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March.21.2016 理の実家にて
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朝目覚めて、皆で少し散歩をした。空気が美味しいなんて久しぶりに思ったし、人工物がなにもなくて見えるのは空と雲。まだ葉をつけていない白樺の木。青空なのに雪がチラチラ舞っていた。
天気雪は青い空と相まって、とても綺麗だ。
ロビーに座って暖炉の火を見詰め始めると、なかなか視線を外せなくなる。
暖炉を見ている全員の口数が減っていく。
そうやって朝の時間を贅沢に過ごした。朝食もすこぶる旨かったし、また泊まりたいと思える場所になりそうだ。
朝「おはよう」と言ったら北川の顔がボンと赤くなったのは何故だろう。理のぶちかました発言のせいで、俺がうなじにキスを落している姿を想像したのかもしれない。
・・・まったく。
そしてスタッフの丁寧な見送りに恐縮しながら理の実家へと向かった。
「いいところでしたね、トアさんナイスチョイスです。」
「いや~ハルさん我ながらデカした!と言いたい場所でしたね。星が綺麗でした!北斗七星を見ましたが死兆星は見えなかったので一安心です。」
「なんですかそれ。」
「ええ~ハルさん、『北斗の拳』知らないのですか?」
「あ~聞いたことあるけど、読んでいませんね。格闘系もいけるのですか、トアさん。」
「いえ。あれは兄が好きで買いそろえていたので読んだだけです。って何の話しでしたっけ?」
村崎がぶっと噴きだした。なにやら昨日から随分ゆったりした顔をしている。少しは息抜きになったのだとしたら今回の計画は成功だろう。
「二人のおしゃべりは聞いていて和むな。」
村崎はそう言って窓の外を見る。馬を眺めて微笑む顔は穏やかだ。今日は俺が運転することになり、理は助手席に座っている。後部座席は昨日と同じ配置だ。
左手に海、右手は牧場。昨日とは真逆の景色を眺めながら一本道を走る。
「トアとハル、あとミネが散髪グループだね。」
「3人もいっぺんに押しかけてタケさん、大丈夫でしょうか。」
「問題ないってさ。大丈夫かって俺も聞いたんだよ。「何言ってんの?俺をバカにしてるわけ?」って言ってた。」
「言いそうですね・・・タケさん。」
10:30少し前に到着した理の実家。コンビニの駐車場にはけっこうな数の車が停まっている。繁盛しているのは何よりだ。車を美容室側に停めて店に入った。
「おはようございます。」
「お~衛、理、おはよう。よかったか?あそこ。」
「ええ、予想以上によかったです。」
理の後ろから3人が続く。
「今日は宜しくお願いします。」
「おはよう。君たちをさらにイケメンにしてあげようじゃないか。ハルはまた崩れてるな~。」
「そんなこというなら札幌にお店をだしてくださいよ。」
「そんなことできるか!綾子と離れるのは嫌だ!」
キャイキャイ始まった会話を放置して、俺と理は母屋に向かい、綾子ちゃんとご対面と相成った。
「ちょっと見ないうちに大きくなってるよな。」
「そんな気がするな。」
「もうすっかりこの子は武本家のアイドルよ。」
紗江さんは洗濯ものをたたみながら言った。なるほどね、アイドルか。一番キャーキャー行っているのは兄さんに違いない。
「今日から散髪代は2000円ずつ払う事にしたんだ。」
「あら。でも由樹は受け取らないと思うけど?」
「綾子基金にしてって言ったら納得してくれたよ。一回が2000円でも、俺達が通い続ければ積み重なるだろ?学費の足しにするとか、好きな物を買ってあげるとか使い道は色々あるしね。」
「そっか・・・有難くいただくことにするわ。通帳つくろうかしら。」
「いや、そんな額にはならないから大げさだよ。」
「お年玉もあるし、私の500円貯金箱が一杯になったら、その口座にいれればいいから。綾子名義の通帳があったほうがいいわよね。そうしよう!今日さっそく銀行に行かなくっちゃ。」
紗江さんは沢山のタオル類を抱えて立ち上がると部屋を出て行った。綾子基金・・・本当に皆の子供みたいだ。月に1回か2月に1回、こうやって顔をみて成長を見守るという新しい役目が生まれたようで嬉しい。
いつか俺の名前を呼んでくれる日がくるのかと思うと感慨深い。
「なに、ニヤニヤしてるんだよ。」
理は俺の鼻をむんずと掴んで笑っている。トアの言う「バカ叔父」に理もなるのだろうか。お土産を持って逢いに来るのもいいだろう。一緒に服を選んだり、誕生日プレゼントを買いに行く。
なんだか楽しくなってきた。
