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octber 16.2015 嬉しい二人
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「残りわずかだな。大丈夫か?渡辺と石川は。」
のんびりな会話だが俺達は速足で歩いていた。最終の電車に乗るには急ぐ必要があり、逃せば徒歩で帰ることになる。
夏はいい。冬があけたと浮かれた春なら尚更いい。名残惜しいと寄り添う秋もいい。しかし、もう初冬という言葉がチラホラするこの時期に徒歩は勘弁だ。いいはずがない。
「統合を知ったら何て言うか・・・大丈夫だと思いたい。」
「一抜けってのは罪悪感があるよな。」
衛の言う罪悪感はよくわかる。俺だけが自分の意志のままに進んでいくことに対しての罪悪感。
無責任という単語がチラチラするこの現状、悪いのは俺なのか?なんて考えてしまう。
「会社は理を失い不利益を被るかもしれないが、そんなもの人事で人員を見つければいいだろ。」
「あまりに冷たいな。」
「そんなことはない。私情を排除したら残るのはシステムだ。どんなに会社に心を砕いたとしても、自分の替りはどうにでもなるって事。現に俺が抜けたって変わらず会社は動いたわけだ。」
衛の合理的というかドライというか、仕事に対してのスタンスを思い出した。やや情に流れがちの俺に呆れて「違うだろう。」と言うのは衛の役目で、いつも「ああ・・だな。」と答えて一息つく。そうやって同じ場所で働いていたなと考えて気が付いた。
「衛は少し変わったかもな。」
「なにが?」
「うわ、やば!電車来た!」
俺達は急ぎ足をやめて同時に走りだす。とりあえず会話はお終い。
今の最優先は電車に乗り込むこと!
■
チーズと生ハムが本日のつまみ。
仕事あがりの一杯はかかせない(一杯、一缶、一本で終わらない・・・けど。)
ソファに寄りかかっていた俺の向かい側に衛は座った。テーブルを挟んで向かい合う時は「お話タイム」が始まります、の合図。
普段は横並びでソファに座ってテレビをぼんやり眺めて酒を飲む。当然話もするけど、他愛のないことや今日あった出来事(面白い客がきてさ~みたいなね。)が会話の中心だ。
「それで、俺が変ったって、何が?」
「さっき久しぶりにサラリーマン的会話をしただろ?そういえば衛はドライな思考と行動だったなって。
でも今はそんな感じで仕事してない。だから変わったなって思った。」
衛は少し俺から視線をはずして何事か考えたあと、グラスの中身を一口含んだ。喉仏がゆっくり上下する。俺はこれを見るのが好きだ。自分にも同じものがあるのに、衛のはドキっとする。
「たぶん・・・物事が単純になったからだと思う。」
「単純?」
「会社にいたときは決まった数字があって、それを達成するために動く。これだけ聞けば単純だ。でも社内の人間関係やクライアントとの関わりが絡み合っている。足をひっぱろうとする人間もいるし、やたらと近寄ってくるタイプもいる。上司にしても高村さんみたいな人ばかりじゃないし、1課と2課のくだらない鍔迫り合いも影響してくる。単純に数字をあげる以外の「仕事」が実は業務の大部分を占めている。」
「そうなんだよね、結局仕事って対人関係の積み重ねだ。仕事としての営業と同じくらい社内にも営業をしなくては自分の仕事に影響してくる。
心を砕いて、心を削って、頭をひねる。だからたいして体を動かしていないのに疲れてしまう。」
「でも今はそれがない。覚える事も多いし拘束時間も長い。でも目的が単純だ。
来てくれたお客様が満足して、また来てくれるように頑張る。俺の役目は料理で満足度をあげる、理はサービスだ。すべてが一本につながっていて、役割以外の些末なことがないからかもしれない。
