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chapter15 男前の赤面 <4月>
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「なにため息ついて。最近多いよ?」
村崎に言われてはっとする。
最近気が付けばため息をついている自分。
「仕事で心配事か?飯塚にしては珍しい。」
「いや、仕事は大丈夫だ。」
「ってことは、アレだな。」
「・・・アレってなんだよ。」
ランチの後の後片付けをしながら、これ以上会話が発展しないことを祈る。今日は日曜日でいつものように俺は村崎の店に入り込み、見習いの真似事をしていた。
「週末のオトモダチのことだろ?」
「なんだよ・・・それ。」
ふふんと得意げな顔をしながら村崎が俺を見る。
この後に言われることを予想すると、さっさと片付けて家に帰ったほうがよさそうだ。しかし村崎は逃がさないとばかりに会話を継続させた。
「飯塚は今までモテモテすぎて恋愛の仕方を忘れちゃったんだろうな。」
「・・・嫌味か?。」
「嫌味でもなんでもない。ため息ついたって解決しないと思うぞ。小出しにちょっと言ってみろよ。」
言えと言われても・・・。武本が何かをふっきった、俺にはそう思えた。
2月くらいまで珍しく思い悩んでいたようだし、土曜日も以前のように100%くつろいでいる様子がなかった。それでも行き来のなかった12月よりは改善しただろうと少しほっとした矢先、3月に入り武本は明るくなった。そして以前より強くなっている・・・男前度が上がった気がするのだ。
理由はわからない、でもはっきりしていることがある。武本を引き上げたのは俺ではない。
じゃあ誰が?そう、それがため息の原因で未だ解決していない問題(あくまでも俺にとっての問題。)
「なんだかスッキリした顔して、バリバリ働いて、あげく新人二人が犬みたいについて回るから優しく面倒をみて可愛がっている。」
以前にもまして仕事に真剣に取り組んでいる姿は新人にも影響を及ぼしている。一言一句聞き漏らすまいと武本に意識を集中させている。懐きっぷりも半端じゃなく実に面白くない。
「週末のオトモダチが?」
「そ、週末のオトモダチ兼同僚、かつスーパーサブ。あいつがいないと俺の数字はあがらない。」
「ついでにお前の気持ちもあがらない~」
「・・・あのなあ。」
「飯塚、お前は言葉にしていないけれど、とっくに気が付いてるはずだぞ。そのオトモダチがオトモダチとして自分の中にカテゴライズされてないってこと。とっくに飛び出しちゃっているってこと。たぶん相手も同じように憎からず思っているはずだとタカをくくっていたこと。
蓋を開けてみたら実は違っていたって現実か?そんなとこだろう?お前のため息は。」
「なんだよ・・・むかつくな。それに武本は男だ、変な勘繰りはよせよ。」
「俺にむかつくな。自分にむかつけ。勘繰り?へええ、そんなこと言うわけ。
いいんじゃね?相手が男だってさ、そうなったら世の中の女がお前の魔の手から救われるわけだ。
おこぼれが俺にあたるかもしれないし~。」
どこまでが冗談なのか本気なのか、理解に苦しむ。村崎はこういうヤツだ・・・が憎めない。
<そして次週の日曜日>
「飯塚みたいにできる人間じゃないからね、相手は。できちゃう人間って当たりの事だからそれをわざわざ教えるのが下手なわけ。だから、意味を教えるように心がけてくれるかな。」
「意味?」
「そ、意味。これコピー5部とってくれって頼まれたらさ、お前なら誰が何の目的で使うのかって考えるだろ?
