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February.27.2016 裸エプロンと焼そばの破壊力
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「今日飲みにいってくる。」
「別にいちいち断らなくていいよ。好きにすればいい。」
毎回断りをいれる儀にちょっと苛々したりもする。予定を言わないと俺が不安になると思っているだろうか。いい歳をした男だったら付き合いの一つや二つあるだろう。いちいち目くじらをたてていたら身がもたない。疑えばキリがないし疲れるだけだ。
「前科たっぷりな事を自覚しているから「何でもないぞ。」の宣言みたいなものをつい言ってしまう。」
「あのなあ、儀。」
「なに?」
「疑えばキリがないわけ。疑心暗鬼になってもいいことがない。だから俺は儀に関して心配はしていないよ。でももし浮気するなら絶対バレないようにな。下手くそな嘘程度でごまかされたら俺はお返しするから。そこんとこちゃんと肝に銘じて浮気しろ。」
「お返し?」
「そ、俺も適当な男と寝るってこと。」
「まじかよ・・・。」
「まじだ。」
儀の「まじかよ・・・。」はたまにポロっと口からでる。真面目に考えた時だけでてくる言葉だから、俺の宣言はそれなりに心に刺さったはずだ。
「自分がされて嫌なことは他人にもしないってことだよ。あと俺より好きな男ができた時はちゃんと言ってくれ。別れたくないなんて縋ることはしないから、それも覚えておいてくれるか?」
「引きとめ無しか。」
「当たり前だ。俺より好きな相手を心に抱えた儀と一緒にいられるほど俺は強くない。そんなことになったら綺麗さっぱり儀との関わりをなくして、俺も他の誰かを好きになることにするよ。新しい恋をするにはいいタイミングだろ?10代からずっと儀だぞ?別の道を模索するのは当然だ。」
儀はボウっとした顔をして視線を床に落とした。
特別ひどい事を言った覚えはないし、物わかりのいい恋人の発言だと思う。浮気をするなら儀だろうし、俺ではない。他に好きな男ができたと打ち明けるとしたら儀であって、やっぱりこれも俺じゃない。この確信はつねに俺の中に埋もれているもので、いつそんなことがあってもいいようにたまに引っ張りだして眺める。気持ちを受け入れてくれて一緒にいる時間をもらえただけで万々歳だと考えながら。
儀本人にこれを言うことはないと思っていた。でも言っておいたほうがいいような気がしたから話を続けることにする。
「疑うっていうちょっとしたことが、だんだん膨れるんだよ。そのうち色々なことを信じられなくなって探りを入れたり、勝手に携帯見たり、もしくは携帯に何か仕込んで監視したりするようになる。
もうそうなったら、一緒にいたいための行為なのか、疑念を解消したいだけなのか意味不明になるだろ?俺はそういうの性に合わないしやりたくもない。
だから「疑う」くらいなら笑っていたほうがいい。隠そうとしていることを穿り返すくらいなら信じたほうがいい。疑うよりずっと楽だよ、信じるほうが。」
「ヒロ・・・。」
「だから「今日、もしかしたらヒロより帰りが遅いかもしれない。」「あ~そうなんだ、飲みか?」「うん。」そんな会話でイイと思うわけ。だって俺、行くなとか言うわけもないし、そんな権利もない。逆に儀が俺に「遊びに行くな。」なんて言ったら、何の権利があってそんなこと言うわけ?って喧嘩をふっかけるだろうし。」
「いちいち正論だな。」
「当たり前だ。何年片想いしたか知ってるだろ。そういう意味では俺のほうが長いこと燻っていた分だけ余裕があるのかもしれない。諦める覚悟だってあるしね。」
「諦め・・・かよ。」
「そう。人は長く苦しむと多くを望まなくなる。希望を持ち続けてそれを取りあげられるくらいなら希望を捨てる術を身に着けるんだよ。儀には無縁だったろうけど、俺は心を枯らして頑張ってきたってわけ。そんで今その埋め合わせで儀から水分もらって回復中。」
「なに言ってんだか・・・。」
儀は複雑な顔をしていた。怒り・・・はないな。困惑?まあ、これはたっぷり。何かを想像しているのか眉間に皺。楽しくない想像らしい。俺はソファに座っていて儀は部屋の真ん中に立っていた。今日の予定を告げるという特別な話じゃないから儀はキッチンに向かう途中に「飲みに行く。」旨の発言をした。でもそっから矛先がちょっとおかしくなって現在に至るこの状況。
儀はキッチンに入り冷蔵庫からビールを手に戻ると俺の横に座った。
「飲みにいくのに、朝から飲むのかよ。」
「休みの特権って言ったのはヒロだろ。毎週土日は朝から飲んでるじゃないか。」
まあ、そうだけど。俺は今日仕事だけどね。
プシュっと缶をあけてビールを飲むと朝特有の旨さが喉に広がる。やっぱり北海道の地酒はビールだよな。
「なあ、ヒロ。そんなこと考えて俺といて・・・寂しくないのか?」
「寂しい?」
「いつ別れてもいいみたいな。俺に好きな奴ができたらあっさり別れるとか。多くを望まないとか。希望をもたないほうが・・・とか。なんか俺全然ヒロを幸せにできていない気がするんだけど、違うか?」
幸せか不幸せか、そう聞かれたら「幸せ。」
楽しいか、寂しいか、そう聞かれたら・・・そうだな・・・両方。
「儀はどうなんだよ。」
「質問返しかよ・・・。俺は楽しいし、幸せだ。悪いがヒロと一緒にいない自分の未来像なんか考えたこともなかった。遊んでいた昔の俺に関しては申し訳ないと思うけど、他の男を構うならヒロをいじくりたおしているほうがずっと有意義だ。
ヒロは俺が浮気したり他の男を好きになると考えているらしいが・・・俺はヒロにそんな可能性があるなんて考えたことがなかったよ、今の今まで。」
「そうだな、俺が儀以外の男を好きになる可能性はゼロじゃない。でも何となくな、いつかは儀がいなくなる、そういう気がするんだ。」
「どこにも行かねえよ。」
「どうだか。」
儀はいきなり俺の手からビールの缶を取りあげテーブルの上に勢いよく置いた。自分のビールも同じようにドンと置き、俺を強く抱きしめる。
いや・・・ちょっとどうした?
