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july.12.2016 マスターとキイちゃん 3
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日付が変わって、一人、そしてまた一人、徐々に客が引けていき、浮かれた夜の空気がしぼんでいくと店内は静かになり、客は僕一人になった。
マスターは看板の電気を落して鍵をかけてカウンターの中に戻り、グラスを洗い始めた。
「迷惑かけちゃって・・・すいません。」
「いや、そうでもないよ。俺が客に手をださないから秘めた恋人の存在が噂になっていたわけ。
だからその秘蔵の存在が今晩あきらかになったわけだから、俺には丁度いいの。」
「丁度いい?」
「気が付かない?今日来てなかった男は誰でしょうか?」
来てなかった人?1年以上ここにきていないから、覚えている顔より知らない顔のほうが多かった。僕が知っている人って事だよね。誰だろ・・・あっ!!!
「ギイさん!いませんでしたね。」
「そうだよ。キイちゃんの所で初めてランチをした日、あの日からギイはここにこなくなった。」
時々ギイさんが来てくれる。一人の時もあれば、会社の同僚の人達と。
同じ会社の人といるとき、ギイさんの胡散臭さはなりを潜める。スーツをビシっと着こなして優しそうに笑っている姿は、ちゃんとしたサラリーマンだ。そんな姿を見せてくれるから、第一印象が薄れてSABUROの皆もギイさんへの警戒心をすっかり解いている。
確かに暮れあたりの忙しい時期くらいから、ギイさんの雰囲気が変わったように思えた。
自信満々なのは相変わらずだけど、当たりが柔らかくなって地に足が付いている感じ。なんとなく仕事で昇進したり、そんないい事があったのかなって考えていました。
「儀は俺の家でお留守番をしているよ。」
「お留守番?」(儀って言った・・・。)
「そ、まだ怖がり癖を克服できなくてね、自分の住まいを解約できないでいるくせに、帰ってくるのは俺の部屋なんだ。」
グラスを洗い終えたマスターはグラスにマイヤーズラムを注ぎ、カランと氷を足した。僕の隣の位置にグラスを置いて、カウンターの中からでて隣にこしかける。
僕が話やすくなるように、先に打ち明けてくれたのかもしれない。やっぱり来てよかった。
「俺達のつきあいは17歳の頃からなんだ。随分長い間友達だったけれど、お互い歳もとってなんだか弱くなっちゃってね。俺もこらえ性がなくなっちゃったし、儀は自分の孤独を知って不安になった。
俺はそこにつけ込んだわけだ。ちょっとずるかったけど。」
そう言って笑うマスターの顔は柔らかかった。優しい人だし、ここに通っている時は随分気にかけてもらった。明らかに未成年で高校生の僕を迎い入れてくれて僕の気は随分紛れたから。
マスター自身が僕と同じぐらいの年齢で夜に出歩くようになったと教えてくれたのは、何回目かの来店の時だったと思う。性質の悪い人を遠ざけてくれたし、たまに遊ぶ僕を見守ってくれた。
そのマスターがギイさんと?
「ええ!マスターがヒロさん!?・・・だってこと?」
「そ、俺がヒロさんです。」
隠してたわけじゃないけど言いそびれてね、マスターはそう言ってウキウキした笑顔でグラスを傾けた。僕にネタばらしをする時を楽しみにしていたに違いない。
「キイちゃんのおかげでもあるんだ。」
「僕は何もしていませんよ?」
「キラキラしていたよ。俺はそれに勇気をもらって変わりたいって思った。」
「そうでしたか・・・。でもたぶん、今はキラキラしていませんね。」
マスターはグラスを人差し指でくるりと回す。ちょっとした間のような空気。
それは僕の言ったことが事実である裏付けのように感じた。
「キラキラしているよ。ちょっとしょんぼりしているけどね。恋をしているから綺麗にみえる。前とは違うキラキラだ。」
「・・・。」
「だからここに来たんだろ?いいよ、言ってしまいなよ。ここには俺しかいないから。」
カウンターの上になんとなく置いてあった手をギュウと握ってくれた。
とても温かい手のひらだった。
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