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january.17.2016 真剣な二人
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身体に絡まった腕や足を押しのけてベッドから出る。うう~とかああ~とかまだ起きないぞという呻き声を発している儀を見て顔が緩んだ。
週の5日はここに来て眠り、ここから出勤していく。少しずつ儀の物が俺の部屋の中に増えていく。
なんだかそれがくすぐったい。
冷蔵庫をあけて少し考えたものの、結局ビールに手をのばした。寝起きの脱水気味のタイミングに飲むのは身体に悪いことくらいわかっている。でも週に一度の休みくらい、自分を甘やかしてもいい。
喉を滑り落ちるビールの爽快感。スッキリして目が覚めた。
暖房をつけてシャワーを浴びる用意をしながら、ビールはもう少し後にすればよかったなと考える。来週はそうしよう。起きて水を飲んでシャワーからのビール。
くだらないことでも何かを変えることは大事だと最近は思えるようになった。たぶん儀の存在がそうさせている。人間って変わろうとすれば変われるものだなという実感が儀を見ていれば沸いてくる。
節操ナシはもういない。相変わらずニヤっと笑えばドキリとさせる雰囲気はあるが、遊びに出ることはなくなったようだ。毎日の大部分を会社で過ごし、俺のいない部屋に帰ってくる。深夜に帰宅した俺と少しだけ話をして抱き合って眠る。
俺が目を覚ます時間、儀はもう出勤したあとだ。一緒にいるようで一緒にいない二人。
でも日曜日は別だ。二人の時間が一緒に流れる。
シャワーを浴びてリビングに戻れば、寝起きのボケボケした儀がソファに座っていた。意外とあっさり起きたらしい。
「おはよ。」
「おはよう。」
週に一度のおはようの交換。またしても緩む顔を儀に見えないように背けてキッチンに行く。
俺のレパートリーは2品増えたし、焼きそばは随分上達した。店に来る自称料理自慢の客にコツを教えてもらったおかげで、一気に問題が解決した。
焼きそばの麺がダマダマになる。袋に書いてあるように「水を入れてほぐす。」が上手くいかなかった。聞いてみれば何てことはない。
「麺の袋に穴あけて、レンジで30秒。温まった麺を袋ごと揉みこんでほぐせば問題ないよ。」
・・・まるで思いつかなかった方法だった。
さらにチキンライスを教えてもらった。
「冷蔵庫の野菜とソーセージ系を炒めて飯を投入。ポイントは冷や飯だとうまくいかない。あと料理酒を入れると御飯がばらける。油じゃなくて酒。」
炒飯のようにパラパラじゃなくてもケチャップの働きで美味しくできるし、失敗がない。
おかげで店の客達は俺の「秘めた恋人」が実際にいると勘繰っている。
付き合っている相手がいる、これはちゃんと言った。誰だっていうことを言っていないだけだ。
面白がって憶測を巡らす客の間で最近支持されているのは、俺がバイで今付き合っているのは女。だから俺達に気を使って言わない。という、どこからそんな発想が生まれた?と呆れてしまうような内容だ。人の噂や週刊誌を賑わすスキャンダルの真相もこれと同レベルかもしれない。
シンク下の収納からホットサンドの機械を取り出す。こいつのおかげで日曜の朝は格段に朝飯らしい姿に変身した。簡単で旨い、そしてテクニック不要。
パンをのせてケチャップを絞りだす。ベーコンとゆで卵のスライスを適当に重ねてコショウをふって、ピザ用チーズをのせるだけだ。パンをのせてカチンと音がするまで蓋をしてスイッチを入れるだけ。
中に入れる物は何でもいい。目玉焼も旨かった。とにかく温かいってことと、チーズが溶けていれば大概のものは旨くなるらしい。
朝にホットサンドを食べて、どこにも出かけない時はダラダラして早目の夕食と飲み。その時のつまみがチキンライス。これが最近の定番になっている。炭水化物祭りなのはわかっているが、野菜ってのは料理しないと美味しく食べられないという、なかなか手ごわい食材だ。まだ始めたばかりの低レベルには荷が重い。そのうち、少しずつ・・・それでいい。
「うまそっ!」
儀はいつも言う。毎度毎度同じものだというのに、本当に嬉しそうに言うから、また俺の顔が緩む羽目になる。
「今日の中身は?」
「え~たいして変わらないって。ベーコンとゆで卵にチーズ。」
「不味くなるはずがない組み合わせだな。いただきます。」
糸をひくチーズに難儀しながらかぶりつくホットサンドはいつもどおりの味だ。腕がなくても到達できる高レベル。世の中で家電や調理家電が色々発売されて売れているのも納得だ。
「今度試そうと思っているんだ。ミートソースの缶詰あるだろ?あれとチーズでも旨そうじゃないか?」
「・・・だな。ベーコンとも合うだろうし。パスタソースって色々売ってるから、片っ端から試しても半年くらい持ちそうじゃないか?」
「缶詰か。ツナ缶もアリだな。」
「おお!ツナ忘れてた。」
大した会話じゃないけれど、同じものを食べていることが嬉しい。俺が作ったホットサンドを旨い旨いと食べる男が目の前にいる。去年は想像もしていなかった時間の過ごし方だ。
食べ終わってソファにもたれる俺の膝に頭をのせるのが儀のお気に入りのポジションらしい。腹の上で両手を組み、膝を立てる。だいたいこのままダラダラしながらテレビをみたり、ウトウトしたり。
でも今日の儀は下から俺をじっと見上げた。
「どうした?」
「俺、今年はちゃんと、真剣に生きてみようと思ってさ。」
「真剣?でもあれじゃない?随分マトモになったと思うけどね。」
「恋愛の締める割合が他人より低い男が言ったんだ。『どうしようもないくらいに、その男だけが欲しい。』 びっくりした俺はスマホを落下させて一時使用不能になったぐらいだ。」
「びっくり?」
「そんなこと言うような奴じゃなかったからな。ここにも真剣君がいるなって。」
「ここにも?あとはどこに?」
「あとはキイだ。」
あの日からあの店には行っていない。勿論キイちゃんが俺の店にくることはもうないだろうから、顔をしばらくみていないな。キラキラしてたな・・・キイちゃん。
「軽く飲んだというか俺は置いてきぼり状態になった。あの時な、ちゃんとしなさいって言われたような気がしたよ。毎日覚えることがあって楽しい。家に帰って本を読んだりDVDを見る。俺にとって、それはつまらない時間の過ごし方だと思っていた。夜の街にでかけ駆け引きを楽しむことが一番楽しいと思い込んでいた。そしてヒロの気持ちを知ったわけだ。ヒロのことを色々考えて、結論がでた。
そうしてヒロがいない部屋に帰ってきて、テレビをつけてもつまらないから仕事帰りにDVDを借りるようになった。映画の登場人物が一生懸命であればあるだけストーリーが面白くなる。原作がベストセラーだったと知って興味がわいて本も買ってみた。
そうやって一人でここにいても退屈どころか楽しかったんだよ。」
「正直俺のいない時間、一人で何してんのかなって考えてたよ。」
「本とDVDが答え。」
儀は腕をのばして俺のほっぺたをムギュウと摘まんだ。俺はどう反応していいのかわからなくてドギマギしていたら儀がニヤリと笑う。
「かわいいな、お前。」
コノヤロウ!
