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octber 8.2015 ハル一歩踏み出す
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「お疲れさま。」
「お疲れ様です。」
ジョッキをカチンと鳴らしてビールをゴクリ。やっぱり仕事終わりのビールは美味しい。珍しくトアさんが誘ってくれて、仲良く仕事終わりのデートです。
「ハルさん、何かありました?」
「え?そう見えます?」
「とっても見えます。」
トアさんはそう言ってニッコリ笑ってくれた。どうも僕は顔にでるらしい・・・この前だってミネさんがジンギスカンに連れて行ってくれたばかりだ。あの時は特別理由があったわけじゃなく、なんとなく寂しかったところに優しくされて格好悪いことになったけれど、今回はちゃんと理由があったりする。
「月曜日、久しぶりに大学の友達何人かで遊びにいったんですよ。」
「へえ~どこにですか?」
「どこっていってもカラオケと飲み会。」
トアさんは近くにいた店員さんに何品か料理をオーダーしたあと僕に向かいあう。その顔は優しく笑みを浮かべているけど、ちゃんと話聞きますよ!オーラがでていてトアさんらしかった。
「そこで就職の話しになって、就活が大変でめげたとか・・・まあ、あんまり聞いてて楽しい話じゃなかったわけです。それで北川は決まっていいよな、って誰かが言ってですね・・・。」
「あ~なんとなくわかりましたよ、ハルさん。」
「そうですか?」
「バイト先にそのまま就職って手もあったのか~みたいなところですか?簡単に決めやがって!なやっかみ?」
「それもあったには有ったけど、大学までいったのにレストランのウェターってもったいなくない?そう言われて、ちょっとカチンときちゃって。で考えたら世間って皆そんな風に思うのかなって、職種で人を判断するのかなって。」
「それはよ~くわかります。僕だって友人達はそんな感じで言いますからね。さっさと就職先探さないと歳が歳なんだから、なんて言いますから。SABUROだって立派な働き場所だというのに。」
運ばれてきたのは枝豆とアツアツの朧豆腐です。どっちも大豆です、さすがトアさん。おかしくなって笑ったらキョトンとしている。
「どっちも大豆ですよ、これ。」
「あ、ほんとだ!」
トアさんはちょっと照れくさそうにしたあと、お豆腐を取り分けてくれた。
「SABUROで賄を食べるようになってから、どうも身体に悪そうなものを食べたくなくなって。ジャンクやカップ麺とか買わなくなったし、外食しても選ぶものがこういう感じになっちゃって。
すっかり枯れただのオッサンだとか散々ですよ。」
「あ~でもわかりますよ。僕もスーパーの御惣菜すら買わなくなりました。SABURO的食育ですね。」
「ですね~。」
僕はアツアツのお豆腐を口に運びました。大豆の甘味にネギと生姜がベストマッチです。月曜日にいった居酒屋のテーブルの上は茶色い揚げ物三昧だったことを思い出した。サラダにかかっていたドレッシングの量は多かったし、入っている野菜の種類も少ない。サラダを食べる友達はほとんどいなくて、全部僕が食べたといってもいいくらいだった。
「僕は広告代理店にいた時に全然考えなかったことを体験してますよ。今。」
「へえ、それってどんな?」
「広告は100円払ったから一人来ました、じゃあ10000円払ったら100人来るんだろうな!と言われると「わかりません。」って言うしかない商品なんです。だからクライアントが首を縦に振るように、色々なデータを組み合わせてデザインや販促プランを練るわけです。「御社の商品がターゲットにしているのはF1層ですから、宣材物のカラートーンはこちらを選びました。この層が見ている番組に線引きしてTVCMを流しましょう。過去このようなキャンペーンでこういう結果がでています。」みたいな感じで、分析とデータをてんこ盛りにして、それが裏付けだとして提案するのです。」
「F1層?」
「20~34歳の女性の事です。でも僕がいた時代の表現なので、今はこの分類使ってないかもしれないですけど。もっと細分化しているんじゃないかな。」
「へえ~。」
「でも思うのです。人の嗜好を数値化することって不可能じゃないかって。それで振り返ると、僕はその数字やデータに向かって言葉を組み立てていたなと。これを読むであろう誰かの顔を具体的に思い浮かべることはなかったのです。25歳の女性にミートさせるなら、このワードかな?って感じですね。」
「その差というか重要なのが、僕にはちょっとわからないなあ。」
「いえいえ、ハルさんが教えてくれましたよ。僕がベビードールの写真みながら唸っていた時、相手が知りたい情報をふまえて店のコンセプトを突き合せたらいいんですよ~。という的確なアドバイスをくれました。」
