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june.9.2016 真理を乞うが答えなし
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「それで話ってなに?」
サトルはアイスラテのストローを咥えながら言った。ストローが口の中にあるのに、ハッキリとした明確な発音。細かいところまで何事も一貫してるね、そんなことを思ってしまった。
俺の話・・・は悩み?怯え?んん~なんだろう、よくわからないんだ、正直なところ。
「話っていうかさ・・・前にも聞いたかもな事なんだけど。」
「なんだけど?」
「飯塚のこと。」
サトルはラテのカップをテーブルに置いた。俺を見る目は穏やかだけど言い逃れできなさそうな強いものに変わっている。
中途半端にお茶を濁すことはできないっぽい。
「どの段階?」
いきなり言われてドキっとする。なに?俺そんなにわかりやすいのか?
「どの段階って・・・。」
「その顔はまだ認めていないって所だね。」
「まいったな。」
別に隠そうとヤッキになったわけじゃないし、あんだけ構っているわけだから周りだってなにか気が付いて当然だと思う。思うけれど、それを言葉にだされるのは結構しんどい。
「はっきり言うよ。それは完全に惹かれているってことだよ。」
「ひかれる?」
「惹かれて、引っ張られて、どんどん自分の意図しない方向に気持ちが持っていかれている途中の段階。わかるよ、俺だって同じ道を辿ったし。」
「よくその先に行けたなっていうか踏み越えたな。」
「きっかけ・・・かな。やっぱり。」
「きっかけ?」
カップを少し振ってサトルは再びストローを咥える。緑色のストロー・・・今まで何も感じていなかったけれど、俺あんまり緑好きじゃないのな。
そんなくだらない考えに逃げている自分に可笑しくなる。俺どれだけ必死なんだか。核心を聞きたいのに、できれば聞きたくない。自分に置き換えて考えたくないのに、聞いてやっぱり俺は違うって思いたがっている。
もうずっと堂々巡りを繰り返していて、最近お疲れ気味だ。そのうち知恵熱がでるんじゃないか?そのくらい今俺の頭の中を占領しているのはハルという存在だ。自分はどうその存在を捉えているのか?というか・・・今までどうやっていたのか思い出せない。
いちいち可愛くて困る。
そう、俺はとんでもなく困っている。
だからとうとうサトルに聞くことにした。自分だけでグルグルしているよりマシじゃないかって思えて。
「会社で一緒に働いて、金曜の夜と土曜の昼間から夜まで互いの家で時間を過ごす。これを延々続けていた。俺は美味しいものが食べられるし、いちいち喜ぶ俺を見て衛も楽しそうだった。長続きしない彼女と過ごす時間は気疲れするものだっていうのにさ、衛と一緒にいても苦じゃなかったし楽チンだったよ。そしてそれが当たり前に続くと信じていた。」
「当たり前・・・か。」
「そう、当たり前。なんか自分の気持ちが同僚とか友人っていう括りより大きいような気もした。でも気のせいかもしれないって思いなおせば、そうだなって。
で、ある日気のせいだっていうのが自分を誤魔化していただけだってことに気が付いて愕然とした。」
「それが切っ掛けか・・・。」
「そ、切っ掛け。衛が出張でね、週末に逢うことができなかった。俺が何を思ったか。つまんないって、衛がいなくて一緒じゃなくてつまんないって。」
心当たりがありすぎる・・・。
「そして普通に掃除や洗濯をしてね、下駄箱の掃除をしたわけ。そして俺は鍵をかけないで寝ちゃったことに気が付いてしまった。」
「鍵のかけ忘れ?それが愕然につながるの?わかんないな。」
サトルは紙のカップをクルクル回しながらテーブルを見ている。何かを思い出している顔は愕然の原因を思い返しても苦しくないってことを言っているようだった。
踏み越えた人間だからこその表情。
「金曜日、仕事が終わって衛が俺のうちに来る。だからね鍵は開けっ放しにしていたんだ。そして衛が来て鍵を閉めてくれる。そして帰るときも「鍵かけろよ!」ってうるさく言うの。カチンって音がするまで玄関前で待機してるんだぜ?すごいだろ。」
「過保護すぎる・・・サトルは男なのに。」
飯塚がカチンという音を待って玄関先に立っている姿が思い浮かんで笑ってしまった。
『男前、スーツ姿で、カチリ待ち』
おお!これ5-7-5じゃない?
