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March.14.2016 ミネとハルのホワイトデー
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「おはようございます。」
「おはようさん。」
ミネさんに髪をグシャグシャにされるいつもの朝です。淹れたてのコーヒーをマグカップに注いでミネさんに渡す。今日僕が選んだのは真っ黒のホーローのマグカップです。とてもシンプルなんですが、やや細長くてスッキリしたお洒落さん。ホーローじゃなくて「琺瑯」と書きたくなるような素敵マグ。
「お、気が合うね。俺も今日はコイツの気分だった。」
僕は自分用に「KAMI」を購入しました。職人魂に燃えると言ったミネさんの心意気を僕も感じたくって。薄い肌って口当たりがいいですよね。すっかりお気に入りです。理さんも「うすはり」で飲むとワインが美味しくかんじるって言っていましたしね。
「今日はアレだ、ハル。」
「どれですか?」
「いつものやる事が終わったらケーキを焼くんだよ。」
「ケーキですか?」
「おじさんがガトーショコラが大好きでさ。毎年ホワイトデーはガトーショコラを渡すのが恒例なんだ。今年からは半分でいいらしい。食べすぎるとよくないってさ。今年はたまたま休みだったから明日渡すのです。」
「へえ~そうなんですか。」
「粉を使わないレアな口当たりのやつね。ワンホール焼いて残りの半分はお客さん用。」
「お客さんですか?」
「たとえば、すずさんみたいな人ね。」
なるほど。常連さんは沢山いますが、すずさんはテイクアウトを会社中にひろめてくれたり。あとトアさんの電波デビューの切っ掛けもそうだったわけで。
「あと誰ですか?常連さん結構いますよ。」
後誰がいたかな?ギイさんはまだ初心者レベル1だし・・・。カウンターに鈴なりの女の人達かな?喧嘩になりますよね。コワイコワイ。
誰がいたかな~って顔でミネさんを見ると、フニャっと笑いました。
「残りはハルのおやつになるので~す。クリスマスはまだ先だからマグのお礼の先払い。」
うううう・・・そういうこと言うのやめてほしい・・です。でも嬉しいからどうしようもないですよね。
「じゃあ、いつもより頑張らないとですね。さっさとコーヒー飲んでシャワーですよ。パンツ取り替えてくださいね!洗濯は30分後です。」
「でた!ハルの「母ちゃんに変身。」美味しいコーヒー堪能したら活動開始だな。」
僕達の月曜の朝が始まりました。毎週こうやってミネさんのパンツを心配して洗濯と掃除。美味しい朝ごはんを食べてお買いものと常備菜作り。
今週のリクエストは決まっているのです。「ピリ辛コンニャク」と「蓮根のキンピラ」
僕は蓮根って水煮になっているフニャフニャのしか知らなくて、ミネさんが生の蓮根(この言い方正しいですか?)でキンピラ作ってくれた時、ぬおおお~ってなりました。たっぷりのゴマが最高!実家に帰ったときは母さんに教えてあげる気マンマンです。
そして今日はガトーショコラ!
◆◇◆
「はい、それではガトーショコラを作るよ。クーベルチュールチョコレートを細かく切る。はい、これハルの分担。できるだけ細かくね。さっさとしないとベタベタになるから頑張りたまえ。俺は無塩バターを刻むから。」
なんたらかんたらチョコレートを言われたとおり、ガシガシ刻みます。門前の小僧習わぬ経を読むってあるじゃないですか。あれって本当だと思いますよ。毎朝ごはんを作ってくれるミネさんや、厨房チームの手さばきを毎日見ていると、確実に身になっている気がするのです。効率?技?無駄のない動きといいますか、それを目でみて覚えるというか・・・なので僕はSABUROに関わる前と比べて色々できるようになっていると実感しています。チョコだってガシガシいけるしベタベタになる前にクリアしてみせます!
「バターとチョコはボウルにいれて湯煎かける。ハルは玉子割って混ぜてくれるか?白身が切れるまでしっかりね。」
「はい!」
白身が切れる、それだって理解できるようになりました。毎朝のだし巻は「まな箸」なる金属の箸を使って混ぜるのです。この箸めちゃめちゃ先が尖っていて洗剤のプラスティックも難無く貫通する威力。なんでも先を研ぐ職人さんもいるらしいですよ。和食器具の定番ですって。
「いいね~いいね~。グラニュー糖投下。ハル、少しずつ玉子入れて。」
泡だて器(ミネさんはピーター言います。)でチョコがトロトロに混ぜられて、だんだん艶々になってきました。うわ、これに指いれてペロっとしたい!でもミネさんは料理の時は厳しいので、そんなことしたらめちゃめちゃ怒られる自信があります。我慢、我慢。
「あとはこれを焼くだけ。180度で20分弱。意外と簡単だろ?」
「ほんと・・・ですね。」
そして20分弱の時間でガトーショコラはオーブンから脱出してきました。ぐふうううう、なんといういい香り!チョコレートの香りがキッチンに充満、僕の口には唾液が充満。
「今すぐかぶりつきたいって顔だぞ、ハル。」
当たり前です。焼きたてって殺人的な破壊力じゃないですか。冷えて落ち着いた方が美味しいと言われても、美味しそうなのには変わりがない!
