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その2
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「結局奢るはめになったな。」
「いいじゃないか、あいつらそれぞれ1000円は払ったんだし、クーポンで安くなったし。」
二人と別れた後、武本とバーで飲みなおすことにした。
「別に俺いなくてよかったんじゃないか?今日。」
「なんで?」
「なんでって、石川も渡辺も武本にブンブン尻尾ふってる子犬みたいだったろ?正直俺は蚊帳の外?な有様だったじゃないか。」
「そんなことないって。存在自体に意味があるわけなんだし、お前の場合。」
「意味わかんないって・・・それ。」
いい年をして拗ねるのも恰好が悪いので、それ以上何かを言う気が失せた。
「それで、お前のビジョンはどうなった?」
いきなり聞かれた。・・・俺は会社に対しても、今の仕事に何も持っていない。でもそれを言ってしまうと、自分の仕事もこなして新人に教え込んでいる武本に失礼だから、何も言えない。
「変な顔してるぞ、飯塚。」
「・・・。」
「決めたんだろ?」
「え?」
「好きなこと・・・そっちやることに決めたんだろ?」
・・・何を言えっていうんだ、俺に。
「正直言うと同じ仕事ができなくなるっていうの、寂しいなと思ったんだ。ちっせ~よな、俺。」
「そんなことない。俺だって考えた・・からな。」
「そ・・か。決めたんなら毎週俺にかまっている時間はないはずだぞ、飯塚。」
「え・・・?」
「知り合いの店に顔だしてるって、顔出す程度じゃないだろ?平日は仕事をしているから無理がかからないはずがない。休むなり、顔だす時間をちゃんと決めたりしたほうがいいだろうって事。」
確かにそれはもっともな話だ。何かを始めるなら諦めることだって出てくる。
村崎の店にいくようになって、俺の休日は確実に減った。本気で世話になるつもりなら、村崎に話をしなくてはならないし。世話になる事が前提になれば動きも変わる。
「俺、散髪をかねて実家に月1で帰ってるし、少し料理らしきものは作れるようになってきた。
俺の心配はほどほどでいいよ。ゼロってのは悲しいけどね、お前のメシ食えないのは残念だからさ。忙しくない時の金曜の夜で手を打ってやる。」
「俺の仕事っぷりでわかったのか?手抜きしたつもりはないんだが。」
「それはないな。会社の人間は誰もわかってないはず。」
「じゃあ、なんでお前はわかったんだ?」
「・・・・そうだな。俺も腹くくったから・・・見えたのかもな。さ、帰りますか。」
武本のそれ以上聞くなというサインを尊重した俺は言葉を返さなかった。
まだ地下鉄が動いている時間だったので二人でのんびり駅に向かう。
「お前家まで歩く?乗り換えるの面倒だから大通りまでいってもいいか?」
「いいよ。」
俺としてはススキノから歩くことも可能だが電車に乗るなら大通りのほうが都合はいい。
それになんだか武本と離れるのが嫌だった。
「いい季節だな。」
日が落ちれば肌寒い日もあるが、桜が散って1ケ月。武本はいつも「年中6月だったらいいのにな」と言って空を眺める。穏やかないい季節。
「年度末までひっぱれるか?」
何をと聞くまでもない。俺の在職期間の話だ。
「会社の都合もあるだろうし。」
「上の都合は俺にもどうにもできないけど、現場なら何とかするから。石川と渡辺に俺、それと課長を巻き込んで、お前が抜けてもどうにかなる程度に整える。」
「え・・・。」
「最低半年、長くて8ケ月程度でどうにかする。」
「お前、なに言って・・・」
着いてしまった地下鉄駅の入り口脇で俺達は立ち止まった。
「さっきあいつらにエラそうなこと言ったけどな、ビジョンが何とか。」
「武本、今そんな話じゃなくて。」
「いや、そんな話なんだ。俺のビジョンはな・・・。」
武本は言葉を濁して俺の腕をポンポンと叩いた。
「俺のビジョンは、お前のスーパーサブだ。」
「・・・お前なに言って。」
「お前といると楽しいからな。だからどんな場所にいようが俺にとっての存在意義なわけ。
石川達には悪いが、小さいうえにエライ個人的なものだったりするわけだ、俺のビジョンってやつは。だからな・・・飯塚。」
武本はまっすぐ俺を見る。
「こっちは俺がなんとかしてやるから、お前はお前の道を切り拓け。」
「・・・武本。」
「じゃな、俺こっから潜るから。んで、明日俺はお前の家に行かないからな。家でお粥でも食って掃除でもするよ。」
そう言い残して武本は階段を降りて行った。
「お前・・・男前すぎるだろ・・・くそっ。」
ふいに視界が曇り出し、涙がでそうになっていることに気が付いて空を見上げる。
アイツがなんとかするといったら、絶対に何とかするに決まっている。村崎にもきちんと話をしなければならない。
俺は俺のやれることをやって、その時がきたら・・・武本を迎えに行く。
俺の足元に存在していた氷は割れて砕け散った。
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