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november.17.2015 昔の知り合い
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「よっ!」
「あれ?ギイさん・・・じゃないですか。」
仕事を終えて店を出た時、見慣れた人が立っていた。ここしばらく逢っていなかったから正直驚いたし、なんでこんな所にいるのかわからなかった僕は、少し不安そうな顔をしたのかもしれない。
「ん?ハル、知り合い?」
ミネさんの手がそっと背中に添えられて、ざわついた気持ちがすうっと凪いでいく。
店の鍵をかけている理さんは背を向けていたけれど、こっちを伺うように立っている飯塚さんの視線は鋭い。トアさんですらいつものふんわりした雰囲気を脇にどけていて、人差し指で眼鏡のブリッジをすっとあげた。
「知り合いです。大丈夫ですよ、久しぶりだったんでちょっとびっくりしただけ。」
一瞬で変わった空気を感じたギイさんは苦笑いを浮かべながら一歩近づいた。
「キイの友達です。ちょっと飲みに行かないかって誘うつもりで来たんだけど、予定あった?」
「きぃい?」
ミネさん!大丈夫ですってば。僕はここでニッコリでもしないと、この空気が変わらないことを察して慌てた。確かにギイさんは胡散臭いというか、なんといいますか・・・遊び人というか節操ナシなあたりを垂れ流しているような人だから(びしっとスーツ着てるのに)皆さんの心配も当然です。
「ミネさん、大丈夫です。ちょっと飲みにいくだけですから。」
背中の手が肩に移ってギュッと握る。ミネさんはいつものニヘラっとした笑みを浮かべて言いました。
「わかった。でも、今日家に帰ったら俺に電話すること。約束だ、忘れんなよ。」
「・・・はい。」
ミネさんのニヘラ笑いは嘘の笑顔だった。だって目が全然笑っていなかったし。
僕はギイさんと並んで歩きだす。
背中にささる視線が皆の心配を表しているようで・・・なんだか泣きそうになった。
連れて行かれた先は食事もできるダイニングバーだった。
なんでまた急に来たのかわからない。
ギイさんの名前は「儀」の一文字で「ただし」と読むらしい。でも皆「ギイさん」と呼んでいるから誰も本名を呼ぶことは無い。僕はキイと呼ばれていた。
キタとかキーちゃんがキイになったという単純なもので何のヒネリもない。
ミネさんにしてみれば、初めての僕の呼び名だったから違和感ありまくりだったはずだ。
ビールが運ばれてきて、とりあえず乾杯する。
「おひさし~。」
「お久しぶりです。」
ゴクリとビールを飲んだあと、ニヤニヤ笑いながら僕の顔をみている。やっぱりタケさんの言うとおり髪型が変なのだろうか。
「『Bright』にぜんぜん来ないのな、最近どうしてるのか誰も知らないって言うし。そしたら今日偶然見つけちゃったわけ、店の中にいるキイをね。」
よかった・・・偶然か。
『Bright』っていうのは、そのての店で僕は一人暮らしを始めた頃から通っていた。先輩とのゴタゴタがあってから真剣に恋愛するリスクは負いたくない、そんな若者らしからぬ考えに凝り固まった僕は後腐れのない関係で充分だと思っていた。一緒に住む親はいないし、なんとなく僕が何かをやらかした事をクラスメイトは感付いていたから、学校も楽しくなかった。
そして大学に入り、しがらみは大方消えたけれど、学校生活においての付き合いは発生する。
友達にゲイだと打ち明けられない後ろめたさ、隠し事をしているような気持ちは踏み込んだ友達付き合いに発展することなく歩留りでおさまることになった。
僕はそれでいいと思ったし、誘われる飲み会、時には合コンにいって付き合いを重ねながら大学生を楽しんでいるふりをしていた。
そして多くの時間を『Bright』で過ごし、何人かの人と関わった。
ギイさんはその中の一人だ。ええっと、確か今年で30歳になるから理さん達よりすこし上になる。
(トアさんよりは下ですね。)
「しっかし、あんな何人も白馬の王子様をはべらせてるんだ?さすがキイだな。」
「なにを言っているのです。僕の大事な仕事仲間とオーナーさんですよ。変な事言わないでください。」
「そういうことにしておいてやるよ。うっかりいつもの調子で軽いこと言ったら、あの場で殴られそうだったし。皆怖いじゃんか、でも舌なめずりしそうにいい男ばっかりだな。」
僕はこの人のこういう物言いを格好いいと思っていた時期がありました。自分と違って欲や気持ちを言葉にすることに何のためらいもないこと。
それはゲイであることを認めて、その後に悟ったというか突き抜けた自信の証に思えた。僕はまだ経験値が低かったし、SABUROの皆さんのような男の人達に出逢っていなかった。
即物的に相手を探し、自分を確認することに意味があると思っていました。そこにSEXは絶対要素だと信じていて・・・。そうじゃない関係だって立派に存在すると今ならわかるけど、僕は当時知らなかった。
「マスターもキイちゃん違う店に浮気したのかなって言ってる。」
「夜に出かけることはありません。」
「まじで?なにしてんの?」
「家に帰ります。」
