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chapter8 俺と男前の相性 <11月>
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玄関で靴を履く後ろ姿-金曜の訪問を済ませた飯塚を俺はボンヤリ見ている。
次はいつもの決まり文句。
「俺が出た後ちゃんと鍵かけろよ。」
は~い。さて、明日のメニューはなんですか?
「それと、明日行きたいところがあるからつきあってくれ。」
飯塚は俺の返事を待たずにそのまま出て行った。
いつものように鍵をかけるカチっという音をさせると、ドアの向こうの足音が遠ざかっていく。
一度何もしないでいたら、ご丁寧に20秒後ドアが開き、鍵をかけろと怒られた。
カチってさせないと動かないって・・・まったく。
さて、行きたい所って何処なんだろう?
翌日、特に時間は言われていないのでいつもどおりグズグズしたあと家事を行う。
シャワー後服を着ようとして手が止まった。何処に行くつもりなのかな?
時間の指定がないってことは遠くに出かけるわけじゃないだろうし、いきなり山に登るぞとか突飛なこともなさそうだ。見苦しくない程度のラフなものでいいだろうと決めたものの気になる。結局、いつもよりワンランクアップのややオサレ感のある服を着ることにした。お出かけだしね!
着替えをすませ鏡で確認なんてしてしまった・・・デートにいく女の子じゃあるまいし。
ドアをあけて俺の姿を認めた飯塚が薄く笑ったように見えた(気のせいかもしれないが、そんな気がした!)からとっさに言い訳をする俺。
「いや、出掛けるっていうからさ・・・いちおう。」
「ふ~ん。いいじゃね?似合ってるし。いいな、そのピーコート。」
普通にあっさり返された。やっぱり気のせいだったかもしれない!
それに似合ってるとか、店員以外の男に言われたのは初めてかも。うげ、なんだか恥ずかしいじゃないか。
「んで、どこにいくの?」
「とりあえず本屋。」
「はあ?」
本屋ですか?それならいつもの格好でなんの問題もなかったじゃないか。
まったくもうこの男は何がしたいのだ。
目の前の男前は地下鉄の手すりを掴みながら窓の外を見ている(地下鉄なので何も見えていないのだが・・・)
マックロな窓が鏡みたいになって映る姿は客観的にみても十分なレベル。ベロアっぽい生地のジャケット、首に巻いてあるマフラーすら男前仕様に見えるゴージャス感。
隣の俺はいたって普通。その他大勢の一員であることを実感・・・神様っていうのは不公平の塊だ。
車両のほとんどの人間がこの駅で降りる。ゾロゾロと人の波に乗りながら東に向かって地下を移動しながら『本屋』だけで、どこを目指しているかわかってしまう俺はどうかしてると気が付いてしまった。
札駅にだって紀伊国屋があるし、ペコちゃんの隣にだってあるし、同じ駅ならそこのほうが断然近い。飯塚は当然のように歩いているし、俺が何も言わないことすら気が付いてないんじゃないか?
そうか・・・『駅の紀伊国屋いくから』『欲しい新刊あるか見るだけだから』
飯塚はいつもと「違う」ところにいく場合のみ目的地を言うんだった。
目指す本屋につくと「じゃあな」そうヤツは言ってエスカレーターで上に向かう。
飯塚と違って俺は読書を趣味にしていないので、ツラツラと雑誌を眺めて何冊か購入。そのまま違う階のカフェで買ったばかりの雑誌をパラパラめくりつつ飯塚を待つわけだ。
これもまた別に決めていたわけじゃない。あいつは俺が本屋で買うといっても雑誌くらいで時間を持て余しここに座っていると思っているのだろう。
何も言わずとも予定調和なこの行動っていったいなんなんだろう。非常に楽で、心地いい。
飯塚が女?いや俺が女だったら相性ばっちりなんじゃないか?
ここまで考えて振り払う。どうにもならないことを望んだところでどうしようもない。え?え?
