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april.11.2016 ハルとミネの月曜日
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「陽射しが大分春っぽくなってきたな。」
ミネさんはそう言って青い空を見上げた。澄み切った空は綺麗だけど、気温は5度で寒いです。春は確実に近づいているけれどポカポカを楽しむのはもう少し先だ。
「ですね。お花見が楽しみです。」
「誕生日は夏だけどハルは春っぽいな。」
「そうですか?初めて言われました。」
「うん、ふわってしてる。髪も柔らかいし。」
ミネさんがあまりにも自然に僕の髪をクシャっとしたからドキっとする。頭ガシガシには慣れたのですが、最近はよくクシャっとされます。嬉しいけど・・・ドキドキします。
朝御飯のあと洗濯ものを干したら近所のスーパーに買い出しです。
ここで支払われる毎週の食費を見ると、寮費がべらぼうに安くて申し訳なくなる。
それをミネさんに言ったことがありますが、アッサリ言われちゃいました。
「俺の楽しみを奪うなよ~。」
楽しみって何ですか?
僕に食べさせることですか?
今までの僕の経験値なら、この言葉を下手な口説きと認識したはずだ。でもミネさんは、邪な気持ちはまったくない。自分の作った料理を嬉しそうに食べる相手・・・それは必要な人間だ。
「仕事」の成果を裏付ける誰か。
どうしてもたまに僕はグズグズしてしまいます。
ちょっと疲れているとか、スポっとポケットに入っちゃう時ってありますよね。そんなこと考えちゃ駄目だ!なんて自分を叱ったりしていましたが、それは止めました。
どうしようもない事を考えたり悩んだりも必要なのかもしれないって思うのです。考えたり、悩んだり、迷ったり。その都度自分が何を望んでいるのかを確認します。結局やっぱりミネさんには笑っていてほしいから、僕がふさぎ込んでいると笑顔を貰えない。
最終的にはミネさんの笑顔にいきつく・・・それでいいですよね。
大荷物を抱えて買い物の始末と晩御飯の支度になる。
「それ5等分ね、人参はフードプロセッサで砕いて・・・んん、3等分。豚肉は二つに分けてチルドに突っ込んでね。あとセロリも人参と同じで。魚はふた切れずつにして・・・。」
テキパキと指示をだしながら、ミネさんは出汁を引き始めた。
そう、この家には「ほんだし」的なだしの素がない。
毎朝の味噌汁だって、煮干しと昆布。かつおと昆布の日もあるから、朝から贅沢です。
「朝から添加物はよくない。舌が商売道具だから、つねにクリアにしておかないとね。」前にそう言われてから「味」をちゃんと理解しようと意識しています。甘いとかしょっぱいじゃない「うま味」や素材の味を味わう。
ミネさんの食育は確実に僕を変えているようです。何日か前、なんだか急にカップヌードルが食べたくなって久しぶりに口にしたら塩味の強さに驚いた。
こんなしょっぱいもの食べてたの?と
全部コンビニ味というくくりだった食べ物たち。それぞれのコンビニの味が違う事にも気が付くようになった。
ミネさんは歯磨きだって独特だ。歯を隅々までみがいて、舌を磨く、上あごやら口の中、それにオエっとなる喉の奥ギリギリまで歯ブラシでゴシゴシする。
初めてすさまじい音(おえ~ってやつね)を聞いたときは、びっくりして洗面所に駆けつけました。
そこには歯ブラシをありえないほど深く口に突っ込んでいるミネさんがいたのです。
ちゃんと説明聞いて安心したけれど、本当に驚きましたよ。
「ハルの大好き肉じゃがにしよっか。せっかくビール買ってくれたしな。じゃあ、芋の皮むきしてね。」
ミネさんの肉じゃがは汁なしだ。ジャブジャブしていない。煮汁を全部芋が吸い取ったみたいな旨さです。そうなると肉は主役じゃないので、豚コマを細かく叩く。
ひき肉ちっくなほうが美味しい。
「さすがに覚えたな、エライエライ。」
ミネさんはビール片手に厚手の鍋に肉を入れる。そのままほっておく。
焦げそうな手前でひっくりかえして、またほっておく。
「炒めないのですか?」
「うん、ひき肉たって肉だからね、きつね色になるまでイジラない。動かすと水分がでちゃう。それは旨みだから肉の中に留めたいし。」
満足する出来になると玉ねぎ、イモと人参をゴロゴロ投入。生の芋に肉の旨みを吸わせる感じ。
「ほらみて。芋のふち3mmぐらい透明に変わっただろ?」
「あ、ほんとだ。」
「そ、これ油が回る程度に炒めるってヤツ。料理本によく出てくるから。うし、ダシ投入」
