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july.31.2016 シネマレストラン「ミスター・マム」
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「ふう。」
「いやね、折角美味しいものを食べたというのに、ため息ばっかり。」
「そりゃあね、ため息だってつきたくなるわよ。」
「なに?ご主人となにかあった?」
「・・・まあね。」
何か?そりゃあ決まっている。喧嘩というか言い争い?意見の相違?見解の違い?なんでもいいけれど、ようはそういうことだ。
「どうして男の人はちょっとしたことができないのかしら。」
「ちょっとしたことって何?」
同僚は独身生活を謳歌しているから、家に帰ってもおなかがすいたというチビッ子が待っているわけではない。疲れた顔をして帰ってくる旦那を出迎えることもない。自分の世話だけしていればいいって、なんて素敵な生活だろうって思ってしまう。
そんな風に考えるなんて、やはり最近はお疲れぎみなのだろう。毎朝目が覚めたら「ああ、10年前に戻りたい。」と考えてしまうあたり、弱っていることは間違いない。
「ちょっとしたこと?洗濯物はカゴに入れてほしい、そこらに靴下をポイはダメよ。ワイシャツを着る前に歯磨きをしてくれないと、ワイシャツにつくと取れないのよ、とか。疲れているのはわかるけど、少しくらいニコリとしてみたら?とか、子供と遊ぶ=ゲームってどうなのかしら・・・とか、とか、とか!」
「・・・なるほど。」
「私の切実な思いはわからないでしょう?」
「ええ、残念ながら共感できるだけの経験が私にはないから。お気楽ご気楽お一人様生活を続けていくとだんだん自分に甘くなるくせに相手に求めるものが多くなったり、逆に求めなくなって必要性を感じなくなったりする危機感わかる?わからないよね。どんどん縁遠くなっている気がする、縁を欲しがらなくなっている気もする。どっちが幸せかしらね。」
「食べたくなかったら何も作らないでゴロゴロできるって最高に幸せだわって思っちゃう。」
「自分に似たかわいい子供が「お母さん」って抱きついてくるのって幸せなんだろうなって思っちゃう。」
お互いないものねだりということか。
家族との生活や夫に不満があるわけではない。
そうは言っても働かないと子供を育てていくうえでの金銭的な不安をぬぐいきれない。かといって傍にいられない時間をどうするのか解決策もない。疲れて帰ってきても家事が消えてなくなるわけではない。どんどん、常に、当たり前に積み重なっていく・・・永遠に。
なんだろう、この余裕のなさ。
現実逃避ばかり求めてしまう今の私。ああ~~あ。
「喧嘩でもした?」
「うん。その靴下ぽいにカチンときちゃって、それぐらいできないの?子供じゃあるまいし!って言っちゃって。相手はそれにカチンときたみたいで、靴下くらいで目くじらたてるなんて、そんなこと言うような女じゃなかっただろ的な発言に私がヒートアップ。」
「あららら。」
「だから今日はお弁当もなし。自分の分を作る気にもなれなくて。」
「だから今日は外ランチにのってくれたわけね。」
「そういうこと。でもこの900円があったらお弁当何日分作れるかしらって考えちゃう自分が嫌だわ。」
「しょうがないでしょ。一家の大黒柱は男性かもしれないけれど、大蔵省はお母さんなわけだし。」
「なんだか例えがおじさんっぽいわね。」
「でしょう?女も独身が長くなるとオッサン化するのよ。結婚している女子はオバサン化するの。」
なるほどね、それはそうかもしれない。
にしても、ゴメンという気になれないし、むこうも謝る気はないだろう。何日冷戦状態を続けなくちゃいけないのかな。毎日外でランチしていられる身分でもないし、旦那の小遣いだってあっという間に底をつくだろう。お弁当をつくって、なし崩しの仲直りに持ち込む?
それもなんだか負けたような気がするし・・・。
「そうだ、こういう時はトアさんに助けてもらうのはどお?仲直りのきっかけになるような映画ありませんかって。」
「えええ~映画みましょうって言うの?喧嘩しているのに?」
「そこは女のほうが器量がでかいのよって見せつけるところじゃない?」
「見せつけたくない。」
渋る私を放置して、彼女はトアさんを捕まえ素敵な映画を教えてくれないかと聞いてしまった。夫婦のありがたみ?夫婦愛?いっそこのこと「クレイマークレイマー」でも見て離婚がもたらす問題点について共通認識をもったほうがいいかしらね。
嫌だわ・・・私ひねくれてきた。
「そうですね。夫婦であってもそれぞれに世界というか環境がある。役割だってあって、もしそれが変わってしまったら、という映画があります。「ミスターマム」という映画です。」
ミスターマム?なんか・・・オネエなママのイメージが浮かんで首を左右に振ってしまった。
「マイケル・キートンの若いころの映画です。今なら主夫という存在がTVCMになったりしていますが、公開当時はそんな時代ではありませんでした。80年代の映画なので30年も昔ですから。」
30年前に作られた主夫の映画?今なら俳優の西島が主夫役でTVCMをやっているくらいだから、逆に今見たほうがおもしろいかもしれない。ミスターマム・・・相変わらず私のイメージはオネエなママだけど、マイケル・キートンってたしかバットマンやっていた人よね。ああ、最近は「バード」で再注目されて話題になったし。若い頃の彼を見るのもいいかもしれない。
少なくとも気晴らしにはなる。
◇◆◇
「それで?仲直りしたの?」
「冷戦状態を継続中。」
「映画は?」
「見たよ。私はね。」
いきなりレイオフされた夫。専業主婦だった妻のほうが先に就職が決まり、やむなく夫が主夫になる。何もできないから家事に四苦八苦。そして近所付き合いから妻の留守中に専業主婦たちが集まるようになる。妻は妻で仕事が充実し、出張も増えたり上司に言い寄られたりと二人の環境が変わっていくのだ。そこに起こるアクシデントや行き違い、生活の変化を通して家族や夫婦の在り方が問われる。
そんな昔の映画だなんて思えなかった。ということは年月を重ねても夫婦や家族、働く女性の環境は大きく変化していないのかもしれない。
「何日レンタル?」
「2泊3日。」
「残念、又借りはできなさそうね。」
「予約したらいいわ。」
気晴らしに買い物をしようと二人で街にでたものの、目につくのは子供のものや夫のものばかり。あきれた同僚は「仲直りしなさいよ。もうどっちが悪いとかどうでもいい気がする。」と言った。
私の生活の中から家族は切り離せない。面倒の種になることも多いけれど、結局は自分が一番大事にしたいって思える大切なものだ。
確かに・・・靴下くらいでギャアギャア言った私も大人げなかった。
結局買い物は諦めて少し手の込んだ料理でもしようとスーパーで食料品を買うことにした。娘は今日甘やかしてくれる祖父母と動物園デートだ。そのあと食事をしてお泊り。両親に甘やかすなといったところで聞く耳を持たないのは経験上わかっている。月に1度くらいいいか、そんな風に思えるようになった。
ビニール袋を片手に家に帰る。
「ただいま。」
リビングに行くと、少々雑然としていた空間がきれいになっている。え?どうして?