「信じる方が楽なんだろ?」
「ああ。」
「じゃあ、信じておけ。どこにもいかないし、いかれても困る。今俺は盛大に困っているし、ちょっと怖い。
ヒロが他の男?俺じゃない男を好きになる?
勘弁してくれないか・・・心臓がもたない。」
ちくしょう・・・嬉しいじゃないか、コノヤロウ。
「前に言っただろ?俺は真剣に恋愛をしようとしているわけじゃない。ヒロのことを真剣に考えている。昔の自分を恥じているせいで、いらん気をまわした。それがヒロに不快な思いをさせていたなら謝る。でも別れる前提とか希望を持たないとか、そんな寂しいことを言うなよ。俺・・・自分が情けなくて泣けてきた。」
「・・・儀?」
回された腕はとても力強くて、儀の顔を見ることはできない。
「楽なら信じておけ、俺も信じるから。」
「・・・わかったよ。」
「別れは二人で切り抜けるぞ。一抜けはナシで宜しく。」
「一方的だな。」
今度は胸の中から引きはがされて口を塞がれた。
両頬をがっちりホールドされて動けない。歯磨き粉の香りと僅かなビールの後味。ゆるゆると体の力が抜けてくる段になって、ようやく儀が力を緩めた。
「わかった・・・よ。ちゃんと信じておく。あと希望を持つよ。」
「当たり前だ。まったく・・・。」
「儀、もし俺以外の男にグラっときたら思い浮かべろ。」
「なにいってんだよ、お前。」
「俺が儀じゃない男の前で裸エプロン姿&焼きそば作ってテーブル囲んでいるシーン。」
儀がガチっと固まった。サアーと血の気が引いて青ざめる顔。そしてそのあとすぐにどんどん赤くなる。
ここに浮かぶ表情はほぼ100%「怒り」
すっげ~な、想像だけでこんなに怒れるのか・・・。俺は怒るより想像で簡単に泣けてしまうタイプだ。
「てめえ!そんなこと許すか!馬鹿野郎!!!」
物凄い勢いでソファに押し倒され、儀が馬乗りになる。
「ちょっと!儀!」
「ヒロの狙いどおり、淡い恋心どころか俺自身が全部飛んじまうくらいの破壊力だったぞ?俺じゃない男の前で裸エプロン?よりによって焼きそばだ?ああああ?ムカツク!有り得ない!絶対許さん!
いますぐここでキスマークだらけにするからな!」
パーカーと長Tがいっぺんに捲りあげられて儀の唇が噛みつくように降りてきた。
「おい!俺今晩も仕事だって!」
「関係ない!見えないところだけにするから安心しろ!」
結局表にも裏にもたっぷりキスマークをつけられるはめになった。だんだん・・・それですまないことになるのは当然の成り行き。
俺の心の吐露は変な煽りみたいな結果になって、さんざんな目にあった。儀は面倒くさくなったといって飲みにはいかず、俺はカウンターにハイチェアを持ち込み身体を労わった。
ぎっくり腰の一歩手前だという俺の嘘を信じた客たちは「マスターも歳だね。」と能天気に返してくる。
土曜の昼間は避けてきたセックスだが、腰を患っていることにしてこうやってハイチェアに腰かけてのポジションなら・・・取り組んでもいいかもしれない。
希望とはまた違うものだけど、儀の反応と独占欲に俺は昨日よりずっと安心できている。
今度裸エプロンで焼きそば作ってやろうか?
そんなバカみたいなことを真剣に考えるくらい・・・幸せを実感する。
やっぱり儀にベタ惚れだ・・・これもあわせて実感した少しだけ特別な・・・土曜日。
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