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March.15.2016 すずさんの打ち合わせ
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今日はいきなり出鼻をくじかれた。
朝っぱらに校正ミスが発覚。複数の人間でチェックしても時たま、スルっとすり抜けるミスが生まれてしまう。対応に追われる羽目になり、仕事が増えて多方面に影響してしまうのが悲しい。
「なんで正木も私も見落としたのかしら!」
「本当です、舐めるように一文字ずつ見たんですよ?それなのにな~。腹立ちますわ!」
そ、腹が立つ、自分に。
「T-プリンツさんは何て?」
「途中で止めてくれたみたいです。工場こじ開けるって言ってましたね。和泉さんみたいな人が「こじあける」とか男らしい言葉を言うとなんかモヤっとよくないですか?」
意味不明だ・・・正木。
「修正したデータを確認してほしいということで13:00に来てくれます。」
「13:00はSONの佐々木さんとの打ち合わせじゃないの?そっちどうすんのよ!」
「修正データの確認だけですし、もし和泉さんが時間あるようでしたら一緒に打ち合わせしてはどうかと。今回のDMややこしい形式じゃないですか。印刷屋さんの意見を聞きつつデザインを詰めたほうが効率いいと思います。」
「まあ、そうだけど。和泉さん時間がないっていったらどうすんのよ。」
「その時は当初の予定どおり、佐々木さんと打ち合わせをすればいいだけの事です。」
「なんか・・・生意気。むかつく正木。」
正木は得意気な笑みを浮かべながら、「ようやく少し鈴木さんの思考回路に似てきましたかね。」そんなことを言った。
本当は会社以外での打ち合わせは好きじゃない。ましてや食べながら、飲みながらはさらに嫌。
でも今日に限っては、会社の中で息が詰まりそうになった。おまけに超絶空腹だ。
13:00に揃った面子に私が提案したのは、「まずは腹ごしらえをしませんか?」だった。このまま打ち合わせに突入しても集中できる自信がなかったから。
昼抜きだったのは私たちだけではなかったようで、急ぎ足でSABUROに向かいランチに突入。
そして今4人はテーブルに座り、満腹感を盛大に楽しみつつ幸せに浸っている。
現在13:30すぎ。無言で食べ続け料理を綺麗に平らげるのにかかった時間は僅かなもの。ランチにたっぷり1時間なんて贅沢は私達にない。
運ばれてきたコーヒーにホっと一息。
実巳君は「中休みに食い込んでも問題ないですよ。くだらない俺達のおしゃべり聞きつつ仕事したら逆にはかどっちゃうかも。」なんて言いながら、時間は気にしなくていいよと伝えてくれた。相変わらずの人タラシさん。章吾がいなかったら・・・って年下すぎ!
そこからは仕事の話しのみ。
「全国の顧客にだけプレセールを行います。宣材はDMのみ、商品の価格が価格だけに、ちょっと特別感ださないといけない。それで佐々木さんにご相談というわけ。」
クリアファイルからだした商品の資料をテーブルに並べる。佐々木さんはそれを手にとりつつ、僅かに目を細めた。この人って物静かでストイックな雰囲気ガンガンなのよね。誰が見ても男前の飯塚君とは違って・・・なんだろ、ついつい見ちゃうっていうのかな。でもパーツは普通なのよね。章吾は佐々木さんタイプかな、飯塚君レベルはそうそう生存していないだろうし。
「これを見る限り、商品に手を加えるよりそのままを綺麗に見せてあげたほうがいいかと。下手な細工はせずにです。ちょっと質のいい紙にシンプルに刷る。パッケージと形態に変化をつけたらどうでしょうか。」
サラサラとA4の紙にフェルトペンでラフを描きはじめた。佐々木さんはこのスタイル。ただのコピー用紙と黒いフェルトペンだけ。すべてがシンプル。
さらに一枚テーブルの上にのせ畳んだり折ったりしたあと、ハサミでカットしたりくりぬいたり。
「紙がペラペラなので、あくまでもイメージとして捉えてください。」
子供の飛び出す絵本の親戚みたいなものが出来上がっている。畳まれている側を展開していくと、少しずつ商品が現れる。くりぬかれた穴から部分的に商品が見えているのが面白い。
「それで、最終的に全部開けると、しっかりと商品が出て来る。これをこのままフレームにいれて飾ってもいいくらいのクオリティーが必要ですね。印刷でも感じられる商品のテクスチャーを見せることができると喜ばれませんか?商品名やサイズ、価格などは裏面に印刷する形で。何枚商品のプリントを入れる予定ですか?」
「8~12で調整中。でも十中八九9枚に落ち着きます。」
真っさらの紙をとりだし、今度は文字を書きだした。これは完全にメモだ。
「和泉・・・和泉さん、紙は220ほしいところだけどポストカード状のものが9枚、それにカバーというかケース、それと封筒。郵税のグラム数が気になる所だ。今回のコンセプトなら最低180はあるべきだし、そうなった場合の郵税と紙質と価格の一番いいバランスを見つけてくれないか。」
「そうですね。デザインが上がっていないのでどのあたりの紙にするのかで見積もりも変わります。鈴木さん刷枚数の予定は?」
「MAX3000。一応1000と3000、5000の見積もりが欲しいですね。」
和泉さんは佐々木さんにニッコリした。え・・・なんで?
