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january.1.2016 ハルの年越し
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「思ったとおりね。」
「俊明があんなに呑むとは思わなかった。」
父と弟は湯呑で1年分の日本酒をのんでヘベレケになって早々に寝てしまった。日本間に母さんが布団を敷いて二人でなんとか酔っ払いを転がして寝かせたから疲れてしまった。
「オードブル美味しかったわね。」
「ミネさんが広美さんによろしくだって。」
母さんは嬉しそうに笑った。
広美さんね・・・僕にとっては母さんだけど、一応は女性だったりするし。父さんの「広美」より、ミネさんの「広美さん」のほうが嬉しいのだろうか?
僕にしてみれば色々複雑だ。
『家族全員SABUROの虜にすること』
ミネさんはそんなことを言って、僕とトアさんに3人盛りのオードブルをくれた。切れ端の数々や余ったものはミネさんが無造作にタッパーに詰め込んだ。元旦に高村さんの所でお正月をするらしい。
飯塚さんは「もうオードブルの中身は見たくない。」そう言って持ち帰りを拒否したし、理さんは実家に帰るバスが暖房でモアモアしているから腐ってしまいそうだとヤンワリ断った。
ミネさんはナチュラルハイな変なテンションで正直戸惑った。「サウナに行って水風呂の中で寝てやる!ご苦労さん!よいお年を!」と意味不明な事を言って帰って行った。
まあ・・・しょうがないですよね。激務で頭も切れちゃっても誰も何も言えません。
TVのチャンネルを何度か変える事に飽きてきたころ、母さんはお休みなさいと言って寝室に行った。
見るともなしに映っているTVの音を小さくすると、隣の日本間からは父さんの高いびきが聞こえてくる。弟は未成年だけれど、今年から大学生になるので問題ないというのが父さんの見解らしい。僕もこの家に住んでいたら3人で日本酒を呑んで酔いつぶれていただろうか。大晦日は必ず帰ってきていたけれど、ヘベレケ大会は開催されていなかった。
僕にはまだ遠慮があるのかもしれない。
父さんとは少し近づける気配があるけれど、俊明とは微妙なままだ。
別に何か言われたり変な態度をとられるわけじゃない。
でも何となく、子供の頃とは違う空気がお互いの間にあって、しょうがないと思う反面歯痒くもある。
トアさんは理解できないことを理解しようとして困っているのかもしれませんよ。そう言ってくれた。
「解ってくれなくていいんだよ。」そう僕が言ってやればいいのかな。
地上波もBSにも飽きてCSのMTVに合せたらUSA,TOP50が流れていた。プロモーションビデオの映像を見て音を聞いている方がいいか・・・少しお腹がすいたな。
時計は1:00すぎ。
そういえば蕎麦を食べないままだった。
お湯を沸かして新得の乾麺を茹でようと袋を開けたら日本間から俊明がノソっと出てきた。
「水?」
「いや・・・腹減った。」
僕はおもわず噴きだしてしまう。若造には飲み過ぎでムカムカとは無縁らしい。
「てか、父さんのイビキで目が覚めた。ありえん音量だ。」
「ちょうど蕎麦茹でるとこ、どのくらい食べる?」
「量とかわかんない。一袋何g?」
「ええ~と・・・300g」
「兄ちゃんと二人ならそんくらい食べられるっしょ。トイレいく。」
蕎麦は断然ざるそば派です。冷蔵庫を見るとそばつゆなるものが無い。母さん・・・麺だけ買ってどうするつもりだったの?