「バカ叔父になるのかな、あと誕生日のプレゼントを買いに行ったりできる。楽しみが増えたなと思って。ニヤニヤ顔にもなるだろう?」
「そうだね。プレゼントか。今度来るときはお土産を必ず買って来よう。木のオモチャの店がどっかにあったよな。裏参道だっけ?あとで調べてみよう。」
クスクス笑いながら紗江さんが戻ってきた。
「あのね~まだ木のオモチャは早いと思うけど?それより衛君、あの1kgの茹でたパスタはどうするのかしら?」
ああ、そうだった。昼ごはんはナポリタンにするから麺を茹でておいてもらったんだった。
父親から受け継いだ村崎のナポリタンレシピ。横浜のホテルがナポリタン発祥らしいが、そのホテルにいた人から教えてもらったらしい。ケチャップを使わないナポリタンだ。そしてパスタは太いものを選んで前日に茹でておく必要がある。水でよくしめる。この一手間とオーダーがなかったときのロスを考えると店では出せない。村崎が自分で食べたくなったり、誰かのリクエストがでたときにしか出ない賄だ。
さすがにこれはすずさんでも食べたことのないメニュー。客のしらない裏メニューだ。
「父さんがナポリタン好きだっただろ?それを衛に言ったらミネに頼んでくれて。ちゃんとソース持参で来たんだよ。」
「あとで台所をお借りできますか?」
「あたりまえじゃない。やった!今日御飯つくらなくていいのね~。店は両親に任せちゃってるから、自然と私の分担になっているの。でも毎日のことって大変よね。献立にも悩むしね。それに人が作ったものを食べるって嬉しいのよね。
茹でた麺は冷蔵庫に入ってるし、足りない物があったら店の商品使っていいわよ。私が買うから。」
「いえいえ、材料もありますから大丈夫です。あ、でもバターは持ってこなかったので、バターを使わせてもらいます。」
「どんどん使って使って!衛君作り始めるとき声かけてね、私、そのレシピを頂戴することにしたから。レパートリーが増える、ラッキー。」
俺達は三人が戻るまでのあいだ、スヤスヤ眠る顔を黙って見続けた。
◆◇◆
「まずバターを溶かしてマッシュルームを炒めます、次にハムを入れます。」
村崎はダイニングテーブルの上にカセットコンロを出してもらって同じタイミングで作りだした。俺の隣には紗江さんがいるわけで。3人並ぶには家庭用のコンロは小さすぎる。理の実家はIHじゃなくガスだった。やはり焼いたり炒めたりするのは「火」だと思うのだ。勿論俺達の家の台所もガス。ずっとそれで料理を作ってきたので、IHを使った時やりにくく、旨いものが作れる気がしなかった。鍋を離すとIHが反応しなくなる。鍋を振れないでどうして料理ができるのか?ひたすら箸やトングでかき混ぜる?鍋を振ってあおってナンボじゃないだろうか。まあ、あくまでも俺個人の見解だが。
「次に麺を入れます。」
「うわ~これアルデンテとかの世界じゃないよね。」
「そうなんですが、意外とこれがモチモチの食感ですよ。」
「う~ん。うどんも蕎麦も伸びたの大嫌いなのよね。大丈夫かしら。」
「大丈夫です。村崎、ブロードないから水でもいいか?」
後ろから聞こえてくるジュージューという音。振り向かずにそう聞けば答えるのは北川だ。
「こちらは最初からお水を用意してま~~す。」
はいはい、そうですか。北川はよく村崎の横にはりついている。時々メモをしているようだし、作る事にも興味を持っているらしい。残念ながら理にはその面がない。餌付けは楽しいが、台所に並んで一緒に作るのもいい・・・と思っている。(言わないが・・・。)
「麺が一晩おかれているので、水を入れて麺に水分を戻します。そのあとトマトソースです。」
ジュウウウウウ
「いい音!いい香り!お水じゃなかったら何を入れるの?」
「店ではブロードですね。ブイヨンと同じものです。家庭なら水でいいでしょう。あとトマトソースが無かったら、それこそケチャップで充分ですね。ケチャップの場合はピーマンや玉ねぎを入れたほうが合います。」
「あ、そういえば玉ねぎもピーマンも入れてないのね。」
「ナポリタンというかトマトソースパスタですからね、これ。パスタにソースが充分馴染んだら、ここで乳化させるためにバターを入れます。香りづけの意味もあるようです。塩コショウ最終調整。」
無事パスタは完成。それぞれ皿に盛り、総勢9人でテーブルを囲むことになった。紗江さんが美味しい卵スープを作ってくれたので一品ランチにならずに済んだ。
「いただきま~す。」
トアは2ブロックの無造作にグシャっとしたトップの髪型に変わっていた。収録の前にここに来た方がよかったのにと思うほど似合っている。