ベランダには洗濯物が干されているから驚いた。明日娘が帰ってきた日曜日にまとめて洗おうと思っていたのに。
「ただいま~~。」
もう一度大きな声でただいまを言うと浴室のほうからガタガタと音がする。え?お風呂?
すると塩素の匂いとともにゴム手袋をした夫がドアを開けてリビングに入ってきた。
「・・・早かったな。」
「ええ・・と。どうしたの?」
バツの悪そうな、そして少し照れてふてくされた夫がプイと横を向く。そんな顔久しぶりに見たかもしれない。
「DVD・・・暇だったから見たんだ。」
「あ、『ミスター・マム』のこと?」
「ああ。」
「それで?なんで掃除を?」
「靴下ぐらいでと思ったのは確かだ。だから・・・一人暮らしの頃を思い出して掃除やら洗濯をしてみたら思いのほか面倒で時間がかかってしまって。仕事から帰ってきたら俺は何もしていないが、君は違うだろう?
それで・・・まあ、色々反省したというわけだ。悪かったな、あんなこと言って。」
え・・・え・・・。
「私のほうこそ、疲れて帰ってきているのに、あんな言い方しなくてもよかったって反省したわ。」
「・・・そうか。」
夫はゴム手袋をしたままスーパーの買い物袋を私の手から取ると、キッチンのカウンターの上に置いた。
「今日の晩御飯?」
「ローストビーフのサラダを作ろうかと思って。あとパンも買ってきたし、チーズも。」
「俺はさっきワインを調達してきた。」
プっとどちらともなく吹き出して私たちは笑いあった。ちょっとバツが悪くて少し照れながら。二人とも同じ気持ち。気詰まりなくせに居心地の悪さを感じない、なんだか不思議な心持ちで笑いあう。
「お風呂の掃除は終わったの?」
「ああ、ばっちりだ。」
「じゃあ、久しぶりに二人で料理しましょうか。」
夫はにっこり笑った。
「そうだな、あの子がいない週末は二人で料理をすることにしようか。」
そうね、約束よなんて言わないでおくわ。約束にしちゃったら、しなくちゃいけない事になってしまうから。出来るときに、出来る日は・・・その程度に思っておこう。
そうすればお互い嫌な気持ちにはならないものね。
ゴム手袋をはずす夫を見ながら、気持ちが楽になった。なんでも気の持ちようなんだなと、それに気が付けてよかったなと思う。
夫と同じく、私も自然に笑顔になった。
FIN
「へええ~。」
「なにがへえ~なんだ?」
「気の持ちようって大事だなって思ってさ。衛もちゃんと言ってくれよ、今日何も作る気がしないとかさ。そしたら俺はどっかに食べにいくし。」
とたんに眉間に皺を寄せる男前が一匹。ええと・・・俺、気をつかったつもりなんだけど?
「何度も、何度も、それこそ何回も言ったとおもうが、理が旨い美味しいと食べる顔を見るのが俺の幸せなんだぞ。それをどこの誰かもわからん他のやつにくれてやるのか?それは許さん。」
・・・いや、なんかちょっと違うというか、衛の楽しみを取ろうとしたわけでもなんでもないのですが?
「理のいろいろな顔を知っているのは俺だけでいい!!と時に叫びたくなる。いっそうのこと理も鉄仮面になってしまえばいい。」
無茶苦茶をおっしゃいますね・・・衛さん。
「だからそういう意味のない気遣いはしなくていい。わかった?」
「・・・はい、わかりました。」
そして衛はとびきりの笑顔を俺に寄越す。ああ~あ、もう!なんだよお前は。ギッタンギッタンのムギュウムギュウ状態にしてしまいたい!
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる男前。
「いいぞ、すればいい。」
男前はエスパーにもなれるらしい。
覚悟はいいか?男前め。
俺はギッタンギッタン&ムギュウをするために衛を抱きしめる。
でも結局は、ギッタン&ムギュウを食らうのは俺のほうなんだけどね。
えへへ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
録画を見て、明日は定休日という日曜深夜。
そりゃあ、ギッタン&ムギュウにふさわしい日といえましょう!
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