アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
octber 24.2015 face - 4
-
なんだろう、この雰囲気は。
街の中に妙にマッチしている・・・いや違う、ここにあることが当たり前、そんな事を店に言われているような気がするのは何故だろう。
『SABURO』の前に立った私は、一瞬店に入ることを躊躇してしまった。
ひどく自分には不釣り合いな感じがしたのだ。この店に自分が「相応しくない。」そう言われているような違和感。いちいち店にケチをつけられているような感覚は初めてのことだ。
こんなことを考えながら店に入ったことなど一度もないというのに、どうにも気後れするような居心地の悪さ。いったいこれはどうしたことだろう。
北川さんは躊躇なくドアをあけ中に入ってしまう。あれほどテンションが上がっていたというのに、今の自分の心情はイケメンを前に盛り上がるアレとはまったく違うものだ。
「いらっしゃいませ!・・・あ~父さん、いらっしゃい。」
第一声の柔らかい雰囲気から一変、つまらなそうに北川さんに声をかけたのは本物の正明君。
写真では何度も拝見したことのあるキュートさ全開の正明君は画像より格段に素敵。北川さんが自分の携帯に写真を仕込んでいるので、それを見せてもらうのが私の楽しみの一つだった。
「こちらへ、高村さんはもうお見えです。」
促されるまま、進む先には立ち上がって私達を迎える高村さんがいた。
「よう、西山。元気にしてたか?磯川さんが宜しくってさ。」
「はい、おかげ様で!今日はありがとうございます。」
まだディナータイムが始まったばかりの早い時間のためか、他にお客さんはいなかった。あの面白味も生活感もない自分の部屋と比べて、ここには何か「生気」がある。アットホームとも違う、でも惹かれてしまう何か・・・。私が感じた違和感の正体はこれか?
「実巳~。ビール3つ、あと適当に何品かだしてくれるか?あとから追加するから。」
「りょ~~かい。ハル、ビールよろしく~。」
ヒラヒラと高村さんに手を振っている笑顔のシェフの名前は実巳というらしい。なんといえばいいのか、ここに居ることが当たり前で、とても真剣で嬉しそう。彼のリラックスしている立ち姿を見て自然に流れ込んできた言葉を飲み込む。
ソフトで柔らかい、一見そのふにゃっとした雰囲気が彼のすべてに思えてしまいそうになるけれど、あれがすべてではない。きっと真面目に仕事に取り組んでいる。
だてに何百という店を回ったわけじゃない私だからこその確信。
「おまたせしました。」
正明君がビールをコースターの上に置く。
「僕のおすすめを独断で選んじゃいました。米ナスとトマトソースにモッツァレラ!抜群の組み合わせなので、食べてみてください。お客様は何か苦手なものがありますか?仰ってくださればシェフに伝えますから。」
「・・・いえ、特には。たぶん何でもいけます。」
「思い出したら、いつでも言ってくださいね。」
そのニッコリの笑顔が、サービスとはいえ本気の気持ちが伝わってくる。友達の家に行って「苦手なモンある?嫌いなもの言ってくれればそれ避けたメニューにするから。」と言ってくれた事を思い出す。
そんな風に友達の家に行くことも最近メッキリ少なくなっている。外での外食、打ち合わせを兼ねた食事会、飲み会、パーティー。最初そんな事が嬉しかったのに、今はそれを何とも思わなくなっている。そもそも私は東京に本当の友達がいるのだろうか?そんなことに気が付いてしまった。
だからなのか正明君の一言が嬉しい。ああ・・・最近私は嬉しいことをしてないんだ。
「あれはトア、磯川の大ファン。」
背の高い眼鏡男子、頭が小さいからとてもスラッとしているように見える。穏やかそうでゆったりとフロアを動いているから目で追ってしまう。視線を感じたのか振り向かれて目が合ってしまった。一瞬戸惑ったあと、ニッコリの笑顔。楽しんでくださいね、そう言われたような微笑み。彼はテーブルの上に視線を滑らせると、レジ脇に移動して何やら持ってこっちに来た。
「お飲み物のメニューここに置いておきます。」
4人掛けの誰も座っていないランチョンマットを下げてそこにメニューを置いて、ふわっと居なくなる。
グラスを見れば、高村さんのビールはほぼ空。
うわ・・・これ私の役目でしょと落ち込んだ。女とかじゃなく一番下っ端のくせに気が利かないのは最低だ。