「で?」
「DVD見ます。あと本を読みます。」
ギイさんはビックリした顔をして僕をみている。そんな新種の動物でもあるまいし、DVDを見たり読書することがそんなに不思議ですかね。
「青春を謳歌してないのな・・・。そこらのジミー君みたいじゃないか。」
「ジミー君でも地味男君でもいいですよ。ついでにいえば青春は謳歌してます、毎日勉強して何か覚えて、お客さんに心を砕いて、皆で笑っています。励ましてもらう日もあれば、たしなめてくれる時もある。
僕は毎日が楽しいです。」
「まじかよ・・・」
「まじです。」
僕は勝手にビールのお代わりと枝豆を頼んだ。今日の賄は飯塚さんのお肉と野菜たっぷりのタコス味の焼き飯とサラダだった。あんな美味しいものの記憶を他の料理で消したくない。
「腹減ってないの?」
「賄を食べましたから。」
ギイさんは煙草に火をつけた。僕の周りで煙草を吸う人がいないから、久しぶりに煙草に火をつける仕草を目の前にして居心地が悪くなった。
そう・・・さっきから感じているのは居心地の悪さと気まずさ。自分の居場所ではない違和感。
「せっかく、こんなに可愛くなって、前よりずっと魅力UPなのに、遊ばないわけ?」
「はい、ああいうのは・・・もういらない。」
ふうと吐き出された煙がテーブルの上をモアモアと漂った。
理さんに遭う前、コンビニのバイトを終えると毎日のように『Bright』に通っていた頃、ギイさんが横にくるとウキウキしたのに、もうそれがない。
お金は少ししかなかったけれど、誰かしら一杯ずつおごってくれたから飲み物には困らなかった。
「もったいないね。もっと強引に口説いておけばよかったよ。」
「ヤリ逃げ、ヤリ捨てのギイさん。そんな言われ方している人に口説かれるほど、僕は頭のわるい子じゃないんですよ。」
「ふっ、相変わらずだな。」
ギイさんは男前だ。ちょっと質は落ちるけど、そんな雰囲気も人気のひとつだった。どこか危なっかしくて、どこか憎めない節操ナシ。
口説かれた男達は自分ならきっと改心させてみせる、俺ならギイを本気にできる。そんな気持ちで向き合うけれど、誰一人として達成できた人はいなかった。
時たま寝る相手としてクレジットされるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
僕は子供っぽい反抗をしてギイさんを撥ね付け続けた。僕がなびかない事でギイさんが本気になるかもしれないという淡い期待をこめて、意地でも寝なかった。
「常連で俺になびかなったのはキイぐらいだぞ。まったく。」
「いいじゃないですか一人ぐらいいても。」
「いやな・・・最近はそうでもない。百発百中の確率はどんどん落ち目になっている。本気って何を言うのかわからなくなってしまったよ、この歳でそれを実感した。
若い頃のツケで、どんどん一人ぼっちになっていくのかな、そんなことを考えるようになった時キイをみつけちゃったから。悪かったな。」
僕に何が言えるというのだろう。
あのまま、あの店に入り浸る日々を続けていれば僕だってきっと、今のギイさんみたいになっていた。
何を信じていいのか、好きになることの意味を忘れて、疑似恋愛みたいなSEXを重ねて虚しさを溜め込んでいただろう。
飯塚さんと理さんがコンビニに来てくれなかったら、僕は確実にそうなっていた。
色々なことを乗り越えて想い合える関係がある、それを理さんと飯塚さんは教えてくれた。
過去にあったことやゲイだってことを素直に打ち明けられるミネさんみたいな人にも逢えた。
映画によって広がっていく自分の世界があることをトアさんは熱く語ってくれた。
「ギイさん、きっとどこかに出逢いはあります。僕がみつけたように。色も欲も抜きで、僕の事を認めてくれる人がいます。それは自分が変わるきっかけなんです。
きっと・・・ちゃんとありますから出逢い。その時はしっかり掴み取ってください。ご馳走様でした。」
枝豆もビールも残っていたけれど僕は席を立った。
僕とギイさんはすっかり違っている、もう同じ場所には存在していない。
それが嬉しかった・・・・。
店をでてタクシーに乗って家に帰ると、玄関の三和土に座って靴をはいたままミネさんに電話をした。
「ミネさん、お疲れ様です。」
『ちゃんと家か?』
「はい、ちゃんと家です。」
『大丈夫か?』
「はい、話を少しして、僕は昔の僕じゃないことを知りました。あの人は昔のままです。全然交わらない場所にいることがわかって嬉しいです。ミネさん・・・ありがとうございます。」
『そっか・・・。礼はいらんよ。俺が勝手に心配しただけだから。まあ、俺だけじゃないけど。
明日、皆に心配かけましたってニッコリしてやりなさい。』
「はい!」
『んじゃ、おやすみ。約束守っておりこうさん。』
「・・・・おやすみなさい。」
ポタっと僕の目から涙が零れて、玄関でそのままグズグズ泣いた。
昔の浅はかだった自分を慰めるため・・・
ミネさんのあたたかさ・・・
皆の心配顔・・・
僕はとても恵まれている。
その安堵感のせいで、涙はなかなか止まってくれなかった。
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