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january.11.2016 ほうほうが形になった!
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ボンヤリ眺めた腕時計の針はまもなく14:00。
ランチタイムはもうすぐ終わり・・・。遅いランチでお腹がふくれて少しだけパワーが戻った気がする。
そうはいっても満タンには程遠くて、最近の仕事量にすっかりやられてしまった自分にウンザリ。
ああ~~あ、何かいいことないかな。
店内を見回すと残っているのは私だけ。
まあ、そうだろう。皆はもう午後の仕事に取り掛かっている時間だ。コーヒーはあと一口で無くなってしまうから、私の持ち時間もまもなく終わりだ。
ここのスタッフの中で一番かわいい男の子が「OPEN」のサインをひっくり返した。道路からは「CLOSE」の文字が見えているだろう。
残りのコーヒーを飲み干し気力を振り絞る。今日はまだ終わっていない、もうひと踏ん張りだ。
お腹がいっぱいだというのに漂ってくるいい香りに反応してしまう。
「サトル~、今日はクズだけど野菜たっぷりのクリームパスタにするわ。サラダを人数分盛ってくれるか?」
シェフが声をかけたのはキリっとした所作が気持ちのいい店員さん。
存在感ありまくりのもう一人のシェフは包丁のお手入れ中。職人さんて格好いい。
今日の賄はクリームパスタか。賄ってなんか憧れちゃうな。一度みんなに混ざって食べてみたい。
テーブルの上に置いた手帳やスマホをバッグにしまう。さて、残りの仕事をやっつけよう、今日中に終わると思えない量でも、着手しないことには減ってくれない。
「お時間ありますか?」
テーブルの脇に背の高い眼鏡が似合う店員さん。右手にはコーヒーポット。
「もう、クローズですよね?」
「そうなんですが、コーヒーが残っているので、誰かに飲んでもらったほうがいいかなと。」
「・・・ありがとうございます。いただきます。」
湯気のたつコーヒーがカップに注がれる。賄の後に皆で飲んだっていいはずなのに・・・そんなことを考えたら、なんだかこの一杯のおかげでとっても優しい気持ちになった。
そういえば・・・前に来たときにこの店員さんとお客さんが話しているのを聞いたことがある。映画のことを色々知っていて、その時の気分にあった素敵な映画をおしえてくれる人だ。
「あの・・・。」
背を向けていた彼が振り向く。
「なんだか仕事に疲れちゃって。気持ちが上向くような、なんていうんでしょう女子力があがるというか、素敵な女性がでてくる映画ありませんか?そんな人を見たらエネルギーをもらえるんじゃないかって。」
「女子力ですか・・・。」
「はい。」
コトリとコーヒーポットをテーブルに置いて、彼は私の向かいに座った。
「他にお客さんいないですからね。ちょっとぐらい座っても大丈夫そうです。」
ちょっと照れくさそうな控えめな笑顔。
自分の周りにいる仕事をガツガツして「男」をまき散らせている人間とは真逆の雰囲気。ホッとする。
「そうですね・・・。僕は正直女子力が何であるか理解していないのです。だからピッタリかどうかはわからないのですが 『Kissing・ジェシカ』 はいかがでしょう。」
「きっしんぐじぇしか?」
聞いたことのない映画だ。たぶんテレビで放映されたこともないだろうし、レンタルの棚でみた記憶もない。
初耳の映画・・・どんなストーリーなんだろう。
「登場人物は二人、一人はジャーナリストで恋人募集中です。何人かの男性とデートをするのですが、どうにも恋愛運が悪い。ある日広告を見つけます。それは彼女が好きな詩人リルケの誌を引用した「女性の恋人募集」のものでした。実はこの広告をだしたのは女性なんです。彼女は画廊に勤めていて男性経験は豊富、でもどうにも満たされない。男だからじゃないか?だったら同性と恋愛してみたらいいと考えたのです。
そして二人は出逢う事になります。」
「え?レズの映画?」
女子力・・・とは違う気がするんだけど・・・。
「そう言ってしまえば簡単ですが、ストレート同士の女性が恋に落ちる過程と結末をユーモアたっぷりに描いていて脚本が抜群に素敵なんですよ。これは絶対男には書けないなっていうストーリーです。
たとえば、彼女達の会話を聞くだけで二人の恋愛観が見え隠れしたりするシーンがあります。」
「恋愛観・・ですか。」
「そうなんですよ。恋愛運の悪い彼女が口紅の事を言います。
『口紅っていくつ買ってもしっくりこない。もっと素敵な色があるって思っちゃう。いつかとっておきの一色が見つかると思うの。』
そして男性経験が豊富な彼女の返事は
『みつかりっこないわ。混ぜて好きな色をつくればいい。』
短い会話なのに、それぞれの性格が見えるんです。」
「ほんとですね。」
「服や靴、アクセサリー、食べるもの。そういったパーツ一つ一つが彼女たちのパーソナリティーや気持ちを表現して積み重なっていく。
同性である葛藤や、だからこそのドキドキ。二人の女性が時間や会話を重ねて映画のストーリーが展開していきます。なんだかとっても素敵な「ガール・ミーツ・ガール」映画です。
女性であることを楽しみながら自分の恋愛をみつめる姿は、男の僕よりお客様のほうが共感できると思うのです。
