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octber 12.2015 定休日には散髪を
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「ほうほう、それで?」
「ほうほう、なんですか?そんな楽しそうな顔しなくてもいいですよ。」
「サトは「衛」と呼んでいたように聞こえたし、そういう衛も「理」ってそりゃあ随分自然な感じで名前を呼び合ってるからね。なにが切っ掛けよ。」
頭の位置をまっすぐに直されて鏡の向こうから笑っているのは、理の義兄だ。よし兄って呼べばいいじゃないかと言われたけれど、ちょっとまだハードルが高い。とりあえず今はただの「兄さん」で勘弁してもらっている。(ヨシさんは即座に却下された。)
「俺の両親は離婚していて、もうそれぞれに家庭を持っているわけです。」
「あ~そっから始まるわけ?はいはい、ちゃんと聞くからそんな顔するなって。」
何事も物事は最初から説明しなくては、そこに至った経緯がわからず仕舞いになってしまう。
互いを名前で呼び合うことになったのは俺にとってとても大事な事だった。
だからきちんと説明したい・・・のに、そっからなんて言われたせいで眉間に皺がよった。
鏡というのは丸見えだから困る。
「半分だけ血のつながりのある弟と妹がいますが、年に一度正月の挨拶をするときにしか逢いません。
俺はもう子供じゃないので、それについて特になにもないしこれ以上距離が縮まることもないでしょう。
8月に初めて兄さんに逢って、「よし兄って呼べばいい。」そう言ってもらった。絶対不可能だと思っていた兄ができた・・・そう考えたら、理と家族になれたような気がしたんです。」
兄さんの目は真剣で、さっきまでの茶化した雰囲気はなかった。手は相変わらず休みなく動いているが、俺の目をしっかり見て聞いてくれている。
「理には家族になりたい、そう伝えました。理は人生のパートナーだと思っていた、そう言ってくれて。
次の休みにファミリーリングを買いに行ったんです。」
兄さんは右手を見詰めた。そこには俺達が送った指輪がちゃんとはめられていた。今日は仕事じゃないので、俺の左手に同じ指輪が存在している。
「そのあと、理が「家族になろう」の意味がわかった、家族は苗字で呼び合ったりしない。そして俺を衛と呼んだ。だから俺も理と言えるようになったんです。自然に。」
「へえ、いい話だな。家族か・・・。俺もそうだよ、紗江のおかげで絶対無理だと諦めていた両親を持つことができた。確かに血のつながりはないけれど、お父さん・お母さんと呼べる存在がどれだけ俺にとって大事なことか、きっと誰にもわからないと思う。由樹って呼ばれるたびに「息子」だっていう事が積み重なっていくような気がするんだ。
だから沢山話をして、お父さん・お母さんを何度も言う、そして何度も由樹と呼んでもらう。
当たり前で単純、それがある人にとっては「それがなに?」な事だとしても、俺にとってはとても大切なものなんだ。そして今度は自分がお父さんと呼ばれる。だからとっても幸せだ。
サトという弟もいるし、衛という男前の弟もできた。
この指輪を見るたびに思うね、あ~俺生きててよかったって。
だから衛のいう「家族」ってすごくよくわかる。とてもいい形で二人の関係は育っているってことだ。
よかったな。」
血のつながりだけが家族じゃないと言ってもらえたような気がした。
何回も逢って沢山話をしたら、きっと「よし兄」と呼べるようになるだろう。
「でもな~兄さんは早いとこ卒業してくれよ。なんかそれ、料理人みたいじゃない?」
「俺、料理人ですし。」
「俺ね、板前と付き合ったことあるのよ。あの職場って、「兄さん」だらけだろ?誰もかれもが兄さん、兄さん、下っ端は特に兄さん、兄さんの連呼。あげく食材まで「兄貴」がいるしさ。」
・・・その板前、当然男ですよね・・・。さすがに言葉にはできない。
「俺も村崎から「あ~そっちは弟、兄貴から使って。」って初めて言われた時、何を言っているのか意味がわかりませんでした。」
「そうなんだよ。なんで姉さんと妹じゃないのかな?」
「そっちですか・・・。」
誰がいいだしたことなのか、古い方は「兄貴」、新しい方が「弟」と区別する。客に聞こえる所で仕事をするせいなのかもしれない。「古い方から使って!」なんて聞こえたあとに、料理でだされたら「古い食材なのか?」と勘繰る客もいるだろう・・・が、兄貴使って!とか兄貴だして!というのもかなり怪しい。
「これどっちだ!」
「兄さん、こっちが兄貴です。兄さん持っているのが弟っす!」
・・・・よくよく考えたらとんでもない会話だ。
「それともう一つ。散髪だけじゃないだろ、今回の里帰りは。」
「ええ・・・まあ。」
「サトの引っ越し報告?」
「ですね。」
「でもたぶん、サトは今回言えないまま帰るだろうな。」
「どうしてですか?」
「ん~別にさ、元同僚と違うジャンルで頑張ることにした。ついでにそいつのマンションの空部屋に住まわせてくれるっていうから家賃も助かるし引っ越しすることにした。それを聞いて、お父さんもお母さんも変に勘繰ったりはしないと思うんだよ。普通そうだろ?」
「ですよね。でも理はけっこう気にしている素振りです。」
「嘘を言っているわけじゃないけど全てを打ち明けているわけじゃない。隠し事ってことだろ?
