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トアと坂口さんの一週間 その2 10/30
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<< それは月曜の朝でした
今日は何をしようかな。シャワーのお湯をたっぷり頭からかぶりながら考えた。買い物は特にないし……あ、クリスマスは何をプレゼントしようかな。もうそんな季節、1年は早い。年々どんどん早くなっているから歳をとったら目を覚ましてあくびをしたら夜!なんてことになったらどうしよう。あれ?何を考えていたんだっけ?いつのまにか横道にそれちゃうのはトアさんの影響かな。もおお!なに恥ずかしいこと考えているのよ!それも裸んぼう状態で。
アタフタとシャワーを終えてルームウエアに着替える。お出かけが決まってから服を決めればいい。どっちにしてもスーパーはいかないとね、冷蔵庫が空っぽ。
「コーヒーできていますよ」
ドアをあけるとトアさんがそう言ってくれた。部屋にはコーヒーのいい香りが漂っている。休日の朝にコーヒーいれてもらえるなんて幸せだわ。
「少しずつ寒くなってきましたね」
トアさんはパーカーを渡してくれた。当たり前のようにしてくれるけれど、これ当たり前だって思っちゃダメと私は毎回言い聞かせる。
「ありがとう」
トアさんはニッコリしたあとキッチンに向かった。アツアツのコーヒーがはいったマグカップを持ってきてくれるのだろう。トアさんのお家だからコーヒーはトアさんが入れてくれる。私のお家なら私がいれる。その取り決めを守ってくれるのが嬉しい。
一緒に暮らすようになったら、どうしようかな。ちょっと!何を考えているのよ!今日は頭の中にお花畑があるらしい。
「坂口さん、聞いていただきたいことがあります」
「あ……はい」
トアさんの真剣な表情に不安になる。お花畑で浮かれていたら奈落の底みたいな話だろうか。でもコーヒーいれてくれたし……大丈夫よね。
トアさんの隣に座ってマグカップをテーブルに置いた。向かい合わせのほうがよかったかな、失敗。
「あの……」
「はい」
「11月12日と13日が連休になりました」
「日曜日がお休み?」
「ええ、12月の激務を見越して最後の連休を貰えることになりました。急で坂口さんの都合がつけばの話なのですが……」
どこかにお出かけ?このタイミングで日曜のお休みを店長に言うのは難しいかな。法事ぐらいの理由がないとね。でもそんな急に法事が決まるわけではないから嘘だってバレバレだ。
「ええと……」
「ええと?」
トアさんはシャキンと背筋を伸ばして膝の上で両拳をキュっと握った。わたしもつられて背筋が伸びる。
「坂口さんのご両親にご挨拶をと……唐突で申し訳ないです」
「え……」
「もちろん、ご機嫌伺い的なものではなく将来を見越したお付き合いをさせていただいております。そういうご挨拶です」
「え……と。それって」
「僕はここのところずっと考えておりました。お付き合いしてまだ1年たっていませんが、僕の気持ちは決まっています。ただ僕だけのことではないですし、タイミングもあるでしょう。兄達と不意打ちみたいな遭遇が申し訳ないので、僕もオアイコにしますと、冗談めかして言ってしまった。もっときちんと言うべきでしたよね」
「ああっと……ええと」
私の頭の中で花畑が一斉に満開にはじけ始めた。ええっと!ええと!ええええっとおおおお!
「僕がそういう気持ちで坂口さんに向き合っているということを伝えたかった。そのうえでご両親へご挨拶してもよろしいですか?
もしダメであれば、坂口さんが頷いてくれるまで待ち続けるつもりです。迷惑かもしれませんが」
迷惑?迷惑ってなに?そんなはずないでしょう!!
「僕なりの言葉をお伝えする日には、もっときちんとした物を用意します。単純に僕の一目惚れで、これが似合うだろうなと買ってしまったのですが……」
トアさんがソファのクッションをゴソゴソさせて下から小さい箱を取り出した。誰だってわかる、この小さい箱。紺色の箱に金色の「AGATHA」の文字。
その箱が私にむかってスッと目の前に。おそるおそる手をだすと手のひらに小箱がのせられた。急に心臓がバクバクしてきて喉がつまる。緊張?興奮?なんだろう、これ。
「開けていいですか?」
「気にいってくれるといいのですが……」
トアさんはちょっと困ったような顔をしている。トアさんが一目惚れしたなんて、どんなデザインなんだろう。
パカっと蓋をあけると、赤、ピンク、シルバー、クリスタル、色々な大きさのクリスタルガラスがドーム型のコロンとした台に埋め込まれている。キラキラ光ってとても綺麗。取り出して指に……これって薬指でいいのかな?いいよね?
指輪は薬指にすっと入った。カジュアルだけど、ボリューム感がいい。
「素敵です」
「本当ですか!」
トアさんはほっとしたように息を吐くと、フニャっと笑った。トアさんも緊張していたのかな。体の力が抜けたのか、伸びていた背筋がクッションに埋まる。
「ああ~よかった。シルバーでもプラチナでもない、メタルとセラミックなんです。石ではなくガラスですし。でも坂口さんに似合うだろうなって、もうそれ以外目に入らなくなってしまって。あわわわ!!」
トアさんが慌てたように私の手を握った。繋がった手の上にポタリと落ちる滴。ようやく自分が泣いていることに気が付いて頬に手を伸ばす。なんだろう……私こういう気持ちが初めてで、どう表現していいかわからない。嬉しい、びっくり、わけがわからない、どうしよう。
「……どうしよう」
「え?は?どど、どうしたらいいですか?」
「頭に花が咲いて、心臓が口からでそう」
「え?は?」
何を言っても、どう言葉にしても伝わらない気がした。だからトアさんに飛びついて、ありったけの力で抱きしめる。わかる?トアさん伝わる?私の今の気持ち、わかってくれる?
「二人で……ご挨拶にいきましょう」
「……はい」
一人で好きな仕事をしながら生きていくのが一番楽しいかもしれない。そんなふうに思い始めていた。誰かと同じ時間を過ごすことが一人より心地いいなんて知らなかった。
一人ではないことが幸せだと感じることも、この先も一緒にいたいと思えることも……知らなかった。そしてお互いにそう思っていることが、同じであることが、こんなに感動することを初めて知った。
トアさんは私にとって「特別」
トアさんにとって私は「特別」
二人で過ごすことが日常であり特別。それを二人で作っていくこと、それが幸せ。私は漠然としていた幸せの意味を今日初めて知った。トアさんのおかげで。
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