村崎のことを信頼しているし、北川やトアだって信用できる。絶対手を抜いたりしないと思えるから頑張れる。たぶん全員がそう考えているからかな、素直に考えを言ったり聞いたりできるようになった。」
すべてが繋がっている。そんな話をミネとしたばかりなだけに、なんだか衛の言葉が嬉しかった。
「それと・・・俺達の関係かな。」
「関係・・・ですか。」
俺の空になったグラスにワインを注いだあと、自分のグラスにも注ぎ足した。足のついたワイングラスは使わない。普通のグラスにドボドボ注いでドンドン飲むのが俺達のスタイルだ。ワイングラスを揺ら揺らさせて香りを楽しんだり「湿った藁の上を寝転ぶ少年のような・・・」なんていうわけのわからない味の表現もしない。
という関係ないことを考えてしまったのは、衛は何か言おうとしていて・・・たぶんちょっと照れる事を言うはずだからだ。聞いている時も恥ずかしいけど、それを待ち構えているのも結構恥ずかしい。
「理が俺の前から居なくなる、そう考えなくなった。」
「え?」
「いつも傍にいるからかな。俺が本を読み、理がテレビを見ている。二人とも別々のことをしていてもその姿を見ていられる。同じ場所にいて、互いが存在していることが当たり前になった。
最初は理がベッドを抜け出してベランダにいたりするとドキっとしたけど、今は隣が空っぽだったらベランダに行けばいい、そう思える。
そういう何でもないことの積み重ねがあるから、もう心配しなくてよくなった。」
やっぱり・・・恥ずかしい事言いやがった。
そして、こういう時は格段に男前度があがるから性質が悪い。俺の心臓を破壊しようと攻撃してくる。
「そ・・そうか。」
「そうだよ。だから俺は毎日嬉しい。」
「そんな顔すんな・・・よ。」
「どんな顔だよ。」
俺は本格的に恥ずかしくなって俯いた。どんな顔って・・・とびきりの優しくて穏やかな笑顔。
幸せだって、愛してるって・・・言ってる顔。
「理、こっちに来て。」
断れるはずがない。ノロノロ立ち上がって衛の前に立った俺を見上げて微笑む。
この顔だって、好きな顔だ・・というか好きなヤツの顔なんだから好きに決まってる。どんな表情だって、俺を見ているわけだし、見つめ返すのは当たり前だ。プイっなんて一生できそうにない。
衛はテーブルの上に座った。おいおい、それは行儀が悪いでしょう。
そのまま腕が回ってきて抱きしめられた。衛の顔が俺のお腹のあたりに触れている。
「手を伸ばせばすぐそこにある、嬉しい。」
「・・・うん。」
頬ずりするように俺に触れている衛の頭を腕で抱え込む。ふわっと俺と同じシャンプーの匂いがして、なんだか同じ気持ちになる。
「俺も・・・嬉しい。」
衛は俺に腕をまわしたまま立ち上がった。下から腕の輪が昇ってくるみたいな感触は全身が包まれたような安心感がある。
「・・・欲しい。」
「ワイン・・・まだ途中だぞ。」
「空気に触れて美味しくなる。その時間を無駄にしない唯一の方法だと思わないか?」
「強引な論法だな。」
「何とでも言えばいい。欲しいと思うのはどうしようもない。」
ヘタレなくせに、どうしてこういう恥ずかしいことを平気で言えるのか!
衛の熱がどんどん移ってきて、俺の体温もあがってきた。欲しいのはお互い様だ。
「・・・わかったよ、善は急げだ。」
「善なんだ、これからすること。」
「そうだよ。お互いが必要だって言葉じゃ足りないから確かめる事は・・・善い事だ。
それともワイン飲む?」
衛は頬にキスをしながら言った。
「二人で美味しくなるのを待つ。ワインはあと。」
俺達は互いに正直でまっすぐだと思う。
そしてそれはとっても大事なことだし、無くしてはいけないものだ。
二人でいることは、とっても嬉しい・・・。
嬉しいがずっと続きますように、そう願って衛の手を握った。
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