アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
november.18.2015 トントン
-
「そっか、昔の知り合いか。」
「はい。当時の僕にはとても大人で格好いい人に見えた。でも昨日はそんなふうに思えなくて。
なんだか寂しい人・・・だったかな。」
「そうだろうな。自分が絶対追いつけない人の背中は格好よく見えるものだよ。俺にとっての充さんはそんな存在だ。サラリーマン時代なら、追いつこうと我武者羅になったかもしれないけど、今はそう思わない。」
「どう、思うのですか?」
「抜けっこないからついて行こう。そう考えたらとっても楽になった。自分の身の丈にあわない背伸びはちょっと苦しい、そう思わない?」
理さんの言った言葉がグワンと心に刺さった。そう・・・背伸びは苦しい、そして寂しくなる。
『bright』には沢山の人がいたし会話があちこちで盛り上がって、誰かが笑って、それが伝染していた。
視線をふるいに掛けたり、乗ったり切ったり・・・。
「何かいいことないかな。そればっかり言っていました。だからかもしれないですね、飯塚さんと理さんが買い物したり、飯塚さんが送ってきて店の前で二人が別れていく姿を見てドキドキしたんです。
僕が知っている世界じゃない場所で生きている二人に見えました。
僕は理さんが好きとかじゃなくて、お二人の関係に憧れていたのかもしれないです。」
「でもあの時、チョコくれなかったら俺と正明は今こうしていない。アクションを起こしたのは正明だよ。
変わりたいとどこかで願っていたのかもしれないね。今の僕じゃだめだって自分が一番知っていたのかな。
だから今ここに居ると思えば、大事なことだよ。」
そうなのかもしれない。
ギイさんのように、ずっと当たり前に接していたゲームのような人間関係は年齢を重ねてもずっと続けていかれるものじゃない。誰かを好きになって相手の手を掴み取ることは、単純に寝ること以上に難しいものだ。
どんどん歳をとって臆病になって掴めない手のかわりに体を重ねた先・・・
そこにあるのは一人ぼっちなのかもしれない。
「ですね。昨日すごく居心地が悪かった。でもそう感じことが嬉しかったりもしたんです。
皆さんに心配かけちゃったけど。」
「そりゃあ、SABUROにとってもお客さんにとっても正明は大事なスタッフだろ?それに俺や衛、ミネとトアだって正明をただのスタッフだなんて思っていない。
俺達は仲間だし、正明は皆の弟みたいなものじゃないか。
昨日のミネ!うわ~この男は怒らしちゃいけないって思ったよ。ちょっと怖かったよな。」
・・・いいえ、それを言うなら理さんのほうが怖いですよ。怒らせたくない度一位は理さん、二位がミネさん。
三位はどうどうトアさんがランクインです。(飯塚さんがビリで~す。)
「ミネさんもですが、トアさんも怖かったです!」
「あ、そうなの?俺見逃した?」
「ええ、眼鏡をすっと上げたとき!アニメなら間違いなくレンズがキラリと光る効果が加えられたはずです。」
「へええ、今度はちゃんと見ることにしよう。」
ええと・・・今度という機会はもういりません。はい、いりません。
「正明なりに、色々あったんだな。なんかそれ昨日考えちゃってさ。衛は「北川はちゃんと自分でどうにかするだろう。」って言うし、ミネからメールがまわってきて一安心だった。」
「メール・・・ですか。」
「うん。『ハル無事に帰宅。五体満足の模様』っていう短いメール。」
本当に心配かけちゃったと実感です。ギイさんがあそこまで胡散臭い感じじゃなくて、普通の友達だったなら心配はしなかっただろうと思うと残念です。
なんでよりによってあの人が来るんだって話です。
「僕は人間関係において、少し穿った見方といいますか、信じていなかったところがありました。
少しずつ父さんと話せるようになってきたけど、やっぱり人と違うっていう負い目があったりで上手くできなかった。父さんが僕の写真を持ち歩いていることを高村さんが教えてくれて、自分を責めるよりも違う方向性があるのかなって考えたり。
「僕なんか」って言ったらミネさんにダメだしされたりとか。
考えることもいっぱいありますけど、自分がどうしたら息ができて、どうしたら楽なのかって、そういう感覚で物を見てもいいのかな。そんなふうに思えたりします、最近。」
理さんはカフェオレを一口飲んで頬杖をついた。窓の外を歩く人をぼんやり眺めている。
理さんでも悩むことがあって、色々考えて答えをだすのだろう。
人との関わりはその連続なのかもしれない。
「俺も同じだよ、親に嘘ついている気がして悩んでいる。正明はある意味それがないだろ?
だからいいとか悪いとかって話じゃなくてさ。」
「ああ・・ですね。思いますけど言ったところで楽になる訳じゃないです。」
理さんは窓の外から僕に視線を移した。その目は真剣で、悩んでいる事に関わる内容なんだろうと思う。
僕は僕なりの考えをきちんと言おうと決めた。
「ご両親に飯塚さんと住んでいて、それはすなわち同居じゃなく同棲だと打ち明けたとします。
理さんにとって嘘はなくなり事実が表面化する。心は楽になるかもしれない。
でも、同性と恋愛しているという現実は変わらない。ずっとついてまわるわけです。
僕はゲイだと家族全員が不意打ちみたいに知ることになった。そしてそれを受け入れざるを得なくなった。
あ~正明は男としか恋愛できないんだなって。
だからって僕以外の家族は全員ストレートなわけですから、理解不能な状況はかわらないのです。
彼氏をつれていっても衝撃が少ないってだけで、結局は「やっぱり相手は男なわけね。」という現実をつきつけることになる。
だから言う事が「良い事」なのか、僕は正直わかりません。自分が楽になる為にカミングアウトするのなら、もう少し考えるべきだし、飯塚さんと相談したほうがいいと思います。」
理さんはフっと表情を緩めた。テーブルの上にあった僕の手の甲をトントンと人差し指で叩く。
「さすがだな、正明は。俺なんかよりずっと現実を見ている。言ってしまえば楽になる・・・でも聞かされた相手がどう思うのか、俺はそこまで考えていなかった。
それに衛にも相談していないし悩んでいることを打ち明けてもいない。
もしかしたら、あえて言わない事も勇気があるって結果になるのかもな。
同棲だけど同居だっていう「嘘」を生涯つきとおすぐらいの覚悟。俺にその方向性を見つけることはできなかった。
何かに悩んで壁に阻まれると、正明が壁の上から手をさしのべて引っ張り上げてくれる。
俺にとってお前はそういう存在だよ。
大事な大事な友達で仲間だ。」
『約束まもって、おりこうさん。』そういってくれたミネさんの言葉と、今理さんの言ってくれたことが胸に重く響いた。
そして何の根拠もなく感じた。
僕は大丈夫、もう大丈夫って。
すっと胸が軽くなって自然と笑みが浮かぶ。
「理さん、大丈夫です。絶対大丈夫です。」
「・・・ん。そか。」
僕たちはそのまま黙って座って残りの時間を過ごした。
その間、理さんの指はずっと僕の手の甲の上を上下していて、なんだかそれに安心した。
とんとん・・・とんとん
トントン・・・トントン
うん、大丈夫。
僕たち皆・・・大丈夫。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
130 / 474