あ、思い出した。だってね、中休みにそんなエッチい写真をガン見している30代ってまずいですよ。
黒縁メガネが素敵だというのに、あんなスッケスケでフワフワのはね、ダメだよね。
「札幌味噌ラーメンは屋台のお客さんが「トン汁に麺いれてくれよ。」ってのが始まりらしいです。お客さんの要望に柔軟に応えて、食べて喜ぶ顔を見てメニュー開発したわけです。それが今や北海道を代表する名物で全国に知らない人はいない。それをふまえると、常連さんのアイデアでその場で作ったら好評だった、みたいなメニューよくでてきますよね。」
「そう言われてみれば、そうですね。」
「相手をちゃんと見て、ベストだと思うものを考える。僕はそういう仕事をしてこなかった。だからミネさんを見ると敵わないなと毎日思いますよ。」
「それは僕も思います。あ、でもトアさん、すずさんのハーフサイズ!あれよかったですよね。すずさんとっても喜んでいました。」
「ええ、なんだかあの時、自分がしてもらったくらい嬉しかったです。心の通ったサービスはサーブする側もあったかくなりますよね。」
そうだ。理さんに言われたこと、厨房とお客さんの橋渡し。
世間的にネクタイ締めた人より下に思う人がいたっていいじゃないか。
大事なことは僕がどうするか、そして向かい合うお客様に何ができるかってことだ。
「好評のパニーニだって、聞くところによると、すずさんがオーダーしたにもかかわらず電話で会社に呼び戻されることになってミネさんが急きょつくって持たせたって。それが最初らしいですね。」
「そうなんですよ!「押し売りしていいかな~。」って言ったらしいんです!僕、そんなことされたら大変です。心が弱っていたら泣いちゃうかもです。」
「泣ける映画セレクションにいれたいぐらいです、ほんと。」
コンビニでバイトをしていた頃、僕はこの大豆の甘さを感じることができただろうか。たぶん味わうこともしなかっただろう。これを苦労して作っている人がいることすら知らなかったし、考えたこともなかった。
メニュー一つつくるのだって何度も試作して、計算して、それでも出してみたら人気がでないこともある。
期待していなかったのに人気になったりもする。そのたびにミネさんと飯塚さんは「わかんね~。」なんて言ってるけど、色々なことを考えているんだと思う。
SABUROは常に食べてくれるお客様を見ている・・・だからあそこは温かい。星の数ほどあるお店があって、SABUROも一括りで「飲食店」「水商売」に分類されるかもしれない。
でもあそこは違う。特別なお店で、お客様もスタッフも皆特別だ。僕は・・・その中の一人だ。
なんだかモヤモヤしていた物がストンと落ちてスッキリした。
友達が言った事にグラグラした僕の問題だ。世間や人の評価に目を向けすぎて何が大事か見落としてしまうところだった。
「トアさん、僕。」
トアさんはニッコリして言った。
「もう大丈夫ですね。憑き物がおちました、そんな顔になりました。
これでこそSABUROのハル君ことハルさんです。僕だってエンタメ談義以外に使いどころあるんですよ?
これでも一番オッサンなんですから、SABUROで。」
高村さんを忘れてますよ~、そう思ったけど言わなかった。
落ち込んだり、寂しくなったり、ミネさんのいう「僕なんかモード」になっちゃったり、今回みたいに雑音に惑わされたり。僕はやっぱり子供でまだまだです。でも子供だって自覚すれば大人になる一歩が踏み出せる、そんな気がしました。
「トアさんありがとうございます。大好きです!」
「ぬおあ!それは素敵な言葉をありがとうございます。でもあれですよ、何か引っかかったり腑におちなかったりしたとき、自分の中で解決する方法もありますが・・・。自分で対処できないから悩んだり解決できないので、考えたところでどうにもならないのです。
そういうときは助けを求めるのも手です。最近僕はそれをするようになって、随分楽に息ができるようになりました。相手の年齢や立場なんて関係ありませんから、疑問が生まれたら色々な人に聞いたらいいですよ。
幸いSABUROには豊富なバリエーションが揃っていますから。」
グズグズしていた自分に馬鹿!と喝をいれてジョッキを飲み干す。
「おかわりお願いします~。」
店員さんにむかって声を張った僕をみて、トアさんがとっても優しい顔をしてくれた。
「僕も飲んじゃおうかな~。」
「飲みましょう!」
誰よりも甘やかされているのはわかっている。
かわいがってもらって、ちょっとくすぐったい時もあるけれど、やっぱり僕はSABUROが好きだ。
僕にしかできないサービスを向こう側にいるお客様にする。
単純で一番難しい、このことを積み上げていけば何らかの答えはでるはずだ。
明日から、心を新たにして働くことに取り組もう。
これが僕が選んだ道なのです、全うしてナンボですよね!
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