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may.23.2016 今日を始めよう
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ん・・・コーヒー?いい香りがする。
「いてっ。」
いつもベッドから見上げる天井と照明器具ではない眺めに一瞬戸惑う。
「ソファ・・・か。」
どうやら昨日あのまま寝てしまったらしく、タオルケットにくるまっている自分を見て何やってんだと思う。
疲れた日ほど、ちゃんとベッドで寝なくちゃいけないのに。おまけに背中が痛い。
むくりと起き上がってタオルケットを畳む。ハルがかけてくれたんだな・・・たぶん何度も寝てくださいっていうハルの言う事を聞かなかったんだろう。着ている服はクシャクシャだし身体が怠い。
せっかくの休みだというのに、あまりいいコンディションじゃないな。
風呂にでも行こうか、でっかい湯船にざぶんと浸かれば怠い身体ももとに戻るだろう。とてもいい思いつきだと考えたすぐ後、やっぱり駄目だと思い直す。
だってハルは一緒に行かないと言うだろう。温泉に入る入らないで揉めたことをまた繰り返すことになるだろうし、ハルは「ミネさんどうぞ行ってきてください」って言うに決まっている。
それはなんだかつまらない気がする。
「おはようございます。」
湯気のたつマグがコーヒーのいい香りをさせて俺の目の前を動いている。コトリとテーブルに置かれたそれは琺瑯のマグだった。ハルが5割の確率で選ぶのがこのマグカップ。気が付いているだろうか、最近の月曜日はずっとこのチョイスだってこと。大した意味はないのかもしれない、もしかしたらあるのかもしれない、でも俺は聞かない。なんとなく聞かないままにして月曜の朝に「やっぱり琺瑯だった。」と嬉しく思う方がいい。
ハルは自分のマグをテーブルに置いてからカーテンを開ける。
今日もいい天気だ。真夏日だったとニュースになっていた昨日、店はクーラーをいれた。去年に比べて随分早い。店の窓から気持ちよさそうな天気が見えるけれど、それを感じることはできない。ずっと屋内に籠っているから外気を感じるのは朝のまだ気温が上がりきっていない時と日が落ちて真っ暗になった時。
薄着の服や汗ばむお客さんの顔から気温を感じる。もうそうやって随分過ごしてきたから、少し季節には鈍感だ。サトルの田舎に行ってそれを実感したから前より自然や天気を気にするようになった。
「ハル、ついでに窓あけてくれる?」
ハルは黙って窓を開けた。いつも朝はボケボケしているハルだが、今朝はなんだか様子がおかしい。
えらくテンションが低い気がする。
「ごめん、ハル。」
ハルは振り向いて俺を見た。すこし目の下に隈ができていて白い肌がいつもより青ざめて見える。
「なにが・・・ごめんですか?」
「おはようさん~ってまだ言ってなかった。」
ハルはふっと笑って、ようやく笑顔になる。ごめんに反応したってことは他にも謝らないといけないような事を俺がしたか言ったか・・・したのかも。
昨日ビール500缶を2缶飲んだ・・・なんか食べたっけ?チーズ食べたな。とても美味しそうに見えたから我慢できなくてハルが渡してくれる前に食べてしまった。あれは謝るべきか?どうだろう。
あとは・・・あ~~メールしたな!そういえば。何をしたかったんだ俺は。
その他?やっぱりあれかソファに寝ちゃったことかな。
「タオルケットありがとう。たぶんハルの言う事きかないでここで寝ちゃったんだろうな俺。」
「覚えてないのですか。」
「どれを覚えていて、何を忘れているのか自分でもわからんのよ。」
ハルは呆れたように俺を見たあと脱力したように床に座った。ソファに背を預けてテーブルとの間にチマっといるハル。ソファに座っている俺はハルの顔が見えなくてツムジとクルクルはねている髪が指先のすぐ近くにある。
「次はちゃんという事聞いてベッドに寝てくださいね。」
「うん。」
「あと・・・言い掛けて寝落ちとかやめてください。」
「俺、なに言い掛けた?」
「・・・覚えていないならいいです。」
やっぱり我慢できなくてハルの髪を触ってしまう。いつもと違うビクっとした背中の緊張を見て、自分が言い掛けて途中で止めて伝えきれなかった言葉が気になりはじめた。
「俺・・・変なこと言った?」
「変なことかどうかわかりません。僕はミネさんじゃありませんから。」
「あららら、なんか俺かなりハルをガッカリさせるようなこと言ったんだな。ハル怒っているし。」
「・・・怒ってません。」
「ほんとに?」
「ほんとです。」
ハルはマグカップに手を伸ばした。俺は左手にマグを持って右手でハルの髪で遊んでいる。妙に落ち着くから毎朝やってしまう俺にハルは辛抱強く付き合ってくれる。触らないでくださいとか言われちゃったら凹むだろうな。
・・・凹むのか・・・俺。
「僕を抱き枕代わりにするの、もうやめてください。」
あちゃ~。何やってんの俺。
「本気でハル型抱き枕オーダーしようかな。」
飯塚のところに泊まった時ハルを抱えて寝たときの安心感を思い出す。スポンと収まっていい具合だったしな。それでついついギュウとしたくなる。ほっとする。
・・・安心するのか・・・俺。
「それは困ります。」