その用途によってサイズを選ぶしクリップがいいかホッチキスにしようか考える。
でもね、あのこらはその考えがない。5部とってくれといったら同じサイズで同じように5部コピるだけだ。だからこれはこういう用途で使われるから、こういう仕様にする必要があるってことを伝えてほしい。それで全部メモさせて。」
「うわ、めんどくさ・・・」
「悪いけど、やってくれ。あいつらを1年である程度仕込むから。」
「なんで?」
「俺達の為だ。」
「は?」
「12月・・・飲み会の参加数を減らしたい。去年で懲りたよ、俺。」
そういって武本が笑ったので、これ以上つっこむなというアイツのサインを尊重した。
「お~~い!」
「あ、なに?」
「なに?じゃね~~よ。手は止まってるし、頭はトリップしてるし。」
「・・・わ、悪い。」
「ま、だいたい終わったところだし。コーヒー飲んでまったりするか。」
村崎は高校の時からの友人だ。最初から自分の進む道を料理人になることだと決めていた。一年でも早く一人前になりたいと考えた村崎は中学を卒業して修行することを宣言したが父親に止められた。
『料理人は料理だけ作っていれば一人前というわけではない。広い視野と経験が必須になる』と言われてやむなく進学した。この男の高校三年間は食べ歩きとバイト、綺麗なものを見ることに費やされ、勉強は赤点を取らなければいい程度に割りきっていた。この頃から一人暮らしだった俺の部屋に入りびたり、色々な料理を作り試食をさせられた。
卒業後はオヤジさんが営んでいた小さな店に入り現在に至る。
オヤジさんは2年前、いきなり海外の友人が経営する店に行くと言って隠居してしまった。それ以来村崎は店を切り盛りし、小さいながらもなかなかの評判を得ている。
そして常連客として入りびたりになったあと、俺は見習いの真似事をはじめ日曜と祝日はタダ働き要員としてここに通っている。
「飯塚、お前どうすんの?」
「オトモダチの話ならもうしないぞ。しつこいな・・・」
「う~~~ん。ちょっと違う。」
村崎は大きく伸びをして腕をのばしながら脱力した声をあげる。こいつはいつもマイペースだ。
「飯塚君、君のことだよ。」
「俺?」
「お前さ、この先どうするんだ?正直俺は助かっているけど、こんな生活は長くは続けられない。
絶対身体に無理がくるし、そうなったら会社にも迷惑をかけることになる。」
「・・・それは・・俺も考え始めているところかな。」
「だあな。」
コーヒーを飲みながら店の外の往来を眺める。春の兆しが見える日曜日、人々はそれぞれに休日を過ごしているのだろう。俺の休日・・・土曜日は武本のメシをつくり、日曜はここで他人の腹を満たす。結局は料理をしているだけだと気が付いた―そしてそれを苦にしていない自分を。
「傾きつつ・・・あるかな。」
「そかあ~」
村崎はコーヒーマグをテーブルに置くと、いつにない真面目な顔を向けてきた。
「技術は努力すれば身に付くだろ?玉ねぎ100個もエマンセすれば、それなりになる。大鍋持ち続ければ力もつくし、コツさえつかめば鍋だって振れる。必須なのに努力じゃどうしようもないものがある、わかるか?」
「・・・なに?」
「舌。」
「した?」
「そ、味覚。美味しいとか不味いとか、それって個人の範囲があるから一定ではないけど、素材の味やその料理の根本の味を認知できないと、この仕事には向いていない。これだけ添加物にまみれた食生活を送ってきている世代は、特に自然の味に鈍感だ。うちの店みたいに既製品や添加物を使っていない所の料理に対して「味がない」と思う人間だっているんだよ。」
「ウソだろ?味がしない?」
「いいや、残念ながら。まあ、そういう人間はマックでもファミレスでもいってくれって話なんだけど。お前の味覚は確かだからリーマンやるのもいいけど、もったいないって思うわけ。」
「・・・長い付き合いで、そんなこと初めて言われた。」
「だって、初めて言ったわけだし。でもわかるだろ?高校の時からお前にばっかり試食させてたんだからさ。お前の舌に対する信頼度の高さを認識してもらいたいものだ。」
「舌・・・か。」
「そ、舌。それと人材かな。金は作るために働くのはシンプルだ。でも人材ってほんと困る。バイトの確保だって問題だらける。
一応俺も野望があって、この店とは違うコンセプトの店舗を他に作りたいな~とかあるわけ。
でも俺が二人になるわけじゃないから、それを見越して人間育てる必要があるのに、今のままでは絶対無理。こんなことならもっと勉強しておけばよかった・・・」
「今更だろうが。」
「そ、今更。」
「・・・そういうことか。」
「なにが?」
「そのオトモダチっていうのが、俺の料理の味が変わったって言った。」
「ほおお。」
「腕をあげた?って聞かれて驚いた。そういう意味でも食わせがいがあったってことなんだな。
自分で気が付かなかったけれど村崎の手伝いは成果に現れているらしい。」
ニヤニヤしながら村崎が腕組みした。こいつがこの格好をするときはロクなことを言わない時だ。
「そういう意味で「も」ってさ、他にどういう意味があるんだろうね?飯塚君。」
ボンと音が聞こえた・・・くらい俺の顔に血が昇るのがわかる。
ぽかーんと口をあけた村崎がその一瞬あと盛大に笑い出した。
「すっげ~~、そのオトモダチ。飯塚の赤面って!うわ!すげええ!!!」
文字通り腹を抱えて笑う村崎を前に一番動揺していたのは何を隠そう、俺だった・・・。
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