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chapter10 ヤサ男のさみしい夜 <同じく12月>
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「あ。」
一人で暮らしていると、話し相手がいないので自分に話しかけることになる。
この時も思わず声がでた。飯塚は出張していたのだ、部長のお供で。
俺は後方部隊らしく居残り、恙なく業務が遂行するように頑張るだけだ。仕事の場合はそれでいいが、ダンボールからビールを移動させようとして、その必要がないと思いだし勝手に出た声にイラつく。
飯塚の顔が見たいわけではない!(と・・自分で言わないと誰が言うのだ!)
金曜と土曜のメシはどうしろといいのだ!
どうしろもこうしろもない・・・俺のレベルでできる貧しい献立を思うと、いっそう食わないほうがいいかもしれないとウンザリする。
就職を機に姉との同居を解消して一人暮らしになった。
はて?と考える・・・飯塚と仲良くなるまで俺はどんな食生活を送っていたのだろうか。最初は物珍しくもありコンビニ弁当やホカ弁を食べていたと思うけど、既製品特有の味になじめず白飯と納豆が定番になった。
そう、あれは会社の飲み会だった。入社したばかりのペーペーは最初に帰るわけにもいかず、最後の締めまで鎮座していたら最終はとっくになくなっていた。先輩と上司を見送ったあと途方に暮れた野郎が二人。
「疲れたな。」
「ああ・・・。」
「お前んちどこ?俺は川超えるから。タクシー代バカにならないし、ネカフェでグズグズコースかな・・・布団で寝たいとこだけど。」
「俺はタクシーで1000円圏内。歩こうと思えば歩ける。」
「いいとこ住んでんなあ~」
「俺の家で寝ていくか?」
飯塚のありがたすぎる申し出に飛びついた俺。タクシーに乗り込んだときはホッとした。
翌日昼過ぎに起きた俺は浴室に突っ込まれ、こざっぱりとしたスエットに着替えをあてがわれた。おまけにリビングのテーブルにはホカホカの料理が用意されていたのだ。
「え?」
「昨日はそんなに飲んでいないし、ロクに食えなかったから腹減ってるだろう?」
「え?これお前が?」
「え?え?って武本・・・俺しかいないよ。」
そう言って笑った顔は今まで会社では一切見たことのない人懐っこい笑顔だった。
不本意ながらちょっとドキっとしてしまった。イケメンだと騒ぐ女子社員はこの顔を知っているのだろう、だからあんなにギャーギャー騒いでいるに違いない。
トーストとポタージュ、ガラスのボウルにはサラダ。そしてじゃが芋の一皿。
ありがたく「いただきます!」と盛大に声をだしがぶりつく。見た目を裏切らない完璧にうまい料理にかなりがっついた俺。
飯塚はそんな俺を面白そうに見ながら食べている。こんな顔もするんだな・・・。
「なにこれ?このじゃが芋?すっげー旨いんですけど。」
「それはハニーマスタード味だ。豚肉と芋は相性がいいからな。」
「はにーますたーど?甘いけど辛くないぞ、全然。」
「粒マスタードは辛みが少ない。酸味は炒めるとやわらかくなるから食べやすい。甘味は砂糖じゃなくて蜂蜜。」
「へええ。」
「もう少しゆっくり食べろよ、誰もとらないから。」
俺のがっつきが本格的に面白かったのか、ケタケタ笑ながら席を立つ。
「ほら。」
目の前にビールが差し出された。
「え?」
「休みの朝っぱらビールは最高だろ?」
その日がきっかけだ。そのうち金曜日に食材とともに飯塚が俺の家を訪れるようになり、次の日のメニューを告げて帰っていく。俺はいそいそと翌日飯塚の家を目指す。もはや暗黙の了解のごとく繰り返されている週末の日常だ。
作り方を教わったところで自分の腕では再現することはできないが、野菜を炒めるとか目玉焼きを焼く程度はできるようになった。日曜日に炊いて冷凍した御飯と納豆と未熟な料理が俺の生命線。
「あ~あ、つまんねえの。」
またもや発してしまった独り言にドキリとする。『あ~あ、うまいメシ食べたいぜ~』ならわかるぞ?『つまんねえ』とは何事だ!冷蔵庫に入れようとしたビールを勢いよくあおる。
12月の室温で妙に冷えたビールはシュワシュワと喉を滑り落ちていった。
土曜日のお決まり家事メニューに本日は玄関の整理を加えた。整理といっても下駄箱の靴たちを入れ替えるだけなのだが。3月4月になるまで、スニーカーは履けないしサンダルなんてもってのほかだ。冬対応の靴を取り出しやすい場所に移動し、春がくるまでは雪にまったく歯がたたない部隊を上段にあげる。
子供の頃12月って大好きだったよな、クリスマスもあるし雪遊びもし放題の冬休みがあって、一大イベントの正月だ。夜更かしにお年玉、ほんと12月って実入りのいい季節で素晴らしいと思っていた。しかし社会人になってみると盆と正月にGWってほんと避けて通りたい。
前倒し前倒しの増える作業と業務に予測と備え・・・毎月6月くらいにしてもらえないものか?
ライラックが咲いて綺麗だし、寒くもなく暑くもなく素敵な季節だ。
そんなことを考えながらついでに玄関も掃いてしまいましょう!
そこで発見してしまった・・・昨晩鍵もかけずに寝てしまったことを。
無意識というか習慣というものは恐ろしい・・・。
金曜日俺は自分で鍵をかけないからだ。帰宅したあとも開けっ放しだからだ。それは飯塚が入ってくるためで、出ていくときカチってさせるからだ。
あいつの姿がないばっかりに、居ないことが不自然に俺にのしかかってくる。
どうすんの?俺どうしちゃったわけ?
前に言ってた意地でも口説き落とす相手が現れて、したくないとかいってたけど結婚とかしちゃって、金曜日どころかどの曜日にも、飯塚の作った料理が食べれなくなっちゃったら、俺どうすんの?
自分で考えて打ちのめされて、結構なダメージだ。
その後もいつもはサクサクすすむ掃除はなかなか片付かず、マッパのまま考え事をしたりした俺は
すっかり疲れてしまった。
悪いことは重なるもので、翌日俺は熱をだすはめになった。
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