SABUROと共に俺達は進歩する。
よし、頑張るぞ。俺はワクワクしながらカタログのページをめくった。
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