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March.20.2016 オーヴェルジュ その3
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「やっぱりフレンチって違うなって思った。」
「そうだな。うちのとは全然違う。」
前菜としてでてきたアヒージョは真ツブだった。ツブの貝殻の中に盛り込まれていたし、貝殻は皿の上で焚火になっていた。演出というスパイス。
正直SABUROではそういう事はできないし、そういう料理を出したいわけではない。
「美味しかったけど、俺は盛り付けより、美味しい物をたっぷり食べたい派だから、う~~ん・・・年に1回くらいでいいかな。ミネと衛が作る「さあ~召し上がれ!」って感じでドンとテーブルの上に置かれる皿のほうがずっと好きだ。」
「bon-appetit だな。」
「そ、まさしくそれ。ボナペティ~~。召し上がれ~~。あ、でも野菜のカットは綺麗だったな。女子が喜びそうじゃない?ああいう綺麗なの。」
「それは言えてる。紫大根のスライスが綺麗だったし。」
「あ~あれ、収穫時期がきたら道の駅で売ってるよ。一本100円とか、そんなくらいで。」
「じゃあ、実家に帰ったときでいいから仕入れて来てよ。品定めは飯塚にまかせる。」
「たしかに、俺じゃ野菜の良し悪しは見極められない。」
俺とサトルはテラスにいた。少し肌寒いけれど心がゆったりしているせいか気にならない。
飯塚とトア、ハルの3人は外にいる。空を見上げる3人を見ながら、今日一日がとても自分にとって重要だったことを実感した。
店からも家からも離れて、仲間と一緒にささやかな旅行をした。
小樽の海と全然違う色をした海と海岸線を初めて見て、2時間程度の距離なのに見える景色の違いに驚いた。
右手に海、左手は延々牧場が続いている。仔馬が母馬の周りをスキップするみたいに跳ねていた。折れそうなくらい細い脚で飛び跳ねている姿を見ると自然に笑みがこぼれてしまう。
放牧されている馬と共存するように、鹿の群れが柵の中にいるのにも驚いた。ある程度の距離を置きつつ、地面に鼻を突っ込んでいる。
札幌の喧騒、都会の空気とはまるで違う世界。自然を目にして驚くことは、とても大事なことのような気がする。街路樹や道端の草、植えられた花。ベランダから見える藻岩山の色。建造物やアスファルトの合間に僅かに存在する自然の姿にしか触れていない毎日。
ここにある雰囲気は全然違う。このすっぽり包まれているような感覚は経験したことのないものだ。
「本当に暗いな、田舎は。」
「そうだよ、そしてここは何もない。こんな奥にオーベルジュがあるなんて知らなかった。よくみつけたなトア。すごいな、ネットって。」
来る途中でみた牧場のように、建物の前は広い草地。細い道が建物まで続いていて、草地をぐるりと囲むように牧柵がめぐらされている。
建物の内側から漏れ出る光以外ここにはない。そして音も。
空を見上げる三人の話し声が途絶えると、シーンという音が聞こえるくらい、ここには静寂が存在していた。
「札幌育ちの俺でさえ、なんかすごいなって思っちゃったよ。本州の人がきたら喜びそうだな。」
「そんなもんかな。俺にとっては小さい頃から当たり前にある風景だったりするけどね。でも星に関しては忘れていたよ。田舎の空にこれだけの星があることをね。
衛とベランダで眺める空には無い景色だ。」
「だ~~な。」
「桜の季節に皆で来よう。花見をして、山菜でも採るか。」
「山菜?」
「三つ葉、かたくり、行者ニンニク、フキは絶対はずせないし。」
「山菜わかるの?サトルが?」
「田舎育ちを舐めるなよ。俺の秘密の山菜スポットを教えてやる。」
サトルが山菜?秘密の山菜スポット?
込上げてくる笑いを止めることができなくて、俺はおもわず噴きだしてしまう。
「なんだよ、笑う事ないじゃないか。」
「いや、いや、いや、意外すぎる。昆布の値段を知っているとか、山菜採りができて、しかも秘密の場所まで持っているってさ!なんというか、すごいなサトル。キレッキレのサトルもいいけど、その意外性もかなりいい!俺、今、絶賛ギャップ萌え中!」
笑いが止まらない俺をサトルは呆れたような顔で見たあと、同じように笑い出した。
笑い声がきこえたのだろう、3人が振り向いて俺達を見上げた。
「あ!あれってもしかして北斗七星じゃないですか?ミネさん、そこから見えます?振り向いて空見てください。北斗七星が縦になってますよ~~。」
ハルに言われて空を見上げたが屋根が邪魔で見えなかった。
「残念~見えない。」
「すごくきれいですよ!降りて来てくださいよ~理さんも。」
「だってさ。行くか。」
「そうだね。」
テラスから室内に入り、上着を羽織る。
「今度の木曜日、ハルの卒業式なんだ。」
「え?そうだっけ?あ~~そんなこと言ってたね。その日はトアと二人で回さなくちゃだね、ホール。」
「そうなるね。それで夜は早目にクローズしようかと思って。」
「お祝い?」
「そう。こないだトアの誕生日の時も思った。大事な人には大事に想っているって事、ちゃんと伝えることを忘れちゃいけないなって。
ハルにとっても俺達にとっても節目になる、そんな気がしてさ。おじさんと、あとハルの家族の皆さんにも来てもらったらどうかなって。」
サトルはニッコリ笑った。俺の肩をポンポンと叩く。
「うん、そうしよう。それがいい。店には食べ物もアルコールもたっぷりあるし、SABUROが特別な場所だって実感するのはお客さんだけじゃない。俺達だってそれを感じる時間を持つことは大事だよね。
大事な人と特別な場所、そしてお祝い。」
「まだサトルにか話してないけどね。」
「何言ってるの、ミネ。誰が反対する?大賛成に決まってる。」
そして俺達は北斗七星と空に溢れる星を確かめるために部屋をでた。
できるだけ今夜が長く続くように・・・続けばいいと願って。
夜空に瞬く星たちに、そんなお願いをしてみようか。
なんだか叶うような気がするんだ・・・ここでなら。
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