「佐々木さんのイメージではコート系はないですね?マット系で発色のいい紙を探します。」
「たぶん、マット・・・かな。マットコートの可能性も無きにしも非ずだけど・・・今はなんとも。」
やけにツーカーじゃないですか?よく仕事をする間柄なら不思議もないか。私だって今日の正木のパンツの色を当てるくらいお手のものだ。(単純にブルー系のチェックしか買わないってだけなんだけど。)
正木は佐々木さんのラフを手にしながら和泉さんに言った。
「和泉さん、でもこれ・・・こんなに穴あけたり、色々するってことは単純な定型の裁断じゃないですよね。これ型つくったら結構なコストになりませんか。」
「それはやっぱり・・・かかってきますね。もしコスト面を飲み込めないとなると、デザインコンセプトが変わりますから、この方向性はなしということになる。そうなると・・・SONさんもうちも二度手間三度手間になります。結局は鈴木さんと正木さんがどの方向でいくか決めてくれないと、僕達も動きようがありません。」
和泉さんって・・・見た目に騙されると大変なことになるのよね。出来ないことは出来ないっていうし、今みたいに、あんたたちが決めてくれないと仕事にならないんだけど?みたいなことサラっと言う。正木がお気に入りの「こじあける」みたいなことも平気でやってのけるし。
「鈴木さん、俺達これに便乗してラクしませんか?」
「どうやって楽するのよ。正木が使える男になってくれれば楽ができるけどね。」
佐々木さんと和泉さんが小さく噴きだした。まだまだってことよ、正木!
「このプレセール年に2~3回あるじゃないですか。その度にあ~でもこ~~でもないって煩わしいことこの上ないでしょ?通常のイベントは待ってくれないし。だから型を作っちゃって、DMの形状は変えない。この都度商品コンセプトにあったカラーリングを決めるのはどうでしょうか。佐々木さんのラフからするに、これ色が変わるだけで全然雰囲気変わりますよね。」
「もちろん。変化をつけるのは可能ですし、面白いかもしれない。」
和泉さんは紙サンプルを取り出しながら言った。
「年間で飲みこむとすれば単価的に合いませんか?紙質や組み合わせを変えるだけでも見た目かわりますし。手触りに拘ってもいいですね。こちら側も色々提案できます。」
正木、アンタたまにはいい事言うじゃないの。
「よし。その線で行こう。私はプレセールの通年コンセプトとしての企画を立てるわ。ラクをするために企画書ぐらいは書かなくちゃね。
佐々木さん、この線は社内的にひっくり返るようなことにはならないはず。というかそうします、私が。この方向でデザインつめてくれますか?」
「わかりました。それではだいたいのデザインプランが決まったら、和泉さんと紙の詰めをします。そこで一度打ち合わせをさせてもらいましょうか。」
「問題なし!」
次のアポがあるからと佐々木さんと和泉さんは慌ただしく店を出た。ドアから出たすぐあと、佐々木さんが和泉さんのネクタイの結び目をキュっと整える姿をみたとき・・・正木じゃないけど、私もモヤっとした。
「なんすかね、あの二人。格好よくないですか?」
「格好いい?どういう意味で?」
「なんか自然ですよね。おまけに無駄口叩かないけど、手厳しいみたいな?鈴木さんの厳し~~~い!とはまた別物の・・・モヤっとするな~。」
「モヤって・・・なんなのよ。」
「う~ん、なんでしょうね。わかりません。
ふ~~。一つ方向性が見えたってことは今日みたいな日だと、より嬉しいというかホッとします。」
「ほんとね~。正木のアイディア、ラクをしようが入口だけどなかなかよかった。」
「ありがとうございます。社内でひっくり返ることがないなんて言っちゃいましたけど大丈夫ですか?」
