アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
chapter9 ヤサ男の指摘 <12月>
-
「気のせいかな。」
ピラフをモグモグしながら武本はつぶやいた。独り言かもしれないのでそのままほっておく。
「あのさ。」
「ん?」
どうやら違ったらしい。
「お前、腕あげた?」
「え?」
「3ケ月くらい前から思ってたんだけどさ、お前の料理・・前よりも旨くなってる気がするんだよな。」
不意打ちだった。俺はとっさに何も言えず、用意していた文章は見事に頭から消え去ってしまう。
こういうシチュエーションを想定していなかったから、うまく切り返せない。
「な、なんだよ、前は不味かったっていうのかよ。」
「いやいや、そんなことは言っていない。レベルが上がったっていうかさ・・・どう言ったらいいかな。」
武本はスプーンを動かす手を止めず、しっかり口の中で噛み砕きながら飲み込む。
(この男は綺麗な食べ方をする。間違っても口にものが入っているときに喋ったり、音をたてて食べたりしない。)
「クックドゥってけっこう旨いなとか思ってもさ、やっぱり中華屋で食べたほうが旨いだろ?
なんか燃えている味がするっつうかさ。なんかそれくらい違うっていうか。「旨い!」が「抜群!」に格上げした、みたいな・・・まあ、ようするにすこぶる旨いってことなんだけど。わかりにくいかな。」
「まさか、お前に気が付かれるとはな。」
「ばっかじゃねえの?」
「バカとはなんだ、ピラフもう食うな。失礼なやつに食べさせるつもりはない。」
「何言ってるんだかって思ってさ。どれだけ俺が餌付けされてきたのかお前が一番わかってるだろうが。」
最初は違った。腹が減ったからたまたま俺が作って二人で食べた。そのなんてことのない一皿をこいつが旨そうに食べて、嬉しそうに食べて・・・。その顔を見たくて、喜ばせたいと思った。
最近は何かにつけて自覚する。というか「自覚」なるものが俺の立っている氷の下にあることを知ってしまった。手をのばしてもそれに触れることはできないが、しっかり見えている。その氷はどんどん薄くなってきているし、いつ割れてしまうのか・・・。
「料理教室?そんなの行ってるヒマないよな。」
「・・・ああ、知り合いが店をやっている。日曜に顔みるついでに見よう見真似っていうか。」
「やっぱプロは違う?そりゃそうだよね、こんだけ旨くなるんだしさ。」
感心しきりに、しっかりピラフの皿を抱えるようにして武本は食べ続けた。
「最近思うんだ。」
言わなくてもいいことなのに、やはり言ってしまう俺。
「ん?」
「食べ物屋の息子に生まれればよかったなってさ。けっこう好きだし、料理するの。」
「ビールおかわりいるか?」
「あ、ああ。いる。」
武本は裸足の足をペタペタ言わせながら冷蔵庫からビールを持ってきた。どんなに寒くてもいつも裸足だな、こいつは。
「別に息子じゃなくてもいいと思うけど。」
「え?なにが?」
「いや、食べ物屋の話。自分でやればいいじゃないか。そしたら月額契約結んで毎日通う。でも俺一人くらい客になってもお前を食わしてはいけないか。」
ドギマギしている自分をどうすることもできなかった。
「なんて顔してんだか。」
「・・・自分の顔なんか見れねえし。」
俺の精一杯。
「じゃあさ、お前が店やって、人を雇えるようになったら俺雇ってよ。」
「あ?」
「お前のサブなら自信あるし。ついでに常連客のフォローとか企画、そういうの得意っていうか今の仕事とあんまかわんないしな。」
「バカバカしい思いつきに乗るなよ。」
「バカバカしくない、おおマジだって。楽しそうだよな。」
武本はそういって俺のビールの缶にカシャンと自分のを当てた。
「旨いものを食べて、楽しい話するって最高だよな、かんぱ~い!」
お前は最高だよ、武本。
足元の氷がまた少しだけ薄くなった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
9 / 474