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december.7.2015 定休日には散髪を 2 衛編
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「体調はいかがですか?」
「順調、順調。いたって母子ともに健康よ。」
「それは何よりです。」
紗江さんはいたって自然に整えられたばかりの俺の髪に手を触れた。
「さすが由樹ね。衛君の男前度があがったわ。」
「そうです・・・か。」
たしかにサッパリしたし、今回も俺のつむじなんか何ともせずに施されたカットに100点満点。
相変わらず腕は確かだ。
「サトはあれね。どうにか折り合いつけたみたいね。」
さすが姉というか、この夫婦は二人揃って目聡い。こっちが何も言わなくても物事が進んでいく。
多くを説明する必要がないのは何とも心地がいい。
「そうですね。悩んでいたようですが、自分なりの答えに行きついたようです。」
「そっか。」
今の時間はベテランパートさんがいるので、少しさぼっても大丈夫。紗江さんはそう言って美容室の店舗に顔を出した。最初にカットをしたのは理で、始終笑顔で兄さんと楽しそうにしていたから、なんだかホッとした。昔の男が乗り込んできたアクシデントは、理の中で解決しているらしい。カットが終わると実家に顔を出してくると言って店を出て行った。実家といっても同じ敷地内だから歩いて何十歩という距離なのだが。
そしてその後、俺がカットをしてもらった。
「俺のお願いちゃんと聞いてくれたんだな。」
兄さんのその一言で、理がちゃんと自分の考えを伝えたことがわかった。
「衛とはこの前散々話したから、今日はこれ以上苛めることはしないよ。なんといっても今日はハルがいるからね。久々に毒を吐かせてやるか。」そしてニンマリ笑う顔を見て、自分じゃなくてよかったと一安心。
話すのは楽しいが、色々見透かされそうで怖い。
紗江さんはコーヒーを出してくれた。妊娠している女性は皆太るものだと思っていたので、なんだか拍子抜けした。予定日は2月半ばだと言っていたから、さぞかし大きなお腹になっているだろうと想像していたが目の前の紗江さんはスイスイ動いているし太鼓腹でもない。
「おなかがパンパンになっているかと思っていました。」
「太りすぎはよくないのよね。けっこう体重管理が大変。お腹が大きくなると動きが鈍るから消費カロリーが減るのに同じ量を食べていたら確実に増えちゃう。
元気にのびのびと産んであげたいから、母親としてできることはしてあげなくちゃね。」
紗江さんはキリっとして少し冷たい感じのする美人だったけれど、なんだか柔らかい印象に変わっている。女性は環境や色々なことで表情が変わるのかもしれない。自分の身体の中で命を育むなど考えられない男にとって、女性のすごさを実感するのはこういう時だ。
「衛君は女の子と男の子どっちがいい?」
「どっちでもいいですよ。男の子でも女の子でも可愛いでしょうし。」
「由樹はね、男の子がいいって言いはるわけ。」
なんでだろう。俺の跡継ぎが必要だ・・とか?そんなこと言うはずがないし、そんな思考回路はないはずなのに。
「女の子が産まれたら心配すぎて気が狂うって言うの。馬鹿みたいでしょ?」
「・・・想像できます。」
「『俺みたいな男にひっかかったらどうするんだ!とか、変な男に攫われたらどうしよう。いきなり彼氏を連れてきて、そいつが不細工だったら絶望する。
でも男だったら・・・まあ、どうにかしろ!少年。なんとなるさ!青年。おめでとう!成人。という感じでとんとん拍子に行きそう』って真剣に言うのよ?
ここ何ケ月も同じことを聞かされるから、生まれる前に性別教えてもらう?って言えばそれも駄目なんだって。」
「どうしてですか?覚悟が決まりそうですよ?」
「そう思うよね、普通。『もし女の子だったら心配期間がプラスになるんだぞ!そんなの嫌だ!』って。あんなんで父親になれるのかしらって心配。」
紗江さんは全然心配そうな顔をしていない。柔らかくほほ笑んで兄さんのほうを見た。ゆったりお腹に手をのせてハルの顔を真っ赤にさせるような何かを言っている兄さんに投げかける視線はとても優しいものだった。
『皆の子供よ。』
紗江さんの言葉を聞いたときの気持ちが甦ってくる。
あの時は本当に嬉しかった。兄という存在、そして理の血をひく新しい命が自分の傍に存在することの意味を噛みしめた。
理の姉であり、兄さんの奥さんである紗江さん。そこに母親というもう一つの紗江さんが加わる。
本当に生まれて来るんだという実感がジワジワと湧き上がってきた。皆の子供・・・。
そうしたら一気に兄さんの気持ちに同調してしまう。
確かに兄さんの言うとおりだ。女の子・・・どんなに周囲が守ってやろうとしても予期せぬ危険がふりかかるかもしれない。不細工な彼氏?論外だ。ヤンキーもヤクザも当たり前に絶対駄目だ。頭が悪いのもいただけない。自己評価が高い小物・・・最悪だ。
少年→青年→成人・・・これは心配事が少ないのではないか?さすが兄さん!
