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november.12.2017 幸せな一大事 その8
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「今日は感動しちゃいました」
「だ~~な」
「応援しているアスリートが金メダルとったみたいな感じです」
「トアはアスリートかよ。ほい、お疲れ」
時間はまだ21:00過ぎです。今日の主賓と応援団の皆さんがお帰りになれば仕事はおしまい。片付けをして帰宅です。連休は結局潰れてしまいましたが、今日という日に立ち会えて僕は嬉しかった。本当に嬉しかった。
「幸せになれるといいな」
「なりますよ。だってトアさんそう宣言したじゃないですか」
「そうだな~誰かと一緒にいることで幸せになれるって、今なら俺わかるし」
「そんなミネさんの言葉は嬉しいですが僕は少し悔しいです」
キョトンとしたミネさんの顔。全然心当たりがありませんって表情だ。
「両親のところに行ったとき、やっぱり僕も一緒に行きたかったって悔しい気持ちがぶり返しました」
「ああ……それ」
ミネさんは困った表情に変えてすまなそうに僕を見た。
「だって坂口さん、すごく嬉しそうでした。僕も目の前でミネさんが僕の親に宣言するのを聞きたかった。それなのに勝手に決めて一人でいっちゃって。僕は決定的瞬間に立ち会えなかったんですよ?悔しくもなりますって。これに関しては僕の方が正しいです。これは譲れません」
「ううう……あああ。ごめんな~しか言えないわ。あの時俺なりにいっぱいいっぱいだったから。でもハルの言う通りだな。今日俺もそれは感じたよ。一緒に行けばよかったなって。ゴメンな……もうどうしようもないけど」
本当にすまないって顔。はぁ……僕はミネさんに弱い。素直に謝っているミネさんを前にクドクドは言えなくなる。
「言って気が済みましたから、もういいですよ」
「んじゃあ、親父とかあちゃんにはハルと一緒に言いに行く」
「へ?」
「へって、お付き合いしています宣言に決まってるじゃん」
うううう……ミネさん一人でお願いしますと言いたい!喉の奥がグンと詰まった感じ。一気に不安が押し寄せる。ミネさんの宿題はまだ始まったばかり。僕との生活やSABUROの出来事を写真と一緒にメールしている。返ってくるメールは当たり障りないものでしかない。否定もされていないけれど肯定には程遠いものを感じるのは僕だけだろうか。
「そんな顔しないの。大丈夫だよ、きっと時間が解決してくれる。俺はそう信じているし。少しずつ変わってきているよ。北川君がハル君になったの気が付いた?」
「気が付きましたけど、ミネさんがハルって言うからじゃないですかね」
「じゃあサトルが呼んでいるからって「衛さん」って言える?」
「……言えません」
「少しの変化だって大きなことだよ、きっと。何でも欲張らずに少しずつ。トアだってちょっとずつ前に進んで坂口さんとの距離を縮めた。俺とハルだっていきなりじゃなかっただろ?少しずつ何かが俺達を変えていった。気持ちや環境、俺の場合は常識だったものが常識ではないことを知った。そして今はこうしてお疲れ様乾杯をしている。だからいいんだよ、少しずつで。ゆっくりゆっくり」
ミネさんはもう困ってもいないし申し訳ないという顔ではない。僕にいつもくれる優しい笑顔だ。僕はいつも勇気をもらう。ミネさんにとって大事な存在であること、僕は大事にされている、その実感が自信につながる。もっと頑張ろう、困難が立ちはだかっても向かって行こう、そう思える。
「はい、ゆっくり。でも負ける気はありません」
「おおお~かっちょいいねえ。そうじゃなくっちゃ。飯塚に言ったことがあるけど、男同士だからこそ築ける関係があるんじゃないかって俺は思っている。今日トアが一緒に進む相手だと自分の親に坂口さんを紹介した。この先に結婚があって子供が生まれるだろう。個人だけだった形に、夫婦や家族という変化が訪れる。俺とハルにそれがあるか?そう言われたら書類もないし、子供もできない。でもね、それでも誇れる関係をハルと作っていきたいよ」