本当のところは同性と同棲なわけだし、親に申し訳ないというか、変なとこ潔癖な所あるだろ、サトは。
だから「今回ブラっと帰ってきた~ついでによし兄に客連れてきちゃったよ!あ、こいつは飯塚。同期で仲がいいんだ。」と衛を親に紹介するのが精一杯だな。衛のことでウダウダ悩んでいたときも、自分で言えないからハルをいきなり連れてきたんだぞ。
今回は衛を連れてきた、結果は同じ、自分じゃ言えない。」
「じゃあ、俺が言うべきですか?」
「いや、ほっておけばいい。そのうち腹くくるだろ。
それと親にカミングアウトはどうするとか話し合ったことあるか?」
「ありませんね・・・。いつかは持ち出す必要がある議題ですよね。」
「俺の意見を参考までに。実は昔の男が押し掛けてきちゃったことがあって。」
口がポカンと開いた。ネタかジョークかっていう程、色恋沙汰をさらっと言うから、この人にとっての恋愛はその程度のものだったのだろう。結婚生活に対しての深い想いを知っているだけに、それ以前の色恋は裏付けのないフワフワしたものだったのかもしれない。
「紗江さん、どうしたんですか、その時。」
「ん~。愛情の燃えカスを燻らせて自分のまわりを漂っている煙の正体は執着と後悔。それは愛情じゃない、もう貴方は由樹を愛していないはずよ。かつての時間に縋っても無駄。前をみなくちゃね。
とか何とか言って、さっくり帰した。」
紗江さん恐るべし(とりあえず、紗江さんには「紗江さん」でOKをもらっている。)
「紗江曰く「男のほうが未練がましい」だそうです。ま、それは認めるよ。もし紗江に捨てられたら、俺ずっと忘れられないと思うし。ストーカーでも何でもしちゃいそう。」
「それは・・・。」
「話をもどそう。俺がバイっていうか昔かなりフラフラしていたこと、お父さんとお母さんに言った方がいいのかな。そういう話になったわけ。
その時紗江が言ったのは、「由樹は隠し事をしたくないって気持ちかもしれないけど、打ち明けることは自己満足なんじゃないかな。」って。「知らなくていい事を聞かされて、心を乱す側に何のメリットがあるかしら。」よく考えてみてと言われて、そうだよな~と思ったわけだ。」
たしかに一理ある。
家族としての関係が穏やかに営まれている中に、突然爆弾を破裂させて大きな穴をあけることに意味はあるだろうか。事実を全員で知り、あいてしまった穴を皆で埋めなおす?
絶対元通りにはならない。埋めた穴が周囲と馴染むまで、長い時間が必要になる。
「例えばだよ、お父さんとお母さんがさ「実は我々はSMによって愛を確かめる夫婦なんだよ。是非我々の愛のかたちを見てくれ。」なんて頼まれてSMセックスシーンを見せられたら、どう思う?」
「あまりに極端な・・・例えですよ。」
「俺はね、うわ~見たくなかった、知りたくなかった。優しいお父さんとお母さんでいてほしかった。そう思うわけ。だからね、言わないことにした。嘘をついているわけじゃない、親孝行の隠し事だよ。
そのへんふまえて、一度サトと話をしてみてよ。すぐじゃなくていいから、サト自身が悩みぬく時間は必要だ。
衛を好きだと気が付いて悩んで、悩んで、そしてハルがヒントをくれてサトは浮上した。
今度は衛がそれをしてやってくれるか?これは二人の事だし、家族だからこその悩みだから。」
「そうします。約束します。」
「素直でよろしい。それと月1回くらいは帰ってこいよ。やっぱり衛の髪は俺が切ってやりたいし、たまにはハルだって構いたい。二人揃って来るのが恥ずかしければ、ハルを連れて来れば問題ないだろ?」
逢うのは二度目だというのに、とても深く自分の中に入り込んでくる兄という存在。
家族として交わされる言葉は俺と理にとって必要なものが沢山込められている。
この人ともっと話をしたい、そう思った。
「あと何度か帰ってきたら、「兄さん」を卒業できる気がします。」
「だろ?兄さん呼ばれるたびに、昔の男を思い出しちゃうのは紗江に対してとても罪悪感があるわけ。
明るく「よし兄!」と呼んでくれることを心待ちにしてる。」
「わかりました。」
「さて、仕上げの前にシャンプーするよ。」
綺麗にカットされた自分の顔と、その後ろに映りこむ兄さんの顔。
そこにある二つの顔はとても柔らかい表情でホンワリしていた。
素直に甘えられる存在。それを俺にくれた理に「ありがとう。」を言おう。
愛しているという言葉を添えて。
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