「キイが言った、毎日覚えることがあるっていう言葉。俺は会社で毎日仕事をしていて単純なことを忘れていたようだ。そう、毎日覚えること、考えること。真剣に向き合うからこそ言える。
仕事を舐めてたなと痛感したから、これを改めようと今頑張っている最中だ。」
「そうか・・・。」
「ほとんど帰っていない部屋の家賃はもったいような気がしたり、独りで生きていくにしても誰かと生きていくにしてもちゃんと考えなくちゃいけないなってさ。こんな日曜を経験してしまったら、独りはキツイ。誰かって言ったところでヒロがいい。この先俺達がどうなるかはわからないけど、真剣に考えるのも悪くないと思うんだよ。貯金もしたほうがいいだろうなとか。ここに転がり込むのは簡単だけど、それは何となく嫌だから、そういうこと・・・ヒロとちゃんと考えたい。」
「・・・儀。」
真剣・・・。俺はその言葉を思い浮かべることがあっただろうか。儀のことを大切に想い続けた、そこに真剣味はあっただろうか。遊び回る儀を諭す根性はなかったから口うるさい友達だと思われたくなくて、ヘラヘラと笑っていた俺。
手切れ金代わりとして得た自分の店を毎日オープンさせてクローズさせる。マイノリティーの居場所で出逢いの場になればいいという漠然としたコンセプトすら最近は思い出すこともなかった。どうありたいか?あの店をどういう質にしていきたいのか?・・・耳の痛い話だ。まるでなっていない。
「節操なしのチャランポランなんて言って笑ったけど、俺も大差ないよ。仕事のスタンスがなっていないな。客が楽しんでいるのか、その興味すら薄れていたかもしれない。真剣か・・・。悪くないな。」
「だろ?真剣モードでいると、結構楽ちんだったりする。」
「まじか。」
「そ、おおマジ。俺が言うんだから間違いない。」
儀はガバっと起き上がりテーブルに手をのばしスマホに触れた。何かを検索するらしいが、今の結構いい話の途中で携帯って・・・オイ!
「『007』とスピルバーグのスパイもの、どっちがいい?」
「は?」
「映画だよ、映画。」
「どっちもよくしらないし。ってか何?映画を見ようってことか?」
不意打ちのように降ってくるキス。予想外すぎて俺は勿論固まった。
「真剣君になる俺達は、今までしてこなかった事をするんだ。時間を取り戻す?んん~なんだろうな。ヒロとしたかったことをちゃんとするってことかな。
映画に関しては初心者だ。甘ったるいラブストーリーを見る気はしない。入口はメジャー級から始めたほうが失敗はなさそうだ。」
「料理と逆だな・・・。」
「ヒ~~ロ。俺が言いたいのはな、デートをしませんかってこと。」
「でえと?!」
「定番だろ?日曜日、映画を見に行って食事をする。映画の感想を言い合いながら旨い飯を食べて楽しく過ごす。俺は一度もしたことがない。」
「ないって?まじかよ。」
「おおマジだ。・・・おい、ヒロ、お前あるわけ?」
「普通あるだろうが。」
今度は儀が固まった。お返しに俺は儀の真似をして軽いキスをする。
「デートしようぜ。飯はキイちゃんの所に行こう。夜のメニューも気になるし。」
「おお・・・おう。」
「ほら、さっさとシャワー浴びて男前に変身しろよ。」
「まかせておけ。」
ニヤリと笑みを浮かべる儀の顔を見て、本日何回目かの顔緩み現象が起こる。ドキリとするだけだった前に比べて今は嬉しさもある。俺の顔を見て笑っている儀、それを今見ているのは俺だけだから。
儀の言う「真剣」が俺達にどう影響して変わっていくのか、全然予想できないけれど悪くなることはないだろう。
一人で考えるより、二人のほうがいい。
一人で試すより、二人のほうがいい。
一緒に過ごすというのは、こういうことを言うのかもしれない。
日曜日はまだ始まったばかりだ。
儀との「初デート」を楽しもうじゃないか。
俺の緩んだ顔・・・それはきっと「幸せの顔」
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