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july.12.2016 マスターとキイちゃん 4
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「いけないと解っているのに、してしまう。ノンケに恋するゲイの悩みは永遠のテーマだね。」
「・・・ですね。」
マスターはポツポツ話した心の内を簡潔な言葉で結論づけた。そう言われると、とても単純なことだった。ストレートとゲイの交わらない性質。性別は同じであるのに、まるっきり逆の立ち位置で向かい合っている僕達。たしかに、永遠のテーマだ。解決されないから、ずっと存在し続ける。
「ただ思うんだけどね。ゲイ同士だから恋愛がうまくいくとは限らないだろ?同性愛だっていう共通点はあるけれど、価値観や趣味嗜好、いってみれば性癖だって越えられないことだってある。」
「越えられないこと?」
「例えばさ、儀がスカトロマニアだったら、俺はきっぱり諦めるだろうね。」
「マスター・・・それはいくらなんでも。」
マスターは頬杖をついて、ゆっくりグラスの中の氷をつついた。カランと音をさせて溶ける氷がユラユラと褐色のマイヤーズラムの液体を揺らしている。少しだけ微笑むように口角があがっているけれど、マスターの目は真剣だった。冗談ではなく僕にちゃんと伝えようとしてくれている。
「だって、俺はそれクリアできないし、共感してやれない。そうなったら友達として生きていく事を選ぶよ。明らかに無理だと解っていることをする無意味さかな。ちょっと頑張れば出来るかな?その程度だったらチャレンジしてもいい。でも無理だ、絶対無理だ。それ以外の答えがないのに試す気はない。
もしそんなプレイに取り組んで、こんなことで興奮するなんてどうかしてるって考えちゃうし愕然とするはずだよ。儀を好きだという気持ちよりも、儀の人間性を否定してしまうことになるだろうね。」
人間性の否定。好きな人を否定するということは悲しいことだ。ミネさんと僕の間に横たわるものは、同性しか好きになれない僕を否定するしかないってこと?
だとしたら、本当に悲しいことで・・・涙が滲みそうになる。
「スカトロに比べたら、ノンケとゲイの恋愛のほうがハードルはぐんと低い。そう思わない?」
「いや・・・といいますか、どっちにしても厳しいということです。」
「まあ、楽ではないね。恋愛は誰を好きなったって大変なことだ。自分じゃない誰かに心を持っていかれる。自分はこんな人間じゃなかった、こんなに欲張りではなかった。こんなに泣き虫でもないし、もっと強かったはずだ。そうやって訳の分からないループに引っかかり抜け出せなくなる。
もう諦めよう・・・そう願うのに自分の心は俺を裏切り続ける。どんどん想いが心に積もる。
でもね、何気ない一言や、笑顔一つで、そんなループが霧散する。やっぱり俺はこいつが好きだって実感して嬉しくなる。それが恋だ。」
・・・恋。
ミネさんとの時間はずっと続くわけじゃないと知った時から、僕の心は時々折れそうになる。窓の外をボンヤリ眺めるミネさんの横顔を見ただけで何かがこみあげて、涙がでそうになったり。
元カノさんが現れて、自分が受けたショックの強さに狼狽えた。
苦しい事は沢山あって、そして毎日繰り返される。
・・・でも。
「いい顔して食うね~。作り甲斐がある。」「ハルはかわいいね~。」そう言ってニヘラっと笑う顔。
「6番テーブルのお客さん、アルデンテが苦手だったはず。オーダーの時確認して。」真剣に仕事をしている時の顔。
「ハルと一緒に住むって思った以上に楽しいなって思ってさ。いつまで続けられるかな。」そんなことを言って少し遠くを見る顔。
僕はその度、ミネさんへの気持ちを上乗せしてしまう。
やっぱり好きだって胸の中があたたかくなる。
傍にいたいと思ってしまう。
「儀が遊びまくる姿を俺はずっと見ていた。12年という長さは予想外だったけどね。でも見続けた。俺を見ることはないだろうと半ば諦めていたし、受け入れられることもないだろうと確信していた。
それでも・・・それでも俺は儀を見ていたかったんだよ。傍にいたかった。」
「マスター・・・。」
「心は時に想いどおりにならない。でも自分だけのものだ。誰に強制されても心の内は変わらない。考え方が変わることはあるかもしれないけれどね。
心は自由なんだよ、そう思わない?」
「心は・・・自由。」
「そうだよ。だからキイちゃんの心は今何ていってるのかな?少しずつ忘れる努力をしようって言っている?一日でも早く一人暮らしをして、オーナーと従業員という関係に変えていこう、そう言っているのかな?ダメもとで告白して振られてスッキリしたい、そう言ってる?」
「心が言ってること・・・。」
マスターはカウンターに乗り出して、氷とマイヤーズをつぎ足した。僕のビールはすっかりぬるくなって表面に白い筋になった泡の名残が揺れている。マスターは何も言わず、もう一つのグラスに氷とマイヤーズを注いだ。
「こういうガツンとくるのもたまにいいよ。ジャマイカ人みたいに陽気になれるかもしれない。ま、これは冗談だけど。」
差し出されたグラスを受け取り一口飲んでみる。
ラムというか、甘いけどアルコールがガツンとくるし、独特の風味がある。正直好きなのか嫌いなのか判断できない味。
僕の顔を見ていたマスターがクスっと笑う。
「グラス1杯飲む頃には好きになっているはずだよ。俺がそうだったから。すんなり入っていくものよりも、クセのあるほうが病みつきになる。やっかいなことだけどね。」
ニヘラって笑う顔。軽いと勘違いされるけど、芯がしっかりしている。大事なことを言ってくれて、ゲイである僕を受け入れてくれている。
病みつきか・・・たしかにね。
「『人の気を鎮めてくれるものはラム酒と本物の信心』こんなことを言ったのは詩人のバイロンだけど、自分の心に向き合えば答えはでるはずだ。というか答えはでているでしょ?キイちゃん。」
「・・・はい。」
「それが答えだよ。キイちゃんだけの「心」が出した答え、というか・・・望みだね。」
僕の心は言っています。
傍にいたいって。僕のことを好きになって欲しいとかそういう事じゃない。僕がミネさんと笑って過ごして、美味しい御飯を二人で食べて、毎週1回ミネさんの母親の代わりにハッパをかける。
時々ションボリすることはどうしたってある。でもマスターが言った「霧散する。」は真実だ。
悲しくなったら、ミネさんが笑ってくれるようなことを僕がすればいい。僕に向けられる笑顔をみれば、心はまた澄み渡る。
「マスターに聞いてもらってよかったです。スッキリしました。」
「そっか。いつでも来ればいいよ。人に聞いてもらうと余計なものを振り落すことができるからね。店に来るのが煩わしかったら、俺の家にいけばいい。儀が話し相手になってくれるだろうし、あいつも喜ぶよ。」
「その時は・・・お願いします。」
「他人行儀だな~。キイちゃんのところの王子様には敵わないけれど、ちょっと歳の離れたお兄ちゃんくらいには思ってよ。」
ギュウとまた手を握られて、今度こそ本当にポロっと涙がでた。
マスターは慰めることをせず黙っていてくれた。それが有難くてとても優しく思える。
そのままゆっくりラムを少しずつ飲みながら、涙が引っ込むのを待った。
ずっと握られたままの温かい手のひら。
少しずつ打ち解け始めたマイヤーズラム。
そして僕だけの「自由な心。」
大好きなミネさん。
心のままに、ミネさんを見詰める毎日を送ろう。出来る限り、続けられる限り。
僕は静かに・・・そう決めた。
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