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november.20.2017 クリスマスに向かって
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目の前がクリアになった。そんな気持ちです。
最初は本当にもうどうしようか!こうしようか!逃げ出しましょうか!そんな状態でしたが、皆さんに相談して色々と見えたことが大きかったです。
ミネさんがハルさんのご両親に会いにいったこと。対してハルさんは自分から名乗る気はないといったこと(どうやらミネさんのご両親との関係は今築いているようですね)
飯塚さんの気持ち、理さんなりの納得。
どれひとつとってもそれぞれの状況で同じ答えがないことがわかった。結局のところ僕がどうしたいかってことで、欲しい未来を得るためには手順を踏んだり、緊張する場面からも逃げないことが大事だったのです。避けて逃げたところで解決にはならない。
SABUROという場所、そして皆さんがいなかったらこんなに上手くいかなかっただろう。なかったら?それを考えたらガクガクブルブルしてしまいます。
SABUROを後にして、坂口さんはご両親と場所を移しました。僕は両親と実家に帰り、兄さんと姉さんを交えて静かに話をした。
おめでとうというムードよりも安堵、そんな家族の反応に僕もホッとしました。兄さんはもう「クリスマスは誰と過ごすんだ?」と僕に聞き、返事にがっかりすることはい。
最近は僕に結婚のことを聞かなくなった両親だったけれど、内心は気にしていただろう。僕は結婚したくない宣言をしていなかったし、諦めていなかった……いえ、諦め始めていたところでした。
それが1年半の間にガラリと変わった。事の始まりを考えれば2年くらいでしょうか。SABUROで働くようになって僕の生活は少しずつ、でも確実に変わったと思います。
接客の経験はありましたが自分に向いていると思えなかった。コツコツ黙々と一人作業する職種を選んだのはそのためです。それが毎日ホールに立って沢山の人と接している。
無類の映画好きというベースしかなく、その素敵さを誰かに伝えることも下手だった。会話を成立させるのが難しくて、ついつい自分の話しやすいことばかり話すから相手は困るばかり。それなのに、その映画のおかげで僕の世界が広がった。番組のコーナーに自分が映っていることにいまだになれませんが、コメントや反響が好意的なものである幸せ。そして何より、それで坂口さんに逢えた。
同じ月曜日が休み。同じスーパーに買い物に行き、気に入っているラーメン屋も同じ。しかも道路を挟んで隣の建物に住んでいる。今までだってすれ違ったことがあったのかもしれない。同じレジの列に並んで会計を待ったことがあったのかもしれない。日常の中で坂口さんと重なった時間があったのかもしれない。
それが1本の映画によって「かもしれない」が「現実」になった。坂口さんとの出逢いによって僕の生活に色が溢れ、今まで考えないようにしていた未来に向き合えるようになった。
僕にとっての大きな変化は自分の望みがなんであるかを認識したことだ。坂口さんと一緒にいたい、これから二人で色々なことを経験して、それを積み重ねていきたい。それが結婚という形ならそうあるべきだという思い。
結婚できないだろうな、無理だろうな。それは間違っていました。僕は結婚したいと思えるような出会いをしていなかっただけだった。結婚はしたいからできるものではない。結婚という形を選ぶから結婚が現実になる。
「具体的な日程は二人の間で決まっているのかな?」
兄さんの質問に僕は苦笑いするしかなかった。「らしき言葉」「それっぽい言葉」は僕の気持ちとともに口にしたことはあるけれど、肝心なプロポーズを僕はまだしていない。
「実はプロポーズがまだなんです」
両親と兄さんと義姉さんのアングリ顔を見て僕は噴出した。そしてその表情以上に、プロポーズがまだだってことに僕も可笑しくなった。
「いや……てっきり……なあ?だろ?」
兄さんが誰に聞いているのかわからない言葉が宙ぶらりんになってさらに笑いが止まらなくなった。ケラケラ笑う僕を見て家族も笑う事にしたらしい。安堵と笑いによって全員の肩の力が抜けたみたいです。いえ、脱力したが正しいかもしれませんが。
