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november.12.2017 幸せな一大事 その7
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「感動した……ドラマでは見たことあるけど、実際目にすることはないだろ?」
「ないな。それに俺達は一生縁がないだろうし」
儀はネクタイを緩めながらドサリとソファに座った。人差し指を結び目に入れて中指と親指でネクタイをギュっと引っ張る。サラリーマンになってから何回もこうしてネクタイを緩めてきたはずだ。その様になっている姿に色気を感じてしまうあたり、俺も儀と同じく感動に当てられたのだろう。
「縁がないとは限らないだろう。いつかそんな日が来るかもしれない」
「どうかな。法律が変わるとしても俺達がヨボヨボになる頃だろうな」
儀の腕が伸びてきて引っ張られた。素直に儀の横に座る。俺のネクタイは緩められることはなくきっちり結ばれたままだ。自分で上手く解ける気がしない。
「お嬢さんを僕にください!をずっと待っていたのに違ったな」
「儀はどう思ったかわからないけど、俺はよかったと思うよ。やっぱり人間正直が一番だ。大風呂敷広げるより真実味があった」
「そうだな……そこに感動したのかもな」
テーブルに行儀悪く足をのせて儀は天井をぼんやり見ていた。俺達に結婚という選択肢はない。札幌市ではパートナー制度が実施されているが、それはまだ恩恵といえるほど浸透していない。周囲に知られることを恐れて申請していないカップルのほうが多いだろう。俺と儀もその話はしたが結論はいまだに出ていない。どちらかが病気をしたり怪我をして入院……そんな事態にならなければズルズルと先延ばしにしてしまう、そんな気がしている。
何かが起こる前に別れる可能性だってある。俺達は一緒に住み始めてそれほど時間がたっていないし、恋人同士より友達だった時間のほうがずっと長い。
いずれ、自分達の「将来」について考える日がくるだろう。でも俺は儀との時間を何も考えずに楽しんだり嬉しく思いたい気持ちのほうが大きかった……今日までは。
儀にキュと手を握られる。間接照明しかついていないボンヤリした明るさの中に俺と儀が居る。この空間には俺達二人だけだ。それでいいと満足していたけれど、もしかしたら違うのかもしれない。
「俺……儀と一緒にいて嬉しいし楽しい。それがずっと続けばいいって思っている」
「ああ、そうだな」
「俺達は社会的に責任を負う必要はない……違うな、負えないんだ。確かな物がない。あるのはお互いの気持ちだけだ」
「……そうだな。ゲイ同士だから仕方がない、それ以上考えることはなかった。だけどさ、俺は今日場違いなことを色々思ったよ」
「場違い?」
「保険の見直しした方がいいかな。パートナーの申請もきちんと考えるべきかなとか。俺は一生結婚できない理由を家族に伝えるべきだろうか……そんなこと」
「……そうか。俺もボンヤリと考えていた」
「一人で生きていくしかないって諦めていた。でも今はヒロと一緒だ。「このまま一緒に過ごせればいい」それだけじゃダメなんだよ。一緒にすごしていくために必要なことを話し合って二人で決めていくべきなんだろうなって」
「……うん」
「眼鏡君はお互いの家族を巻き込んで血をつなげていく。でも俺達にその道はない。ないからといって諦める必要はないのかも。俺達なりの道をみつけて、必要なことを調べていけばいいのかなって。ヒロ?」
「なに?」
「ヒロを「守ります」みたいな、そんなこと俺は言えない」
「俺だって言えないよ」
「ただヒロとの時間は守るべきものだと思ってるから。この生活とヒロは俺にとってかけがえのないものなんだ。だから少しずつ自分達の将来から逃げないで頑張っていかないか?」
「……儀」
繋がった手が持ち上がり優しい唇が降りて来た。
「俺達に結婚はない。でも俺達なりの結婚をすればいい」
「……それプロポーズかよ」
「ああ、前にもしたような気がするけれど、今回はちょっとレベルアップ。真剣度も違う」
「次はダウンしないといいな」
どうして素直に「ありがとう」って言えないんだ、俺は!
「照れるヒロは滅茶苦茶可愛い」
ネクタイをひっぱられてキスをされる。初めてのことでさらに俺の照れは高まり、儀の胸を押すがネクタイのせいで全然離れて行かない。ネクタイってこういう使い道もあったのか。
「スーツを脱がせるのもいいな」
「ちょっと!真面目な話してたんだぞ!なんだよ、その変わり身は!」
儀にギュウと抱きしめられ耳元で言われた。
「わかれよ……俺だって照れてる。本心を言うのは恥ずかしいな」
俺の身体から力が抜けた。本心……って言った。ジワリと涙が滲みそうになる。ちゃんと俺のこと、そして俺達のことを考えてくれていることが嬉しかった。
「ネクタイに慣れていないんだ。儀がほどいてくれよ」
一気に儀の体重がかかってソファに身体が沈んだ。「普通」「一般的」と言われる形を得られないからといって嘆くことはない。「かけがえのない存在」だと言ってくれる男が目の前にいる。それこそが幸せなことで大事なことだ。誰よりも幸せだと自信を持って言える俺達を作ればいい。
肩ひじ張っていた心がフワリとほどけた。そうだよな、大事なことは「形」ではない。
「儀を大事にする。だから俺のことも大事にしてくれ」
「ああ、約束する」
この先どれくらいの時間があるか俺にはわからない。でも今日と明日を儀と一緒に過ごす。できるだけ長く、満足しながら。 こんなふうに思えるキッカケをくれた眼鏡君に、今度お礼を言わないと。
「ありがとう、感動したよ」って。
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