僕は今日、何度も理さんを盗み見た。「あったかもしれない衛の将来を潰したのかもしれない」
そう言ってションボリしていたことがあったから。今日のトアさんの姿を見て、またその考えに囚われてしまわないか心配だった。不安そうな表情はなかったけれど、僕には見えないだけで飯塚さんには見えるものがあったのか?僕にはわからなかった。
「前に理さんが「あったかもしれない将来を潰した」って言ったことがあるんです」
「サトルが?」
「当たり前に結婚して子供がいる家庭を持った男だったかもしれない。飯塚さんのそんな将来を潰したんじゃないかって。それ、わかります。僕も時々考えるから」
ミネさんはふう~とため息をついた。指先が伸びてきて僕の手をキュっと握る。
「そういう将来はあったかもしれない。これからあるのかもしれない。でもサトルにはそのままお返ししますって言いたいよな。だって飯塚があったかもしれないサトルの将来を違う形に変えたともいえるじゃないか。お互い様なんだよ。
んで、ハル。あったかも、なかったかも、そんなこと考えても意味ないよ。だって俺はハルとの時間をたくさん積み重ねようって思っているから。その積み重ねが将来なんじゃないの?別にさ、奥さんと子供がいるのがベストな将来じゃないでしょ。そんなこと考えないでほしいわ。
あ、違うな、考えちゃったらちゃんと言って。その度に全否定してハルを安心させるから。俺の知らないところで意味のないこと考えて落ち込むの禁止!わかった?」
「……はい」
「俺はハルと一緒にいる。ハルは俺と一緒にいる。料理を生業としている二人だ。面白いことが待っている気がする。俺とハルだからこそ人にも誇れる関係になれる。変なこと考えるならワクワクすることに目を向けよう。去年よりハルは腕を上げた。来年になったら?ハルのスイーツが人気になったらどうする?「じゃあ、通し営業にする?厨房はカフェタイムに仕込みできるでしょ?ホールは休憩を順繰りにとりつつ対応する方法を考えよう」そんなことサトルが言ったらどうする?SABUROがまた変わっちゃうよ?」
「それはそれで恐ろしい予想です。理さんなら言いかねないですよね……僕のスイーツ探求はやめた方がいいかもです」
「あははは、いや、やるべきでしょ。そうなったら絶対連休を月1設定する。ランチメニュー絞るとかさ、方法を考えればいいだけだよ。新しいスタッフいれるとかさ。ほら、こういうこと考えているほうが楽しいでしょ」
「ですね……ちょっと怖いですけど」
「立ち止まっちゃいけない。突っ走れる時に走る。立ち止まった方がいい時は止まって周りを見渡す。おじさんはそのへんの見極めができる人だから、時機ではないと判断したらストップかけてくれるだろうし。俺はね、一緒に仕事をしながらワクワクしたいんだ、ハルと」
そうですね。心配や不安はキリがない。どんどん沸いてくるし消えることはない。でもその気持ちを打ち消す「今」をしっかり持っていれば立ち向かうことができる。傍にミネさんが居る限り、僕は頑張れる。時に一緒に歩き、時に背中を追う。僕にはミネさんがいる。
「はい。ハルがいないとダメになる。そんな台詞を言わせてみせます」
ミネさんはニヤリと口角をあげた。
「もう俺散々言ったけどね、それ」
「心の底からですよ。泣きながら「ダメになる~」ってグスグスするミネさんを僕が慰めるんです」
「うわ、なんだよ、それ」
「ああ~「なにそれ~~」って言わなかった」
握られた手を力任せに引っ張られてスポンとミネさんの腕の中に。そうですね、ここが僕の居場所です。僕だけの……温かい場所。
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