「ミネ、くだらないこと考えな~~い。」
「・・・ごめんなさい。」
ストローを咥えたサトルが上目遣いで俺を見た。ちょっと怖いんですけど。
「それを言うなら、ミネだって随分過保護じゃない?正明は男なのに。」
やられた。
「いきなり具体名だすかよ・・・ここで。」
サトルはニヤリとしたあと元の穏やかな顔に戻った。
「鍵の話に戻るけど。衛が出張で俺のうちに来ないのに、鍵かけなかったんだよ。そのまま朝まで気が付かなかった。掃除していて鍵あいているってわかった時、どれだけ自分の時間の中に衛が存在しているか思い知った。一緒にいるのが当たりまえすぎて考えたこともなかった事。
一緒にいないっていう未来が存在することに愕然としたんだよ。」
なるほどね、耳が痛いエピソードだ。
「ミネ、さっきから全然減ってないけど、カプチーノ。ぬるくなっちゃったんじゃない?」
ミルクの泡は消えそうでシナモンが表面を点々と覆っていた。一口飲んでみれば言われたとおりに、熱を失っている。
「うん、ぬるい。」
「それで?最近なんかあったわけ?自問自答を繰り返す切っ掛けってやつがあったんだろ?」
サトルはホント容赦ないねと思う。でもこの潔さが今の俺には羨ましい。こんなふうにパキパキできればいいのにな。
「あ~なんだ。ハルが実家をでた理由。その元カレに待ち伏せされた。」
「成程ね・・・。」
「それと飯塚に言われた。」
「衛が?なにを?」
「過保護だ、依存しすぎるな。あとは・・・俺が結婚を考える相手ができたら一緒に住むことはできないだろうって。ハルに彼氏ができたら出ていくだろうってさ。」
「まあ、そうなるだろうね。そしてミネも気が付いたわけだ。ずっとこのままが続くなんてことはあり得ないってことを。」
「・・・うん。」
「今、ミネは分岐点にいるんだね。引き返すか進むか。」
「引き返す・・・進む・・・。」
「そ、文字通りだよ。引き返すなら、積極的に出会いを求めて活動をして惹かれている現状を変える必要がある。進むなら腹を括るしかない。まあ、腹を括っても振られる可能性はあるんだけどね。」
ずーーーん
ずーーーーん
ずーーーーーん
重い・・・重すぎますよサトルさん。
いちいち当たり、もれなく正解。でも俺にとってはキビシイお言葉だ。
「当然悩むだろうし、決めるのはミネだ。」
「まあ、そうなんだけど。」
「ただ言えることは、彼女っていう人が何人かいたけれど、やっぱり衛と一緒にいることとレベルが違いすぎるんだ。
自分にとっては家族で大事なパートナーだけど、両親にそう言って紹介することはできない。これも散々悩んで言わないことに決めたのは俺なんだけどね。
腕を組んだり手を繋いで外を歩けるわけじゃない。別にほしくないからいいけど子供だって作れない。衛からその可能性を奪ったことに時々落ち込む。
でもね、そんなことがどうでもいいかって思うんだ、衛の笑顔を見ていると。俺と一緒にいて嬉しいって顔を見ると、どうでもいいって。我儘かもしれないし自分勝手かもしれない。でもね、いいんだ。
衛がいれば・・・いいんだよ。」
きっぱり言い切ったサトルの顔をみて敵わないと思う。
ここに行きつくまで散々悩んで考えて、飯塚とたくさん話し合って自分たちを築いているんだろう。
「単純に羨ましいな。前からずっとそう考えてきたけど、今心底そう思ったよ、改めて。」
「時間はたっぷりある。ミネは一生懸命考えればいい、きっと答えは見つかる。いくらでも話を聞くし、なんでも言ってくれればいい。
でも答えを出せるのはね、ミネだけなんだ。」
「うん。」
「それ飲むの?飲まないなら店戻ろうか。」
「そうだな、帰るか。」
答えをだせるのは俺しかいない・・・か。
店に戻って厨房に入り、なんとなく冷蔵庫を開けてみる。いつものように中身が詰まった冷蔵庫。頭の中がグルグルしていても仕事は当たり前のようにあって、それが救いだっていう最近の俺。
忙しくてよかったよ、ホント。
「なにか足りないものがあったか?」
「いや、ないよ。仕事ってありがたいと悟りひらいていたところデス。」
「そうか・・・村崎?」
俺は冷蔵庫の扉を閉めて飯塚と向き合う。飯塚は俺を見た後視線をはずしてコールドテーブルの上に両手をついた。ピカピカのステンレスを見ながら、こいつ何を言おうとしてるんだと考える。
サトルとの話し、まだ内容は聞いていないはずだ。
「よくわからないが・・・俺は味方だ。」
不覚にもちょっとジワっときた。言葉をかみ砕いて俺に伝えようとしたサトルとは真逆のアプローチ。
それがぐっと胸にくる。
「・・・じゃあ、味方ついでに聞かせてくれ。」
飯塚は俺を見上げるようにして目を合わせた。本日二人目の上目遣い。
「どうやって踏み越えた?」
一瞬視線を下に降ろしたあと飯塚はまっすぐ立った。俺の肩にポンと右手を置きゆっくり口をひらく。
「怖かった。それなりに。」
「・・・うん。」
「でもな・・・理がいなくなるのが一番怖かった。」
俺は言葉がでなかった。
そのシンプルな飯塚の答えに頭を殴られたような気がして。
なにより怖いのは存在を失う事・・・。
やっぱりこの二人には敵わない。
「そ・・・そうか。」
情けなく裏返った俺の声。
飯塚がまた肩をポンポンと叩いた。おれは動けないまま棒立ちで突っ立っている。
「少し早いがやっつけてしまおうぜ、ハンバーグ。村崎、ひき肉だしてくれよ。」
飯塚にいわれるまましゃがんでコールドテーブルを開く。
ヒヤリとした冷気が顔にあたり、腕を伸ばして2キロのひき肉をひっぱりだす。
俺はまだ考えなくちゃいけない、色々と。
どうしたいのか・・・自分に聞く必要がある。
こんなに考えたこと今まで一度もなかった。
なんだか、それも答えの一部のような・・・気がした。
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