「本日の作業はこれで終了~。よっしゃ、俺のお気に入りのパスタを食べさせてあげよう。ハルでかけるよ。」
「外で晩御飯ですか?」
「そういうこと。俺飲みたいから電車で行こうか。さ、用意をしよう!」
ジンギスカン以来のミネさんとのデートです!えへへ。
◆◇◆
「おい・・し。」
「だろ~~。」
メニューはミネさんがオーダーしました。僕は出てきた料理を食べるだけの楽ちん状態。
そして選んでくれたパスタの味にビックリです。こんなの食べたことがない味です。
「何の味がする?あと何が入っているかわかる?」
この緑色の細かいのは青シソです。間違いないですね、バジルじゃなくて青シソ。あと梅・・・と鶏のササミ。ガーリックががりっと効いていますがペペロンチーノみたいな辛みはない。
「青しそ、梅、鶏のササミ、ニンニク、オリーブオイル・・・ですか?」
「お~~合格。シソがほんとに細かく刻まれているだろ?そして梅がいいアクセント。鳥のササミはブロードでボイルしていると思うんだよね。そして味付けは塩だけだと思う。でもな~これ再現しようとしても、どうしても同じ味にならないのよ、残念ながら。」
「パスタはフェデリーニですよね。細麺がバッチリ合ってます。塩といっても色々ありますよね。それに梅だって全然味ちがいますよ?商品によって。」
「そうなんだよ~。ものすごい種類あるし、茹でるとき塩だけじゃない可能性もあるわけだよ。その何万通りにもなる組み合わせが解明できないの。やっきになって取り組んだ時期もあったけど、最近はこれでいいかと思い始めた。別にさ、世界で一番になりたいわけじゃないし、美味しいものは美味しいでいいかなって。客になって食べに来れば幸せになれるわけだから、競っても意味がないかなって。」
たしかに、このパスタはSABUROにはない味だ。素直に美味しいし、また食べたくなる一皿。ライバル心を燃やして頑張ったミネさんが目に浮かびます。
「SABUROにない味ですけど、勝ち負けじゃないと僕は思いますよ。そして再現できないな~ってミネさんが思ったのって諦めとも違う、そうですよね。」
ミネさんはワインを一口含んで柔らかく微笑んだ。
「どうしてそう思う?」
「だって、これはこのお店の味だから。逆に言うとSABUROの味はここにはないでしょう?ミネさんや飯塚さんがここの味より劣っているとか・・・そうは思えないのです。どっちも美味しい、どっちもまた食べたくなる。お客さんはきっと「あの店のアレが食べたい!」とお店に来てくれる。選択肢と優劣はまた違うかなって。」
「そっか。」
「そうですよ。すずさんみたいに、ずっと通ってくれている常連さんだっているんですよ。このパスタとエゾシカのラグーだったら、すずさん「私は絶対ラグー!!」って言うと思いますもん。」
「あははは、かもね。」
ミネさんは自分の皿からアマトリチャーナを取り分けてくれた。
「ほい、食べてみて。」
言われるままに小皿のパスタを食べる。ベーコンの旨みと玉ねぎの甘味がたっぷりのトマトソースパスタ。僕の大好きパスタです。うん・・・美味しいけど・・・けど。
「正直に言ってみて?」
「ええ・・・と。トマトソースはうちのほうが美味しいと思います。」
ミネさんは向かい側から身を乗り出して耳元で囁いた。
(俺もそう思ってんのよ。だよな、うちのほうが美味しいよな。よっしゃ!)
僕はおかしくなって笑ってしまった。やっぱりどこかライバル心はあるらしい。でもそれって大事なことじゃないだろうか。向上心を忘れてしまったら、そこから上には昇って行かれない。期待してくれるお客様に応えることができなくなってしまう。出来ない事を認める潔さを持ちつつ向上心を忘れない。
ああ~~あ、敵いませんよね。男前すぎませんか?フニャって笑うくせに…ほんとにもう。
「やっぱりハルはいいこだな~って改めて思っちゃった。久しぶりに楽しい外食をした気がするな。美味しい顔も、アレ?な顔も見られたし。アレ?な顔されないように頑張らなくちゃだな、俺。」
いいこって・・・子供ですか、僕は。
「おおお~来た来た、スペアリブ!」
男らしい皿がやってきました!
「これトロトロに煮込んだあと表面を焙っているからめちゃめちゃ香ばしくて旨いぞ。トロトロとカリカリ!」
「美味しそう!」
こうして楽しい時間が過ぎていく。ミネさんはずっと優しい笑顔を僕にくれて、僕はそれを受け取って胸の中にしまいこむ。
二人で過ごす時間がどれだけあるかわからないけれど、こういうのは大事にしたい。
そして帰るのは同じ場所で・・・それって幸せなことです。
だってミネさんのいない生活なんて、考えられないから。
僕に向けられる笑顔を大事にしながら、ミネさんが穏やかに暮らせるように僕なりに頑張ります。
いつまでも切ない子じゃいダメですからね!
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