「クリスマスが始まりなんです。ですから来月きちんと言葉にして、これからのことを考えるつもりです。僕としてはおおげさなことはしたくないのですが。ああ、でも僕がそう望んでいるだけですね。ちゃんと坂口さんと話し合います。
これから色々相談することがでてきますね。その時はよろしくお願いします」
そうです。まだ何も決まっていない。一つずつ、ゆっくり決めていけばいい。僕も坂口さんもせっかちとは無縁ですからノンビリしか進まないでしょうね。
「トアさん?」
「はい?」
「何を考えていました?」
ほっとする温もりに腕を回す。不思議です。僕が考え事をすることはよくあります。坂口さんはそんな僕を放置してくれます。でも二人のことを考えている時、坂口さんのことを考えている時、それがわかるのか今みたいに聞いてくれます。それを糸口にして自分の気持ちや考えを伝えることが出来る。僕が同じことをできているとは思えません。できれば同じようにしたいですが。
「ああ、ええと。両親たちと話したことを。坂口さんと別れたあとです」
「そうでしたか。もう1週間以上たったんですね」
「ええ、もうすぐ12月です」
クリスマスまで1ケ月と少し。込み合う時期だろうし善は急げというじゃないか。こんなことならもっと早くしておけばよかったと後悔するのはご免です。事が事だけに。
「坂口さん」
「トアさん?どうしました?」
僕が起き抜けのボケボケ顔ではないことに気が付いたのでしょう。そっと頬を手のひらで包んでくれた。その優しい触れ方に心が温まる。
「クリスマスなんですが」
「はい」
「僕達が始まったといいますか……僕は寝落ちしてしまい翌日やり直すことになったこと思い出すといまだに恥ずかしいです」
「いいえ、私にはいい思い出です」
「そう言ってもらえると気が楽になります。今回のこと、あれやこれやでご挨拶のつもりがお互いの両親に紹介することになり、本心を言葉にしたことはよかったと思っていますが、坂口さんにはきちんと申し出をしていないといいますか……」
坂口さんがクスクス笑う。
「申し出って何ですか。いえいえ、わかります。でも私は嬉しかったですよ。トアさんはちゃんと言ってくれました。お互いの両親を安心させることができたのですから、順番なんていいんです」
坂口さんはやっぱり坂口さんだ。僕は嬉しくなる、いつも嬉しくなる。スウと息を吸い込む。深呼吸の代わりに。
「お揃いの指輪を買いにいきませんか?給料3ケ月分といってもささやかなレベルが精一杯ですが。クリスマスの日にそれを坂口さんに贈りたいです。順番がグチャグチャになりましたがきちんと……はい……きちんとしたいので」
「……じゃあ、お揃いの指輪、私がトアさんのを買います。トアさんは私のを買ってください。できれば仕事中もしたいのでシンプルなものがいいです」
「でも石がキラキラしているのが定番では?」
「キラキラした石はもっと大人になってからのほうがいいですよね。だってヘップバーンが言ってましたよ。『こういう指輪はもっと大人にならないと似合わないわ』って」
「ああ!『ティファニーで朝食を』ですね!」
「ふふふ。ヘップバーンの台詞をトアさんに言えるなんて私も少し成長したかな」
やっぱりこの人は僕をワクワクさせる。
「そうですね。スィートテンダイヤモンドでしたっけ、そういう機会もこの先あるでしょうし」
「トアさん、そんなこと知ってるなんて意外です」
「いえ……映画館の予告がけっこうな頻度でデビアスだった時代がありまして……」
坂口さんは僕をしっかり抱きしめた。フワフワ羽毛布団が二人の動きで揺れる。
「じゃあ、おしゃれして買い物に行きましょう。クリスマスに間に合うように指輪を選んで……メッセージを入れたいし」
「二つとも僕が買います」
「ダメです。交換したいから私も参加します!いいじゃないですか。3ケ月分も、男性が買うのも他の人に任せましょう。私達は私達なりのやり方でいい。トアさんと私なりの形を見つけていきましょう?トアさん言いましたよね。二人なら幸せになれるって、見つけることができるって」
「坂口さん……あなたは最高です」
そうですね。僕達なりの、いえ「僕達だけの」形を見つけて積み重ねていけばいい。きっとそれは楽しいに違いない。嘘偽りのない僕達の形。
あなたという特別の人と生きていきます、これから……ずっと。
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