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november.18.2015 大丈夫
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「あのさあ。」
理にしては歯切れが悪い。デキャンタにワインを移しながら俺の顔を見ないままの問いかけ。
たぶん兄さんが言っていたことだろうと察しをつける。
時折、空に視線を投げかけ何かを考えていたのは知っているし、仕事も住所も変わったことをどう説明しようと考えているだろうと思っていた。
近況報告にするべきなのか、もっと踏み込むものにするのか。
様々な状況を予測し、それに対する答えを探し続けていたのだろう。
こっちから水を向けようかと考えたこともあったが、理が自分から言い出すのを待つことにしたのだ。
「なに?」
テーブルの向こうから移動してこないから、お話タイムの始まりだ。
「衛は同居人ができたこと、親に言った?」
「言った。」
「え?どんなふうに?」
「普通にだよ。元同僚が、また同僚になった。正直待遇面は前より落ちる。部屋も空いているからシェアして家賃を払ってもらう事にした。双方メリットになるし経済面も助かる。そう言った。」
「そしたら?」
「ああそうか。あの物件はお前の名義にしたほうがいいだろうな。俺達が住むことは無いだろうし、美也子も同様だろうって。」
「ああ・・・そうなの。」
理は二つのグラスにワインを注ぎ、一つをこちら側に押した。それを受け取って一口含む。
「俺はルームシェア以上のことを伝えるつもりはない。」
「・・・。」
「27歳という年齢は、それなりの歳だ。親としての責任が消えることは一生ないだろう。ただ子育てという責任は充分果たして終わっている。それにうちの場合は、両親それぞれが別の家庭をもっているし、子育てという責任を継続中だ。そんな状況の中で、正月の挨拶でしか顔を合せない息子から、同性の恋人がいますと聞かされて何を生み出すのか。俺はそれを考えた。」
「何を・・・生み出す。」
「そうだよ。困惑?やりきれない想い?理解できない悲しみ?息子の将来を憂う?なんでもいい、でもそこで「よかったな!」というものが生まれる可能性は怖ろしく低い。
俺が結婚というものに夢も希望も持ち合わせていないのは両親とも知っていることだ。結婚でもしてくれれば安心なんだけど、なんてことは一度も言われたことが無い。」
「うん。」
「俺にとって一番優先したいこと、それは理と一緒にいることなんだよ。男女の結婚生活のように互いの両親や親戚と家族ぐるみの付き合いをしたいわけじゃない。俺と理、このパーツがあればいい。
理と一緒にいることを選んだ先にあるもの、それがトラブルを抱えることになるなら回避する。
正直にいわないことが逃げていることにはならない。嘘と言わない事の違いだってある。
親だけじゃない、友達にもそうだ。「最近どうだ?つきあってる相手はいるのか?」そう聞かれて「いる。」と答えた先に予想できる質問の数々に俺は嘘をつくことになる。もしくは言わない事を重ねる。
でも、それでいい。理と一緒にいられれば、それでいいんだ。」
「明快・・・だな。
俺は親に・・・なんていうのかな、打ち明けていないことが後ろめたい。その想いにずっと縛られていた。それで今日正明が言ったんだ。打ち明けて自分が楽になりたいのなら言わないほうがいいって。楽になるわけじゃなくて、現実は変わらないしって。それに衛に相談したほうがいいって言われちゃってさ。
二人の事だっていうのに、俺はずっと一人で考えてた。なんかそれも嫌な感じだなって。」
「それを言うなら、俺だって何の相談もなく親に報告したわけだからお互い様だ。」
「そうかな。」
「理。」
「なに?」
「そこでしょんぼりしてないで、こっち。」
俺はソファの隣をポンポンと叩いた。心細げに座っている姿は見たくない。こっちにこなければ、俺が動けばいい。