この映画を見た時、女性になって見ることができたら、もっと素敵に感じられるのに、そう思って少し残念で寂しくなったくらいです。
ということは女子力がたくさん詰まった映画なのかな?って。
どうでしょうね。」
「そんな映画があるんですね。初めて聞きました。」
「低予算で単館上映でしたからね。でもちゃんとDVDはでていますよ。たぶん『レンタe-zo』には置いてあると思います。あそこはけっこう渋いラインナップですから。」
そうなんだ。ついつい仕事場に近いショップに行ってしまうけれど、会社に戻る前に寄ってみようか。
なんだか素敵そうな映画だし興味がある。女性が書いた脚本で、ガール・ミーツ・ガールか。
お洒落そうだし、二人の恋の顛末・・・どうなるのかな。
「『kissing・ジェシカ』探して見てみようかな。」
「ええ是非。感想を聞かせてください。」
「そうですね、そうします。あと、聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
「お名前・・聞いても?」
「僕ですか?ここではトアって呼ばれています。今月の僕のおススメは「きのこたっぷりのサーモンホイル焼き」です。フェンネルの香りがアクセントの美味しい一皿です。」
トアさんはそういって、夜のメニューらしき手書きのフォルダを指差した。
ハルのおススメ。理のおススメ。トアのおすすめ。シェフのおすすめ。そこに並ぶ料理はどれも美味しそうで食べたばかりだというのにお腹がすいたような気になってしまう。
「おいしそう・・・。」
「もちろん。うちのシェフは最高です。」
「ほ~い。賄、完成!」
シェフの声が厨房から聞こえてきた。慌ててコーヒーを飲み干しバッグを持って立ち上がる。
トアさんも同じように立ち上がり、すっと椅子をひいてくれた。
「また来てください。お待ちしております。」
「はい。映画の感想、楽しみにしててください。」
「ええ、楽しみに待っています。ありがとうございました。」
ここに来た時より随分気持ちが上向いた。お腹も一杯になったし、優しいコーヒーのお替りを貰った。
そして知らない映画が私の中にインプットされる。
トアさんの言う「女子力」に触れたら、素敵な女性二人の恋を見ることができたら、きっと気持ちが晴れやかになるだろう。
会社に戻ったら、遅いぞ!と文句をいわれそうだが我慢できる。ちょっと寄り道をして『kissing・ジェシカ』を借りよう。
「ありがとうございました。」
口々にスタッフに言われるお礼に恐縮しながらドアに向かう。
そっと扉を押しあけてくれたトアさん。
「ごちそうさまでした。」
「ありがとうございます。」
ツルツルの道路を少し歩いて振り向く。
トアさんが手を振ってくれて、なんだかまた嬉しくなった。
たぶん、これからの仕事を頑張れる。
ウキウキした気持ちを抱えながら歩き出す私は笑顔だ。
今日は『kissingジェシカ』と家に帰る事にしよう!
「はい、OKです!」
ディレクターの一声で、うまくいったことがわかった。
「うまくいきましたよ、充さん。」
「ああ、そのようだな。」
武本はプリントアウトされた台本をめくりながらニヤリと笑った。
仕事でちょっと弱った働く女子が、トアと話して気持ちがあがるという展開だ。映画に関してはタイトルをメールすればいい。それに見合った内容で手直しすれば問題ない。
店内に設置されたカメラは今後の店のアピールに使う商材としての撮影が目的。俺の口からミツに説明したのは大ウソだ。あとで真相をバラすのがめちゃめちゃ楽しみだったりする。
脚本は西山に書かせた。こういうことをやらせるには適任だし、なんといっても「トアファン第一号」を自認する西山だ。演技不必要の状態にミツをもちこんだ構成は見事。
ミツは武本に言われたことをしただけだったりする。「一人残ったお客様にコーヒーのお替りあげてきてよ。賄ができるまで時間あるし。」
ミツはそのとおりに動き、あとはすべて女性客(客じゃないけどな。)の誘導によってエンタメ話を披露しただけだったりする。テーブルに座るという予想外のアドリブもなかなかよかった。
ちびっこがサインをひっくり返すのは少しギクシャクしていたが・・・。
実巳のぽや~んとした声もよかった。この店の雰囲気がつたわっただろう。その横で包丁を研いでいる飯塚の男前をチラ見させることにも成功した。
あとは二人の会話シーンの前後の尺。その映像に西山が書いた女性のモノローグを被せれば、ショートムービーのようなワンコーナーができあがる。
これが月に一度番組内でオンエアだ。
スポンサーのレンタル屋も文句はあるまい。ついでにSABUROの存在感もばっちりだ。
「いけそうですね・・・これ。」
「いけるだろ?俺を誰だと思ってるんだ、ん?武本君。」
「はいはい。ハッパかけた甲斐がありました!」
「生意気言いやがって。」
西山の手を借りたことは黙っていよう・・・。
さて、これでミツの人気が爆発するか?SABUROにどう影響するか?
ワクワクするね~こういうの。
実巳の掲げた今年のスローガン「キラキラ」
何もないところから作り上げて磨くのは楽しいし、俺の大好物だ。
どうやら今年も楽しい一年になること間違いなし。
若者にまざって俺も精一杯キラキラってやつになってやる・・・オッサンを舐めるなよ!
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