アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
july.17.2016 ハルのお泊り 3
-
結局今週は一度もハルと帰れなかった。おまけに今日は帰ってこないときた。帰り際のサトルの言葉がまた浮き上がってくる。あんなの聞かなきゃよかった。
「今日は久しぶりに一人なんじゃないの?」
「だね。抜け駆けしてドラマみちゃおうかな。」
「ミネがドラマを見ている時、正明は恋バナの真っ最中か。」
「恋バナ?ああ、あの二人の馴れ初めを聞く羽目になるってことか、ハル。」
サトルはゆっくり首を左右に振った。
「違うよ、正明のでしょ?マスターに相談したみたいだよ。さっき会計の時そんな事言っていたし。」
「はあ?ハルの?でもそんな素振りなかったし、そもそも誰とも逢っていないはず。ほとんど店と俺と一緒だし。」
サトルは「はあぁ?」とでも言いたいのか、ちょっと馬鹿にしたように俺を見て言った。
「ミネ・・・恋なんて一瞬で落ちるものだろ?今週はたんまり時間があったはずだよ?だって毎日寄り道していたんだからさ。」
「・・・何がいいたいわけ?」
「俺の言いたいこと?正明はモテる。あの顔だし素直で真面目、仕事も一生懸命。誰が放っておくっての。ほったらかしているのはミネだよ。そこんとこ認識しないと誰かにもっていかれる、その可能性に危機感を持つべきじゃないかなって事。んじゃ、お疲れ。」
サトルの言葉はグサグサ俺に刺さった。
「俺なにしてんだろ。」
ゴボウを刻みながら独り言。
恋は一瞬でおちる・・・
恋バナ・・・
サトルが言った言葉が頭の中をグルグルしている。テレビをつけたけれど落ち着かず、車のキーを手に取って家を出た。24時間営業のスーパーで買い出しをして月曜日にハルとするはずの常備菜づくりをしている。
何かあると料理に逃げる自分が煩わしい。
明日ハルが帰ってきて「買い物行きましょう。」って言われて・・・もう行ったし、常備菜も作ったよ、ハルがいないから。そんなことを言ってしまいそうだ。
いずれにしても二人でするって大事にしてきた時間を俺は一人で今過ごしている。
どれも、これもハルがいないからだ。
「くそったれが!」
食べるものを作りながらくそったれはないだろう。一人でいるから独り言しかいえなくて、もちろん返事もない。悪態をついても咎めてくれる相手がいない。
自分のやっていることの無意味さに腹が立ってきた。食材は無駄にできない性分が恨めしい。
嫌々ながらつくったキンピラはたぶん美味しくないはず。
久しぶりに不味いものを作ってしまった。
後片付けをしてビールを冷蔵庫から取り出した。何か飲まないと寝られない気がする。
食器棚の扉をあけてグラスと取ろうと手を伸ばした。KAMIのマグ、俺が買った茶碗、赤い皿。
こんなところにハルの存在が見えてしまう。
歯を磨いても、シャワーを浴びても同じだ。ハルが買ってくれる日用品を目にしても俺はそのたび思うんだ。
ハルがいないって。
いて当たり前の存在が無くなるってこういうことか。ずっと一緒に住んでいた両親がいなくなってもこんな気持ちにはならなかった。
冗談めかしていった「好き」も「両想い」もハルには届かなかった。あたりまえだ・・・冗談なんか言いそうにない飯塚ならともかく、俺が軽く言ったところで伝わるはずもない。
俺は言葉にしてハルを試した。
それはあっさり切り返され、ハルを不機嫌にしてしまうという最悪の結果を生んだ。
「バカか、俺は。」
缶ビールの栓をあけてゴクゴク飲んだ。それはちっとも美味しくなく、苦い味のまま喉を通り過ぎる。
ビールが不味いのは体調が悪いしるしだ。オヤジがよくそんなことを言っていた。
患っている・・・これが恋煩いか?
「バカだろ、俺。」
グラスがいらなくなったから食器棚の扉を閉めた。リビングに向かいテレビをつけてソファに転がる。
テーブルとソファの間にちょこんと埋まるハルはいない。
隣にも座っていない。
ハルがいない。
「バカだ・・・俺。」
たった一晩いないってだけで、こんなに弱っている。この状態を見れば一目瞭然じゃないか。
ハルがいないとつまらない。
キンピラも満足に作れない。
ビールが不味い。
食器棚も開けたくない。
シャワーも浴びたくない。
『おはよう』も『おやすみ』も、ハル以外に言いたくない。
「しっかりしろ!俺!」
ちゃんと伝えなくちゃ。ハルじゃないとダメだって言わないと、バカを通り越して空っぽになりそう。こんなにグルグルばたばたしていたらホントに病気になりそうだ。
スマホを取り出して短い文章を打ち込む。
『明日帰ってきたら、ちゃんと話そう。おやすみ。』
気が変わらないうちに送信をタップした。これで退路は塞がれたし逃げ場はない。
不味いビールは飲むことを諦めた。
明日ハルが帰ってきて、いかにも寝ていませんな顔を見せるわけにはいかない。
「まずは、ちゃんと寝るぞ。」
誰も聞いていない宣言を独り言でしてみる。まあ、これは自分に言っているわけだし。
明日はハルに言われる前にちゃんとパンツを取り換えて洗濯をすませよう。
『ミネさん、パンツ取り替えてください!今日ベランダに干したいので早く!』
ハルのそんな言葉を思い出したら、声が聞こえたような気がして・・・
ちょっと泣けた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
278 / 474