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March.5.2016 昔の女現る
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「あれ?ヅカ?久しぶり!」
ヅカ・・・俺をそう呼ぶ女はそう多くない。高校生のクラスメイトに何人か。あとは清美ぐらいしか思いつかない。振り向くとそこには清美がカウンターに座っていて手を振っている。
何年ぶりだ?5年?もう少し?要はそれくらい逢うことも話すこともなく、正直忘れていたといってもいいぐらい遠い存在の元彼女。俺らしい淡白かついいかげんな付き合い・・・そうは言っても出かけたりヤルことはしていたわけで・・・まあ、そういうことだ。
俺の顔を見て察したらしい村崎がオーダーの伝票をチェックするふりをしながら耳元で囁いた。
(いざとなれば指輪にチューで問題解決。)
思い切り足を踏みつけてやった。
「忙しいのにごめんなさいね。」
清美はそれだけ言うと、持参したらしい文庫本に視線を落とし、それ以上何も言わなかった。
昔も落ち着きのある女ではあったが、こういう余裕は持ち合わせていなかった。5年以上社会で揉まれれば身に着くものがあるということか。
ランチ時間の立て込んだオーダーを捌くために黙々と鍋を振る。お互いの担当をこなし、向い合せで村崎の皿のフォローをする。同じことが俺の皿にも行われ、ホール部隊がテキパキとそれを運び出す。
「はい、これ3番テーブル!」
「7番追加入ったから。メランザーネ単品、よろしく。」
「理、ちょいまち!」
理は盛り付けに何か不備があったと思ったのだろう、持っている皿を村崎に向けた。村崎はニンマリ顔で囁く。
(カウンター6番、鉄仮面の元カノ。きしし。)
・・・このヤロウ、なにが「きしし」だ!
理は俺の顔を無表情で見た。その読み切れない顔をどうしたものかと考えつつ、何故か頷いてしまう。理の眉間にイラっと文字が書かれたように皺がよりクルリと振り向きホールに出て行ってしまった。
俺の求められていたリアクションはどれが正しかったんだ!誰か教えてくれ!
せっかく仲直りというか俺達のいつものペースと空気に戻ったばかりだというのに、続けさまにアクシデントときた。何か悪いことでもしたか?毎日真面目に生きているというのに。
(こういうことはね、言っちゃったもん勝ちなの。コソコソが一番ダメね、わかる~~~???)
(面白がってるだろ。)
(いや、俺は別に飯塚を見ても楽しくない。理がどんな反応するのか興味シンシン。)
(趣味が悪いぞ。)
(いいので~す。ジェラっている理に興味あるし)
(・・・・・。)
「ミネさんと飯塚さん、なにかトラブルですか?」
北川がキョトンと囁き合っている俺達を見ながらシンクに下げてきた皿を押しこんだ。まもなくシンクは満杯になるだろう。だが客が引けるまでにはまだ時間がある。
「ハル、なるべく効率よく皿を突っ込めよ。トラブルってないよ~イケイケどんどん、オーダーどんと来いだぜ。」
「12番さんのテーブル空になってしまいましたよ。追加のトンノあとどれくらいですか?」
「あと2分で茹であがり!テーブルまでは2分30秒後!」
「了解です!」
(とりあえず真面目に仕事するか、ギアをあげるぞ!圭ちゃんみたいだろ。)
(誰だよ、圭ちゃんて。)
(もちろん錦織圭。)
カウンターに近い俺達はヒソヒソ会話。内容が外に漏れたら大変だ。村崎の皿の味が3割減になってしまう。
ホールにいる理にチラっと目を向けると、にこやかに客と何か言葉を交わしつつ皿を下げる作業中だった。まるでこっちを気にしている素振りがない。
とりあえずオーダーをやっつけるのが最善策。村崎の言うようにギアをあげるか・・・圭ちゃんみたいに。
結局のところ、清美と話をしたのは2分にも満たない時間だった。さすがに何も言わずにいるわけにもいかないのでコーヒーを飲みだした頃に傍に行く。もちろんカウンター越しだ。清美はこの世の中に偶然ってあるのねと笑っていた。東京で結婚生活を楽しんでいるらしい。今回は久々の帰省で「札幌は寒いわね。」とボヤいていた。昔話もなし、懐かしむ会話もなし。ただのクラスメイトとだってもう少し突っ込んだ会話になるのではないか、それくらいサラっとしたものだった。
「まさかヅカがこういう仕事しているとはね。幸せなんでしょ?今。」