「武本~ビール3つ。」
高村さんは「何飲みますか?なんて聞く気はないらしい。」私は何でも飲めるし酒には強いほうだ。
たぶん北川さんとも懇意の仲だから好みを知っているのだろう。
ビールを運んできた・・・この男性。柔らかい、しなやか、なんだろう、ヤサ男という感じがするのに骨がありまくりな雰囲気。さりげなく私を目踏みするその視線を受け止める。ビールを置くためにその視線が離れてしまって残念。清潔感と柔軟さがもたらす安心感。彼のファンは沢山いるに違いない。
グラスをさげると思いきや、彼は言った。
「充さん、仕事の話ですか?書類をひろげるなら料理遅らせますけど。」
「いやいや、口頭ですむ話だ。ハリウッド作戦の前哨戦みたいなもんだから。」
「まもなく3皿ほどお持ちしますので、もう少々お待ちください。」
軽く頭をさげてグラスをのせたトレンチを優雅に持って背中を向ける。
彼は・・・仕事ができる男だ。そして充さんと呼ばせているあたり、高村さんの相当お気に入りだろう。
「あれ、俺の元部下。営業部のホープだったけど、一抜けさせた。昨日送別会だったんだ。」
「は?」
「なんだ、その間抜けな返事は。ついでにもう一人厨房にいるだろ、あれも俺の元部下、同じく営業部のホープ。」
「はぁぁ?」
思いのほか私の間抜けな声が店内に響いて、こっちを見た元部下シェフとがっちり目があった。
うわっ!うわっ!でました正統派男前!男前の白衣・・・すっかりナリをひそめていた心臓がドクドク動き出した。
「営業部のホープが何故ここで?おまけに自分の部下のホープを二人も払下げにしちゃったってこと?
どういう意味ですか?」
「どういう意味もこういう意味もない。それにな、言葉でメシ食ってんだろ?払下げとかそれはないだろうが。ちゃんと裏とってから口にしないと。」
・・・ぐっ。痛い所をつかれた。私の短所が今まんまと姿を現してしまった。自分の主観で判断してしまい、それを口に出す前に考えることをしない所がある。高村さんのこういう所、手厳しいけれど有難いと思う。
この歳でフリーをやっていると怒られることがないから。
「二人とも組織の歯車で自分の能力を使うより、ここを選らんだってこと。ここのスタッフの意志と団結力は固い。誰も手を抜かないし、来てくれた客に心を砕く。自分のできる精一杯をつねに出そうとしている。
だからここの店にくると客は笑って帰るわけだ。混んでいてもイライラすることなく待っていてくれる。
ついでにいい顔の男がバリエーション豊かに揃っているから眼福というおまけもある。」
続々と入り始めたお客さんの姿を眺めながら高村さんのいう事を聞いていた。
ここにくれば味わえる非日常。素敵な男性がサービスしてくれて、自分のために心をこめて料理をしてくれる。それはまさに至福の時であり、来てよかったに繋がるのだろう。
「今日の西山はおとなしいな。東京のイケメンリサーチに同行した時は、もっとテンション高かったぞ。」
北川さんに言われて、その通りだと思った。それは私が一番おかしいと頭をひねっているのだから。
トアと呼ばれている背の高い眼鏡男子が料理を運んできてくれた。正明君の言っていた皿はチーズがトロトロで見るからにアツアツ。プスプス湯気をあげている溶けたチーズはゴクンと唾を飲みこむほどの威力がある。
「こちらは牛タンの赤ワイン煮込み。あとはサラダをお持ちしました。ローストしたかぼちゃとひよこ豆、レッドキドニー、青大豆、レンズ豆と北あかりのサラダです。ドレッシングは玉ねぎとバルサミコの自家製です。」
健康そうじゃないですか!美味しそうじゃないですか!
早く食べたかったのですべての料理を3皿にとりわけた。「すいません、僕がすればよかったですね。」トアさん(勝手に呼んでしまうことにする。)が申し訳なさそうに言いながら空いた皿をさげてくれた。
「いただきます。」
うわっ・・・おいし。
なんだかちょっと胸にくる味で、目の裏がじわじわ熱くなってしまい、焦ってビールを飲み干す。
ようやくわかった・・・。
ここの温かさや柔らかさ、これは今の私の周りにないものだ。
あまりに自分が殺伐としている、そんな現状と真逆な場所だ・・・この店は。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
113 / 474