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november.12.2017 幸せな一大事 その6
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「どうしたんだ?もらい泣き?」
『行きつけのお店のスタッフ』トアさんの存在はそれを超えてしまっている。知り合いのおばさんみたいな気持ちで、今はまるで自分のことのように嬉しい。そして感動している!
「だって……胸に響いたもの」
章吾はわざと顔をしかめて見せた。
「他の男の言葉に涙する直美に「よしよし」なんて言えないな。ちょっと悔しい」
「勝ち負けの問題じゃないでしょう。章吾だって「おっ」って顔したじゃない」
「それはそうだけど」
実巳君のお願いを聞いてウキウキしながら章吾と二人でSABUROにやって来た。わたし達と同じように助っ人として同じ空間にいる人がチラホラ。全員顔をみたことがあるから私達と同じ常連なのだろう。トアさんの一大事に呼ばれるくらいの常連。ふふん、ちょっとそれが誇らしくもり優越感がある。
私達がテーブルにつき食事を初めてから30分くらいあとに本日の主賓が現れた。実巳君はトアさんが彼女さんのご両親にご挨拶をすると言った。でも総勢6名様がご来店。彼女さんのご両親にご挨拶が両家の顔合わせに変わったのかしら。
モヤモヤしていては食事を楽しめない。ワインを持ってきてくれたハルくんに聞いてみた。
「実巳君は彼女さんのご両親にご挨拶って言っていたわ。でも人数が増えてるよね?」
「そうなんです。坂口さんのご両親は斜里にお住まいらしくて」
「坂口さん?」
「あ、トアさんの彼女さんです」
「え?じゃあ皆には紹介済み?」
「ええ、皆でお花見も行きましたよ」
知らなかったことがちょっと悔しい。でも常連とはいえお客さんに「彼女できました!この方です」なんて紹介するはずがない。いけないわね、自分の立場を飛び越えた考えだったわ。
「ごめんなさい。横道にそれちゃったわね。斜里が関係あるの?」
「ええ、けっこう遠いですよね。相手のご両親に会うってかなり緊張しますよね。僕も口から心臓でそうでしたし。今回は坂口さんのご両親とご対面。当然次はトアさんのご両親と会うことになる。何回もヘビーな緊張をするより一発でやっつけてしまえ。そうトアさんを焚きつけた方がいて」
「それでご両家顔合わせ?」
「ええ。僕も緊張しちゃってテーブルに近づきたくないです。気になって気になって。用事がなくても時々呼んでください」
ハル君はそんなことを言って笑顔を浮かべた。そうよね、それを聞いたら私まで緊張してきたわ。それからはトアさんのテーブルを見ないように頑張った。だってジロジロ見るのは失礼だし。「いつもより耳に神経がいっているようだな」章吾はそう言って私をからかった。
その後テレビによくでる焼き鳥屋巡りのおじさん(名前を忘れた)がご来店。助っ人常連の女性がシネマレストランの脚本を書いていることが判明。それからトアさんのテーブルの雰囲気が和やかになり、ほっと胸を撫でおろした。
食事は美味しかった。しかも和食テイストで二度びっくり。実巳君も飯塚君も高スペック&高スキル。世の中の女性が放っておかないはずよね。
そしてトアさんの言葉が店内にいる全員の心を撃ち抜いた。少なくとも私はそうだ。立ち上がって拍手したい気持ちをグっと抑えたせいで、少し涙腺が緩んでしまい、章吾が拗ねた。
でもね、やっぱり素敵な言葉は力がある。それを実感した瞬間だった。
「俺も言うべきなのかな」
「何を?」
「何度か話したことはあるけど、直美は結婚したいか?」
「結婚ね……その時がきたら自然にそうなると思うの。私はもう子供を産めない年齢だし。産めなくはないのかもしれないけど、今から育てるなんて能力も馬力もないし。章吾との生活で充分満足しているし」
「それは俺も同じだ。親は「だったら結婚してもいいじゃないか」と言うが、なんだろうな。結婚という形にしてしまったら直美との関係が変わってしまうような‥…そういう漠然とした不安がある」
「まったく同じ。周りは結婚しちゃえばいいのにって言う。でもなにか違うのよね。だったらしなくたっていいって思っちゃうから。どうなのかな、結婚という形を取らないで拘っているのは逆に結婚というものを意識しているのかな。わからないけど」
「お互いの仕事は、なかなか手ごわい。生活時間や休日が合わないことだって多い。二人の時間が少ないからといって不安はない。でも結婚という形は不安になる。これをうまく説明できないのが残念だ」
「章吾の言っていることはわかるよ。お互いの両親のところに年に何回か顔をみせたり、親戚一同集まる法事やイベントに参加したり。今の生活とは違う時間配分が必要になるでしょ?私は今の生活で手一杯だから、これ以上仕事が増えたらパンクしそう。お互いの両親に会うのは仕事じゃないけど、そんな感じなのよね。私にとっては」
「そうだな。でも言えることが一つある」
「なに?」
「結婚する相手は直美以外にいない。「いずれ」「いつか」そんな漠然な時間しか提示できないけれど、俺が結婚できるのは絶対直美だけだから」
「……ちょっと……なに言ってるのよ。突然そんな……」
「トアさんに当てられたかな。でも言っておくべきことだと思った。来年なのか定年後なのかわからないけど……いつかお嫁さんになってください」
「……章吾」
さっき緩んだせいで涙腺は完全に崩壊した。私以外にいない……いつかお嫁さんにって……。
「そうね‥…いつか結婚しましょう」
章吾は箸をおいて私の手を握った。いつか……それはいつでもいいということだ。その時がきたら今とは違う「夫婦」という形を章吾と作っていけばいい。
「婚約期間が長くなりそうだな。それまではお互い悔いなく毎日を送ろう。将来に楽しみがあると思えば忙しい仕事にも立ち向かえそうだ」
「そうね、結局仕事を中心に生活が回るのね」
「だが、楽しくもある」
「うん」
二人の将来には「結婚」という目標がある。それを実現させる時がいつになるのかは、私も章吾もわからない。私の人生には章吾が居る。章吾には私が……私達は一人ではない。そのことが嬉しくもあり幸せに思えた。
「ペカンナッツとクルミのタルトが食べたいわ」
章吾はニッコリ笑った。
「俺達の出会いの場所だな。このあと行ってみるか」
「そうね。そうしよう」
人生を共に歩む。私は心の中で章吾という人生の伴侶をくれた神様に感謝した。
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