ジョワアアアア
いい音だ・・・これで不味くなる可能性がゼロになる。
「芋の2/3程度の煮汁だね。まず砂糖、ちゃんと一回沸いてから味をみる。この味の見極めは「ちょっと甘すぎ!これ失敗でしょ!」ぐらいの甘さにすること、これ大事。」
「個人差でますよ、それ。」
「だからこそ、家庭の味になるんだよ。」
「・・・なるほど。」
料理酒をじょぼん、醤油をちょぼん・・・。
味見をさせてもらう。さっきのダシと砂糖甘い味がいっきに肉じゃが味に変身していた。
「おいし・・・。」
「こっからさらにパワーアップするよ。」
カシャンと圧力鍋の蓋をして待つこと数分。
シュポシュポと蒸気があがりはじめるけれど、これ爆発しないの?な勢いです、正直怖い。
「加熱時間が短くすむからね。煮物は冷えるときに味がはいるから、加熱時間を短縮したぶん寝かせる時間をゲットできるってわけ。今日の芋の大きさなら3分でいいかな。」
「冷えるときですか?」
「そそ、煮込むことも必要だけど一度冷えることで馴染む。寝かせるってことかな。だから二日目のカレーが美味しいわけよ。」
「なるほどですね。」
「インスタント2日目カレー。冬場には作れるって知ってた?」
「しらないです。」
なんで冬限定なんだろう、わからない。
「仕上がったカレーを鍋ごとベランダに出すわけよ。氷点下の気温でカレーが一度冷える。それを温めたら2日目カレーに変身するってわけ。北国の特権かな。」
「そうなんですね!なるほど・・・一度冷やすっていう大事さ勉強になりました。実家に帰ったときに教えてあげようっと。」
ミネさんは3分にセットしてタイマーのボタンを押した。
カップラーメンの時間で肉じゃがができるというのがすごくないですか?
文明の利器は素晴らしい。このあと時間通りに加熱したら火をとめます。このままほっておくらしい。
そのあとは炒り豆腐と五目豆、おからを完成させて本日の調理は終了。
「ビールをお供にトア推薦DVDでもみよっか。そのあとごはん。」
ミネさんがそう言うから、リビングに移動。ソファに並んで座りDVDを見る。
「最近忙しい日が続いています。そういう時こそ心に沁みる映画をみて、オイオイ泣いたら逆に元気になるのです。」トアさんはそう言いながらDVDを渡してくれた。
知っているような、でもちゃんと見たことのない映画です。
『ショーシャンクの空に』
『スタンドバイミー』
『ニューシネマパラダイス』
・・・どれがいいの?トアさん。
「トア推薦、今回のテーマはなに?」
「心に沁みる映画だそうです。」
「うむ。」
ミネさんが選んだのは『ニューシネマパラダイス』
「この映画、ラストシーンで泣かない奴とは俺友達になれないと思う。」
「え?そうなんですか?」
「このラストとか、この映画があざといって言う評論家もいたけど、俺はそう思わない。だからハルが泣いてくれないと困っちゃうな~。」
「そんなプレッシャーかけないでください・・・。」
「ハルと俺がお友達になれるかどうかの瀬戸際DVD鑑賞はじめま~す。」
さくさくDVDをセットしちゃったから・・・それを見ることに。
最初の心配はどこへやら、僕はすっかり映画にのめり込んでしまい、プレッシャーはどこかに飛んでいきました。
170分後
僕は主人公である映画監督さんと同じようにポロポロ泣きながらエンドロールを見詰めていました。
ティッシュに手を伸ばして鼻をかむ。
心にグサッときました・・・もう・・こんな・・・もおおおお~~うわ~~ん。
ミネさんの手が伸びてきて、同じようにティッシュを引っ張りだす。やっぱり鼻をかむ音がして、僕は横にいるミネさんの顔を見ました。
涙が滲んだ目はキラキラしていて・・・泣いている顔なんて初めてみたから目が離せなくなっちゃって。
「よかった、俺とハルは友達になれるな。」
そんなことを言うから、引っ込み始めた涙がまたボロボロでてきて。
ミネさんの右腕が肩にまわって引き寄せられた。そのまま右手が僕の頭をポンポンと撫でる。
切ないのか嬉しいのか映画の余韻なのか・・・なんだかグシャグシャでわからなくなって・・・
でもミネさんの腕が僕に回っていることを信じることができて・・・やっぱり嬉しくて・・・
涙はなかなか止まってくれなかった。
トアさんの言うとおり泣いたらスッキリしましたよ。
ミネさんの涙も見られたし、肩を抱いてもらえたし。
だからもう少し・・・涙が止まらないフリをしよう。僕はそう決めてミネさんに寄り添った。
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