「そっか~困るか。」
「ミネさんは時々忘れちゃうみたいですけど、僕は男として男が好きな種類の人間です。ミネさんは違うかもしれないけど、僕はミネさんがそうする度にドキドキします。当然の反応ですよね。ミネさんがすずさんにギュウってされたらドキドキすると思うのです。それと一緒のことをしょっちゅうされる僕の身にもなってください。」
男として男が好き・・・あれ?なんかそんな話したな・・・。
ああ!アキと恋バナできるようになったらいいのになって話になって、それでメールしたりしたんだ。
おお~思い出したぞ。
「しょっちゅうじゃなくて時々ならいいの?」
「ミネさん・・・僕の言いたいことわかってます?噛みあっていない気がする。」
「だってさ~安心するんだもん。」
「ミネさんの安心の為にいちいちドキドキする僕の身になってほしいです。」
「う~~悩ましいところだな。」
「悩ましくありません。僕の代わりに理さんやトアさんにすればいいじゃないですか。」
飯塚がはいっていない辺りがナイスなハルだ。
サトルはもうしない。飯塚から包丁が飛んできそうだし、臍を曲げたら面倒くさそうだ。理のことに関しては冗談ですまされないから遠ざかるに限る。
トア?おれよりデカイし年上さんだ。ギュウってしても安心する気がしないし、俺がぶら下がっているみたいに見えそうで格好悪い。
「理もトアも難ありまくりで却下。ハルじゃないと駄目。」
ハルは「はああ~」と大きなため息をついた。確かに自覚はあるよ、俺子供みたいだよね。ハルを困らせているのにちょっとそれが嬉しかったりもする。
ハルは俺の膝のあたりに頭をコテンとのせた。
「ミネさんは全然僕のいう事を聞いてくれない。僕が困っているのにお構いなし・・・ずるい。」
「悪いなハル。でもあんまり悪いって思っていないかもしれない。」
返事の代わりに一際大きなため息が返ってきた。
でもハルは俺に付き合い髪がどんどん跳ねていくに任せている。優しい、可愛い・・・ワシャワシャワシャ
「ミネさん!髪がもうグチャグチャです!」
「あははは、ほんとだ。でもこれも可愛い。」
「僕は男です、可愛い自覚はありますが可愛い言われるのは好きじゃないです。」
「おお~言うね~。」
マグが空になったのでテーブルに戻すとハルはそれを見て言った。
「そろそろ活動開始しますか。ミネさんパンツどころか昨日の夜から同じ服着っぱなしじゃないですか。しゃきっとして買い物に行きましょう。天気がいいから洗濯物ベランダに干せるし。」
「ん~だな。」
そう言いながらハルは相変わらず俺の足に頭をのせたまま動かない。
「あのさ~。ハルが初めてSABURO来た日あるだろ?今年の12月がきたら3年になるって知ってた?」
「もう・・・そんなになりますか。ということは理さんともですね。」
「そういうこと、なんか色々変わったなって思って。」
「ですね。」
「俺ね今年の12月は去年ほど酷いことにならない予感がするの。」
「どうしてですか?」
「たぶんハルが使える男に変身していて厨房チームの救いの神になってくれそうだから。」
「えええ~。そんなに期待されても困ります。」
「あとさ、楽しみが一つあるんだ。」
「なんですか。」
「12月の俺はハルのくれたマグカップのお返しに何を買うのかなって。それが楽しみ。」
「それは・・・僕も楽しみですけれど。高い物はやめてくださいね。」
「なんかさ~プレゼントって値段じゃないんだなって実感したの初めてでさ。俺のマグがチップしていることを誰かが知っていて気にかけてくれているって事、あれかなり嬉しかった。」
「・・・ですか。」
「あの日を境に俺ますますハルが可愛くなって困ってる。」
ハルがゆっくり姿勢を返して俺の顔を見た。笑顔のくせに泣き顔にもみえて胸がキューっと鳴った。
「ようやくこっち見た。」
ハルの顔を見ていたらなんだかとっ散らかりそうになったのでワシャワシャを通り越してグシャグシャにしてしまう。でもハルはされるがままじっとしていた。
「ミネさんはずるいです。」
「そっかぁ。」
「すごくずるいけど・・・ミネさんはずっとそのままでいてください。」
「そうそう人間は変われないよ、特に本質は。変化することはあるけど、全く別の人間になれないから、ハルの言うとおり俺はずっとズルンボ君のまんまだね、きっと。」
「それでいいです。」
「そっか。」
ハルはゆっくり立ち上がると空のマグ二つを持ってニッコリ笑った。
「朝から油を売りすぎました。そろそろ僕達の今日を始めませんか?」
「そうだな。」
台所に向かうハルの背中を見ながら思う。
ハルと色々なことを沢山話してきた。だけど今日は何かが違う。
初めて・・・ちゃんと話をしたような気分。
これってなんだろうな。
そのうち答えは転がってくるさ。
窓の外はキラキラした空気が漂い、緑が風に揺れている。
買い物に行く頃、少し暑いかもしれない。
常備菜を作って、今日の晩御飯を考えよう。
二人でいる月曜日が当たり前になってしまった・・・。
それがいいのか悪いのか?どうなんだろうね実巳君。そんな独り言を心の中で言いながら立ち上がる。
さあ、俺達の今日をはじめようか、ハル。
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