俺は望んで・・・いるということなのか?・・・
大好きなアイスラテが苦く感じた。
「今回の特集はなんだ?」
見るともなしにただめくっていた雑誌のことを言っているのだろう。
当たり前のように向かいの席に座るこいつは、今まで俺が考えていたことをぶちまけたらどんな顔をするのだろうか。
「神社仏閣だった。」
「好きなのか?」
「あ、割とね。三十三間堂が好きなんだ。」
「あそこは膨大な観音様より、その前に立つ仏像がいい。」
「俺もそう思う。あんまり後ろの観音さんみたことない。帝釈天が好きでさ。あそこにいったら1時間なんかあっという間で。」
「今度行ってみるか。」
一緒に行くか?ではない。今度いってこようかな俺、でもない。一緒に行くことが前提の「今度行ってみるか」・・・さっきまで必死に振り払っていた考えが頭をもたげそうになる。
俺はどうかしているから繕う必要があった。
「コーヒー頼むか?」
俺の買った雑誌をショップのビニール袋に戻しながらヤツは言った。
「いやいい、酒がまずくなるからな。行くか。」
てっきり食材を買い込んで帰ると思っていたのに違うようだ。帰るわけではないらしい。
さすがに今度ばかりは行き先もわからず、俺は飯塚の横を歩くはめになった。
そしてとあるビルの地下にあるこじんまりとした店で向かいあう俺達。
「お前来週の木曜、誕生日だろ。」
「あ・・・。」
そうだった。一人暮らしが長くなると自分の誕生日のイベント度がぐっと減る。家族や限られた友人からメールが来る程度だし祝ってくれる彼女とは別れたばかりだ。
そこで思い出す。こいつの誕生日と俺の誕生日は10日ぐらいの差だったことを。
「じゃあ、お前ももうすぐだな。」
「思い出したか。」
「さすがにね。」
「勝手にオーダーは事前にしたが、ここは割り勘だ。」
「あたりまえだろ?」
「互いに誕生日を祝うぞって驕りあうのもいいかと思ってさ。」
こいつと知り合って最初の年は誕生日の話題はでてこなかった。
2年目に互いの誕生日が近いことを知ったが、もう過ぎたあとだった。そして今年・・・。
「彼女がいないから祝ってくれる相手もいないだろうし、それは俺も同じ。あげく来週は出張やら何やらで慌ただしい。」
「・・・いつもみたいにお前が何か作ってくれればよかったのに。」
フンと飯塚は鼻で笑う。
「じゃあ、俺の誕生祝がないだろう?武本が皿を洗ってくれて、それで誕生日っていうのは割に合わない。」
まあ・・・確かに。くっそお、嬉しいじゃねえか、この野郎!
「まったくもう、最初から誕生会するとか言いやがれ。」
運ばれてきた前菜をみて嬉しそうにニヤリとする飯塚に言ってやる。
「この間俺が具合悪くなった時言っただろ、お前。」
「なにをだよ。」
「シャツだよ。買ってやるって言ったら、そういうのは誕生日とかクリスマスとか、そういう時にプレゼントにもらったほうが嬉しいって。」
そんなこと言ったか?なんかそんなような気もするが・・・
「どうせ一緒に食べるのなら、たまには違うシチュエーションもアリだろ?うまいぞ、このマリネ。」
なんで、どうしてこんなに俺は嬉しいのだろうか。誕生日のお祝いは過去にだってたくさんあった。その時の恋人と呼べる相手からプレゼント付のイベントとして楽しい時間を過ごしたことだってある。
楽しかったと思いだせるのに、こんなに嬉しいと思えたことはあっただろうか。
いつもはわかりやすいのに、今回はまったく飯塚の意図を理解できていなかった。予想外の所謂サプライズっていうのがこんなに効果があるとは思わなかった。世の中の女性がサプライズに憧れる意味が少しわかったような気がする。
「誕生会とか言えばいいのに。」
フンと口をゆがめて飯塚は言った
「そんなふうに言ったら、お前は行かないと言うだろうが。家で酒飲んでうまいもん食べさせてくれるんだろ?ってさ。」
た・・・たしかに
「こないだ体調崩したときはマジ助かったし。色々なものを食べて勉強したいってのもある。」
「本屋とか・・・まぎらわしい。」
「本屋って言ったら、『お前一人でいけよ、俺は家で待ってる』と言うはずだ。行きたいところがるからつきあってほしいと言えばお前は断らない。」
「は?」
「お前は俺が何か頼んで断ったことがない。『~してほしい』といえば、うんわかったって言うだろう?」
ニンマリした男前は旨そうにマリネのタコを頬張った。
さっき、本屋に何の疑問もなくたどり着いた俺。絶対断れない言葉で俺をこの場に導いた飯塚。
やっぱり相性抜群じゃねええか!くそっ。だから言ってやる。
「看病のお返しにはまだ足りない!シャツもくれ。」
やれやれといった顔で微笑みながらヤツは言う。
「もちろん、楽しみにしとけ。さて食べようぜ。」
俺はうるさい鼓動をどうにかしないといけないと思いながらタコにフォークを突き刺す。
そしてわかってしまうのだ。こいつが選ぶシャツは俺の好みにぴったりだということが。
もうそろそろ俺の抵抗が無意味になる・・・そんな気がした。
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