「ああ、かなり幸せだ。」
「そんな顔してるもの。やっぱり私は力不足だったのね。」
「それを言ったらお互い様だ。清美もそんな顔をしている。」
「なるほど。おいしかったわ、じゃあね。」
二人の関係性が覗いたのはこのパートだけ。お互いに相手と幸せにやっているという確認をしたわけだ。なにはともあれ、幸せだと言える相手と対峙するのはいい。同じだけ俺の幸せを見せることができた。
ラストオーダーまであと30分。
とりあえずシンクのレスキューをするか。大皿が多いせいもあって、なかなかのボリューム。腕をまくって皿洗いに突入した。
そうだな・・・少し気持ちが浮き上がっているかもしれない。かつて関わりがあったものの忘れていた人間が幸せに生きている。それはとてもいい事に思えた。俺も幸せだと言えたことがさらに嬉しい。
「なに、浮かれてんだ、バカ衛。」
バカ衛、アホ衛、この場合は悪くない状態だ。いきなり「お前」のときは悪い時。洗いおえて泡だらけの皿を隣のシンクに沈める。理はそれを手にとってすすぎ、隣の水切り台にあげていく。
カウンターの客はひけているから囁き声じゃなくていい。俺たちの声は小声程度のボリュームだ。
「幸せらしい。よかったと思って。」
「旦那がいい人なんだろ。」
「聞いてたのか?」
「いや。ミネが教えてくれた時、指輪が見えた。」
相変わらず抜かりがないことだ。
「指輪してたのか。気が付かなかった。」
「このニブチンが。」
「俺の鈍さは今に始まったことじゃない。」
理はそれきり黙りこみ、黙々と皿洗いに集中しているように振る舞った。でも俺にはわかる、言いたいことがあるけど言うべきかどうなのか迷っているカモフラージュだ。水切り台が一杯になると、こんどは拭き作業に入った。
さて、どの段階になったら言う気になるのか。経験上、ここでつっついても理は絶対に言わない。聞きたいなら待つしかない。
だから俺も黙々と皿を洗う。
「なんなのよ。何かあったら二人で皿洗いって。」
俺は鉄仮面フェイスで村崎を見返した。いつも平然と受け止めるのに、僅かに目が見開かれる。なんだ?
「理!こえ~よ、やめろ、その無表情!」
村崎はこれ以上チャチャをいれたら理が本気で怒りだすと察して厨房の整頓にとりかかる。
おれの無表情は怖くなくて理は怖いわけか。鉄仮面も力がない。
拭き終った皿を棚に戻してしまうと、理はまた俺の隣のシンクですすぎの作業に戻った。
「あのさ、衛。」
「ん?」
「俺、衛の元カノって初めて見た。二人は笑顔で近況を話してじゃあねと別れただけだ。そこに何もないのはわかるし衛を疑っているわけでもない。でもなんか・・・現実に存在を見るとどうにもモヤモヤする。俺にとっては初めての経験。衛は俺が誰かとつきあって別れてを繰り返しているとき、これずっと見てたってことか?」
「そういうこと。」
「それなのに毎週飯くわしてくれてたの?」
「そうだ。」
「・・・。」
「どうした、今さらだぞ。それに俺は好きでやっていたことだし、理は押し切られて付き合うから別れるまで待っていればよかったから。やり過ごすのはそれ程きつくなかった。」
「もし衛が俺みたいに誰かと付き合っていたら俺・・・どうしただろうって考えてた。」
「どうなっていたかな。」
「まずはポンコツになっただろうな、間違いない。風邪をひいたら見舞いにきてくれるだろうか、じゃあ風邪ひくか~なんて平気で考えたはず。うわ・・・なんか落ち込む。」
「なに変なポケットに落っこちているんだ?そんな過去はなかった、そんな未来もない。」
シンクの底に散らばっているカトラリーを集めるふりをして理の手を握った。繋がった二人の手が洗剤の泡が浮いた水面の奥でユラユラしている。
「大丈夫だ。」
「うん・・・わかってる。」
「中休み・・・家帰るか?」
「・・・うん。帰る。」
名残おしかったが理の手を離して皿洗いに戻る。
今度は二人とも無言のまま。
不安や割り切れない何かは早目に解消するべきだ。
最善の方法を選択して。
今回の選択は家に帰ること。
ざわついた心は体の熱で凪ぐだろう。二人で協力すれば解決できないことはない。
理の反応を見たい?村崎、悪いがそれを見ることができるのは俺だけだ。
俺だけの特権だ!!
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