村崎はすっかり短くなっている。ランダムな長さの髪が頭の上で動いている感じ。奇抜すぎないけれど個性的。まさしく村崎だ。
北川は全体的に丸くなっている。まっすぐの髪、厚めの前髪。これは女性でもOKな髪型だ。グリーン系のアッシュカラーに染まっていて、単純にかわいいわけではないのですよと言っているようだ。
さすが兄さん、いい仕事をしている・・・。
「衛君、これ美味しいな。母さんや紗江が作るのと全然違うが、これも気に入った。」
「気に入ってもらわないと困るよ。父さんの為に作ったんだからさ。」
「あ・・・ありがとうございます。」
「衛君に作り方教わったから、いつでも作れるわよ。あ、でも一晩寝かせないといけないので、前の日にリクエストしてね。」
「紗江、前の日に次の日食べたいものなんか思いつくか?だいたいは「今食べたい!」と思うものだ。」
「これは例外なの。」
交わされる会話と笑い声。美味しいという言葉。そして気に入ったと言ってもらえた。よかった。
「綾子がくれた縁だな。皆さん遠慮なく遊びにきてください。5月の桜はとても綺麗だから是非見に来るといいですよ。綾子もこんなお兄さんがいて喜ぶだろうな。大きくなるのが楽しみだ。」
「父さんの言うとおり。だいたい女の子はお兄ちゃんを欲しがるものよ。私は歳の離れたお兄ちゃんが欲しかったもの。理は弟だし、下がいるから別に妹を欲しいと思わなかった。でも長女の私に兄は無理。でも綾子は違うわ。バリエーション豊かなお兄さんがいっぱい。もしかしたらここの誰かに初恋しちゃうかもね。」
「それは俺が許さない!最低でも俺より20歳は年下じゃないとオール却下だ!」
兄さんの宣言に全員噴き出しテーブルは爆笑の渦になった。
理が皿洗いを買って出たので俺も一緒に洗う事になった。
二人で台所に並んで立つ。後片付けを自分から言ったくらいだ、たぶん理は言いたいことがあるのだろう。
黙々と手を動かしながら理が話し始めるのをじっと待った。
「あのさ・・・。」
「ん?」
「今日はありがとう。父さんが喜んでいたし、皆でごはんが食べられてよかったよ。」
「気に入ったって・・・言ってくれたな。俺はそれが嬉しかった。」
「俺が考えていたことは、やっぱり言わなくてよかったってことなんだ。」
ああ・・・去年の誕生日の頃だ。理が親に嘘をついているような気がすると悩んでいた事があった。
理なりに結論を出してから、この事が話題になったことはない。
「もし打ち明けていたら、今日みたいな食事はできなかっただろうって。」
「そうかもしれないな。」
「父さんや母さんが衛の事を受け入れてくれなかったかもしれない。また遊びに来てなんて言ってくれてなかったと思う。」
「そうだな。」
「言わなくてよかったって・・・今日確信できた。でもやっぱり衛に申し訳ないって。」
「なんで?」
「本当に大事な人だって事を言えない。一番安心させたい親に言ってやれない。そして俺の大事な人である衛の事を・・・俺は・・・言えない、たぶんこれからもずっと。」
俺は動かしている手を止めた。
蛇口をひねると水音が止み、リビングから聞こえてくる笑い声と会話がかすかに聞こえる。
理の手をしっかり握った。
「理が決めたことだ。言わなくてよかったって確信したんだろ?それでいいじゃないか。隠しているわけじゃない、言わない優しさをお前は選んだだけだ。
大事に想ってくれている、そして傍にいてくれる。俺にとってはそれが一番大事な事なんだ。
気に病むことはない。俺達が一緒にいるために、リスクの回避をしているだけのことだろ?」
「衛・・・。」
「俺は、理が傍にいれば何だって乗り越えられる。乗り越えてみせる。」
「俺・・・衛と一緒になれて・・・よかった。」
理の手のひらが返って、5本の指がしっかりと俺の指と絡まる。
しっかりと手を握り合いながら、そっと触れるだけのキスをかわした。
「一緒になれてか・・・プロポーズしたっけ?」
「どうだったかな?」
「何にせよ。俺達は一緒にいる。いつまでかなんて解らない。でも今は一緒だからそれでいい。
昨日も明日も傍にいる。それを積み重ねていけばいいだけだ。理、また迷ったら今みたいにちゃんと言ってくれ。一人で抱え込まないで俺に甘えろ。」
「俺様だな・・・・ありがとう、衛。」
俺達はいつものように、それ以上言葉を交わすことなく皿洗いを続けた。
言葉にする大切さ。
それを噛みしめる無言の大事さ。
それを心に感じながら、隣の存在の大きさを実感する。
一緒になれて.・・・か。
・・・一緒になれて、よかった。
理、ありがとう。
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