「私を誰だと思っているんだ正木君。自分の欲しい結果が決まっているものに対して言葉を積み上げるのは私の得意分野だってこと、忘れちゃった?」
「いいえ、忘れてませんよ。俺、それ絶対モノにしますから。毎日鈴木さんの昔の企画書ひっぱりだしておさらいして勉強中です。」
「やる気があってよろしい。」
言われたことしかしない部下もいるし、頼んでもいない事をやってきて仕事を増やしてくれる輩もいる。でも組織ってそんなもので、対外的な事より社内で営業をすることのほうが断然多い。今回の企画書だってそう。上のオッサン達が「ほう、いいね~。」と思える流れを提示するのだって、ある意味営業だ。企画書という皮をかぶった営業トーク。こういう事は面倒だけど自分の環境を整える上では必須だったりする。そんな日々を続けていると、正木のように実務以外の勉強をする人間は信用できる。まあ、これも正木なりの私に対する営業かもしれないけどね。
「はい、これどうぞ。」
実巳君が出してくれたのは、美味しそうなガトーショコラだった。
「なにこれ、どうしたの?」
「なんと今年ホワイトデーが定休日にぶつかっちゃってね。13日と今日、ココットでチョコレートムースを出すことにしたのですよ。チョコくれたお客さんも、じゃない人にも平等にね。んで、俺個人的に思いっきり不平等にすることにしたってわけ。」
実巳君はココットを正木の前にだす。
「はい、お客様は平等のグループです。」
「あきらかに・・・不平等じゃないですか?鈴木さんの方が…ゴージャスです!」
「すずさんの貢献度を考えたらココットなんてだせないです。だから俺が感謝したい人にだけガトーショコラを出すことにしてワンホール焼いたのでした~。」
うわあ・・もう。どうしてこういうことしてくれちゃうのかしら!
「それでこれ彼氏さんと一緒にどうぞ。ワンホールじゃ多かったんだ、どっちみち。2P入ってますから。それより多かったら会社の人に盗られちゃうでしょ?」
小さな箱が入ったビニール袋がテーブルの上にポンと乗る。今日は始まりが最悪だった。でも打ち合わせがうまくいって、おまけにご褒美が来た!たぶん今日中に企画書は問題なく書きあがり、明日には上のOKがもらえるだろう。これはもはや確信、絶対的な確信だ。
「ありがとう・・・実巳君。章吾と別れたら私とつきあって!」
「すずさんならいつでもOK~~です!」
フニャっと笑って実巳君は厨房に戻って行った。ああ、ほんとに、なんで実巳君が振られ男なの?私には全然理解できません!
「鈴木さん・・・年甲斐もなく・・・。いや~でもわかりますけどね、あのシェフいつもやることがさりげないしスマートですよ。見習いたいですね。あのひともアレです・・・モヤっとします。」
正木・・・そのモヤっていうのは万能だね、意味がわからないけど何となくわかるし。
勿論私達は時計を気にしながらデザートにかぶりついた。
今日の午後は朝の遅れを取り戻せると勢い込みながら。
「鈴木さん、俺今日サクサクいける気がしてきました!後手に回った分取り返しましょうね!」
正木はそれなりに育ちつつある。
やっぱり、今日は一気に「いい日」に変身するだろう。
間違いない!
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未読の方にはなんのこっちゃ?な登場人物かもしれません。佐々木と和泉の二人は「てのひら」に出てくる主人公カップルです。
ちゃんと社会に揉まれて頑張っているようで一安心。続編を書くことはないと思われるので出てもらいました。
ちょいちょい名前だけは出していましたが「姿」は初めてww
関係は続いているようで、なによりでした。
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