しょうがないので、前にミネさんに教わったそばつゆをつくることにした。
出汁はないのでお湯にホンダシをドバドバ入れて、お玉にみりんを2杯、醤油を1杯。味をみながら、みりん1と醤油0.5の割合で加えていきます。おおお~という頃合いでツユが完成。
面倒なので、麺は冷たいけど出汁は温かいバージョンにすることに。溶き卵とネギでそれらしい出来になった。
俊明はぼ~とTVをみながらビールを飲んでいる。
水でしめた麺をザルにあげてツユとテーブルに並べた。
「うわ、うまそ!」
「そばつゆがなかったから、味の保証はないよ。」
「いただきます!」
あっという間に俊明は蕎麦をたぐり、豪快に食べ始めた。ツユもそれなりの出来だったし、乾麺とはいえ、やはりこの蕎麦は美味しい。
黙々と二人で蕎麦をすすれば3人分の量は15分程で無くなった。
俊明はふう~とお腹をさすって満足そうにうなずいた。
「美味しかった。」
「そっか、よかったよ。」
「手際いいのな。俺は無理。」
「仕事先で作り手の姿を見ているせいかな。一人暮らしも長いしね。」
とたんに気詰まりな雰囲気になり、しまったと思う。そういう意味でったわけじゃないし、単なる事実を言っただけ。それなのに、単純な言葉があっという間に空気を変えてしまった。一層の事言ってしまったほうがいいのかもしれない。トアさんの言うように兄として「いいんだよ。」と伝えたほうがいいのかもしれない。
「俊明?」
「・・・なに。」
「色々不愉快な思いをさせたことは謝るよ。申し訳ないって思うけど、でもこればっかりはどうしようもない。」
「・・・なに、改まってんだよ。」
「家族の中で僕だけが違うことだよ。」
「・・・。」
僕は俊明をしっかり見つめた。逸らされた視線に心がズキっとなったけれど、やり過ごした。
「しょうがないことなんだ。理解できない事を思い悩む必要はない。家族にだって理解できないことはあるよ、そういうことだと思う。」
「にい・・・ちゃん。」
「僕にしてみれば、俊明が女の人を好きになる気持ちが理解できないよ。」
「・・・えっ!」
「そのくらい、わかんないことなんだ。不思議だよね、同じ兄弟なのにさ。」
俊明の視線はちゃんと僕と交わった。
「仕事先の人、すっごい甥っこを可愛がっているんだ。俊明が結婚して子供ができれば甥っ子や姪っ子が僕には存在するかもしれない。でも・・・僕は息子も娘も持てないから、俊明は一生叔父さんにはなれない。それはすまないと思う。」
俊明は勢いよく立ち上がると、冷蔵庫をすごい勢いで開けてビールを両手に握った。僕の前にドスンと座り込むビールの缶を押し付けてくる。素直に受け取って栓を開けた。
「むしゃくしゃする。兄ちゃんのそのゴメンナサイみたいなのが苛々する。」
「え・・・・。」
「いっぱい考えた、でもわかんないもんはしゃーないだろ?突然変異とか病気っていうなら治るかもしれないけど違うじゃないか。それに兄ちゃんだけじゃなくて世界中にそういう人がいて、おまけに大昔からいる。ってことはさ・・・兄ちゃんが謝ることじゃないって思うんだわ。
だからスマナイとかゴメンとかムカツクわけ、わかる?」
「・・・俊明。」
「ちゃっちゃと蕎麦作れるし、俺はできないし。俺より断然顔いいし。色々知ってるし。それでいいじゃないか、堂々としてればいいじゃんか。
少なくとも・・・家族の中にいるときくらいはそうしてろよ。長男だ~兄貴だ~って顔してればいい。」
トアさん・・・本当ですね。僕は自分のことをちゃんと話していないくせに、弟が僕を避けていると思っていました。相手を思いやるからこそ出来てしまう距離、それを見ない振りをしていました。
避けていたのは・・・僕のほうだった。
「ありがとう・・・ちゃんと・・・話し・・しないままで・・・ゴメンな・・・。」
堪えきれずにポロっと零れた涙。
俊明はそれを見ないふりをしてリモコンを適当にいじる。
「俊明?」
「あ~?なに。」
わざとらしい、ぶっきらぼう。
「日本酒散々飲んでもういらないかもしれないけど、ビールもう少し飲もうか。」
「冷蔵庫にタップリ冷えてるし。」
「魚肉ソーセージのケチャップ炒め作ったら食べるか?」
「・・・食べる。」
なんだかスッキリして僕は立ち上がった。空になったザルを持ってキッチンに行く。
冷蔵庫に顔を突っ込んでビールとソーセージを掴んだら後ろから俊明の声が聞こえた。
「兄ちゃん、あけましておめでとう。」
溢れそうになる気持ちを必死に飲み込む。
震えないように、いつも通りの声がでるように。
「おう、あけましておめでとう!ちゃっちゃとソーセージ作るからな。」
兄らしく、長男らしく堂々と。
少しは偉そうに聞こえたかな?
だらしなくソファにもたれた俊明がニヤリとして親指をたてた。
だから僕も同じようにビシっと親指をたてる。
2016年が明けたばかりのこの時。
僕はまた「にいちゃん」に戻ることができました。
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