理はノロノロと立ち上がって素直に隣に座った。
「髪を切ってもらいながら、同じような話をしたよ。」
「よし兄と?」
「そう。どうやら昔の男が乗り込んできたらしい。」
「ええ~。姉ちゃんの?」
「いや、兄さんの。」
理はあからさまに嫌な顔をした。たぶん、そういうことなんだと思うよ。そう言ってやりたかったが、自分で気が付くほうがいい。自分の姉の旦那、その昔の男と聞いて喜べないのが現実だ。昔の女であれば、こんな顔はしない。
「その男は紗江さんが諭して帰らせたらしい。「昔の自分のこと、お父さんとお母さんに打ち明けたほうがいいだろうか。これからもこんなことがあるかもしれないし。」兄さんは紗江さんにそう聞いたって。」
「俺と同じ・・・か。」
「紗江さんの答えはこうだ。
『由樹は隠し事をしたくないって気持ちかもしれないけど、打ち明けることは自己満足なんじゃないかな。
知らなくていい事を聞かされて、心を乱す側に何のメリットがあるかしら。よく考えてみて。』
そう言われて兄さんは言わない事にした。」
「正明も言ったんだ。聞かされた側の事考えたかって。」
「こっからが兄さんらしいんだけどさ。
『例えばだよ、お父さんとお母さんがさ「実は我々はSMによって愛を確かめる夫婦なんだよ。是非我々の愛のかたちを見てくれ。」なんて頼まれてSMセックスシーンを見せられたら、どう思う?』
て言うんだよ。」
「よし兄・・・なに言ってんの。ひどい例えだね。」
「同感だ。」
「それで?」
「『俺はね、うわ~見たくなかった、知りたくなかった。優しいお父さんとお母さんでいてほしかった。そう思うわけ。だからね、言わないことにした。嘘をついているわけじゃない、親孝行の隠し事だよ。』
って。親孝行の隠し事って、それが心に残ってる。」
「親孝行の隠し事・・・・か。」
「あくまでも俺と兄さんの考え方を言ったまでだよ。」
俺はソファの上で体の向きを変え理に向きあい両手を握った。理はおとなしくされるままだったが、俺と同じように向き合う姿勢に位置を変えてくれた。
「理の結論が打ち明けるということなら、俺は何も言わない。理と一緒にご両親に逢いにいくよ。
隣に座って自分達のことを打ち明ける。その覚悟はあるんだ。だから理のしたいようにすればいい。」
「衛・・・。」
二人のだした結論が違うものだったとしても、それが俺達の距離にはならない。別々の人間が一緒にいることを続けるということ、それは何通りもの答えや疑問、そして価値観の違いを認めることだ。
違ったとしても、同じであったとしても、受け入れることが大事だ。違うということを素直に言いあえることだ。それを重ねることで尊重が生まれ信頼につながる。
俺は理と一緒にいるようになってから、それを学んだ。
だから理の結論を尊重しようと思うし、サポートもする。
二人が一緒にいるためにできること、それをすることに何の抵抗もない。
「俺は・・・親には言わないって決めたんだ。決めたことでモヤモヤは消えたけど、でもスッキリしないことには変わりなくてね。ちょっとグズグズしている。
でも正明やよし兄、そして衛の言ってくれたことを合わせると、この結論でよかったって思ってる。」
「そうか。」
「ありがとう。」
「いいよ、礼なんて。」
「一緒に行くって・・・言ってくれたじゃないか。」
握っていた両手を引っ張れば簡単に理は腕の中におさまった。
背中をトントン叩きながら耳元でそっと囁く。
「大丈夫だよ。俺達は大丈夫。理も大丈夫。」
「・・・・ん。」
トントンと叩くたびに、理の身体から力が抜けて行く。
そうだよ、大丈夫だ。また後ろめたくなったり、スッキリしなければ言葉にすればいい。
ちゃんと話し合って答えをみつければいいだけだ。
とんとん・・・
トントン・・・
そうだよ・・・俺達は大丈夫だよ、理。
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