「衛君?」
紗江さんは俺をじっと見ていたらしい。その見透かすような視線は母親ではなく、理姉の顔・・・。
「意外と顔にでやすいのね?かな~りくだらない事考えてたでしょう?「俺も男の子がいいです!」って顔に描いてあるわ。まったく男の人ってどうしてこう意気地なしなのかしらね~。」
返す言葉もありません・・・。
「男の子だって、女の子だって、この世の中で守っていくのは大変。都会だから田舎だからって言っていられない時代でしょ?将来的な希望だってどこまで持たせてあげられるのか。そう考えたら落ち込んだりもする。だから私達は出来る限りのことをしていく、きっとこれ以外の答えはないと思うの。」
「はい。」
「そうね~。不細工な彼氏が心配だっていうなら、衛君が頻繁にここに遊びにきてくれれば問題解決よ。」
「どうしてですか?」
「それだけの男前を頻繁に見ていれば、それが基準になるでしょ?刷り込みってあるじゃない。
現にうちの家系は身長が高いのよ。理は母方の血をひっぱっちゃったのか175cmくらいだけど。私は170近いし、父は180超え。叔父さん達も皆180以上ある。だから私、小さい頃から男の人は背が高くなるものだって思っていたの。小さいオジサンを見かけると、まだ背が伸びていない人なんだって思い込んでいてね。中学生、高校生になって、成長の止まる男子の姿を見て、え・・・大きくならないの?ってショックを受けたっていうバカみたいな経験がある。
だから衛君が・・・もし女の子だとしてよ?その男前顔でさんざん可愛がったら不細工君には見向きもしなくなる・・・かもね。わからないけど。」
紗江さんはケラケラ笑って相変わらずの呆れ顔だ。
「トアや北川も連れてこなくちゃいけませんね。村崎は・・・中毒性があるので、憧れとかそういう方向性は不味いので止めたほうがいいかな。それに理が一番いいじゃないですか。女性に人気が高いのは理みたいな男ですから。」
「・・・それ惚気?」
「え?」
「まあ、不細工じゃないと思うけど。弟の顔がいいとか、いい男だって思ったことがないのよね。
私にしてみれば衛君みたいな男前がなんでまたサトなんだろうって考えちゃうわ・・・もったいないわよね。
由樹に逢っていなかったら、衛君を転ばせていたかもしれない。」
「転ばせる・・・ってなん・・ですか。」
「ん~自分になびかないって嘆き悲しむのは趣味じゃないの。相手が自分によろめくように色々作戦練ったりオシャレしたり女子度をアピールするのは性にあわない。よろめく?甘いわ、足をひっかけて転ばせて、どうしましたか?って手をさしのべて起こしてあげるのよ。」
「・・・・・・・・・。」
怖い・・・。紗江さんなら簡単に転ばされて、引っ張り上げられて「大丈夫?」なんて言われたら、あれよあれよのうちに・・・。確実にそうなってしまうだろう想像が簡単にできる。
現にあの兄さんだって、ここまで追いかけてきていきなりプロポーズしたくらいなんだし。
「そんな顔しな~~いの。大丈夫よ、私は由樹とちゃんと仲良くやっていくし、これからは子育てっていうプロジェクトを完遂させなくちゃいけない同士なんだしね。
衛君・・・サトをお願いね。頭のいい子だけど、時々考えすぎてグルグルしたり弱ったりするでしょ?
話しを聞いてやってくれれば、解決策を自分で見つけるから傍で見守ってあげて。
両親は私と由樹でちゃんと面倒をみるから安心していいわ。
貴方達は好きな事を精一杯やってくれればいい、私はそれが何より嬉しいの。
25歳をこえてからの10年。
この期間にどれだけの経験値を積めるか、前に進めるかが「いい男」の絶対条件。
まあ、これは先輩の受け売りなんだけどね。
だからサトと一緒に前にどんどん進んでちょうだい。」
「・・・・はい。」
本当なら理も結婚して自分の子供を持てたかもしれない。理が選んだ事とはいえ家族としてそれを認めることは大変なことだろうし、割り切れない想いだってあったはずだ。
・・・それなのに、こんなふうに言ってくれるこの人の気持ちを絶対に裏切ってはいけない。
理が幸せにならなければ、悲しむ人が自分以外にもいるということを肝に銘じて毎日を過ごさなければならない。
「理と幸せになります。」
「そうよ。それが皆の幸せに繋がるの。だから私も幸せになる。衛君におすそ分けができるくらいにね。
お互い毎日を大事に生きましょう?
きっとそれが未来に繋がるわ。」
こみ上げてくるものを必死で飲みこんでいると、紗江さんがゆっくり立ち上がった。
俺の肩に優しく手を置いた後、兄さんのほうに歩いて行った。
背中から聞こえる兄さんと紗江さんと怒っている北川の声。
深呼吸をする。
紗江さんの言葉を噛みしめる。
また深呼吸をする。
俺を一人にしてくれた心遣いを思う。
また深呼吸する。
なかなかひっこんでくれない喉の奥の塊を少しずつ飲み込みながら実感した。
俺は・・・こんなに幸せだ。
紗江さん・・・ありがとう・・・ございます。
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