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august.4.2016 料理人の心意気
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「ミネ・・・これってまさかのトンカツ?」
「まさかのトンカツ、しかもロース!」
札幌も30度を超えた。道東は33度らしく、まさしく真夏日。暑さに弱い北海道民は皆あついあついを連呼して屋内に避難する。日が落ちれば気温も下がるから熱帯夜なんてことはないのでクーラーなくても睡眠不足にはならない。でも太陽が照っていて空気が熱を持っているとなればダメージは大きい。それなのに・・・よりによってそんな日の賄いが「トンカツ。」
しかもロ~~~~ス。
「外は暑いの知ってる。今日はジェラードが大人気だったし、冷たいドリンクもいい調子。お休みの人は昼ビールしていたしね。でもさ、俺たちは暑くなる前に店にきて、あとはず~~~と冷房の中にいるだろ?厨房チームは汗だくだけど、ホールチームは汗ばんでいる程度じゃないか。トンカツは問題ないでしょ?」
テーブルの上には熱々のトンカツがフシューと湯気を噴き上げている。知っている、ミネのカツはサクサクだってこと。べちゃっとしたカツを食べたことがない。常にサクサクで完璧な音がする。
中の肉はジューシーだ。ちゃんと筋切りされているから柔らかくて嬉しくなる食感。
「肉屋さんに泣きつかれてさ。賄いならいいかなって値段も魅力的だったし。最近トンカツしてなかったから丁度良かった。」
皆そろって「いただきます!」
期待を裏切らないトンカツはやはり旨い。衛は揚げ物をあまりしない。煮込みとかオーブン料理が多いから、実はカツが賄いだと正直嬉しい。(言えないよね、こういうことって。)
それでも和食が少し増えたのですよ、皆さん。報告していませんでしたね。煮物とか和え物がちょいちょいでてくるようになって、これまた嬉しい。
俺ってば食べて嬉しい!と旨い!ばっかりだな。
「ハル、問題です。豚肉の栄養素はなんですか?」
モグモグしながらミネが言ったのは「何?」な質問。正明はしばし考えたあと言った。
「ビタミンB1です。」
「正解!タンパク質なんて言ったら悲しくて俺泣いちゃうところだったよ~。」
「馬鹿にしないでください。ちゃんと勉強していますよ?毎日少しずつしかできないけど。ビタミンB1は疲労回復の働きがあります。でもだからといって食べ過ぎると逆に乳酸がたまってしまいます。それを防ぐにはクエン酸と食べ合わせるのが効果的です。」
「大変よろしい。」
ミネ・・・脱ミネベーダーの為に厨房チーム補強で正明を鍛えるっていうのは聞いたけど、なに?栄養学まで叩き込んでいるわけ?
「ミネさん、クエン酸って何ですか?」
「ん~簡単に言うと酸っぱいもの。豚肉と梅を合わせるとかね。」
「おおお~なるほど、それはおいしそうです。トマトクリームパスタに代わる夏用で・・・豚肉と梅のペンネとかどうでしょうね。」
トア・・・暑い日にDVD見ながらトマトクリームパスタはどうかと思うから、その新しい味を試してみるといいかもね。でもねそれ素麺のぶっかけにすればいいんじゃないかな。
「しそを入れたらさらに旨そうだな。」
衛がぼそっと言った。おっ!俺に新しい味を考案中?和風的なの?それともトアに対抗してパスタな感じ?いずれにしても美味しい新メニューが登場するに違いない。楽しみ~。
「トアさん、豚肉でもヒレが一番ビタミンB1多いのです。100gで一日分がカバーできますよ。」
「本当ですか!それはいいことを聞きました。今度トンカツはヒレにしましょう、そうしましょう。」
そこにミネがビシっと左手を挙げた。「はい、注目~~みんな注目~~」のアレだ。
「ビタミンB1は確かにそうなんだ。ヒレは今食べているロースの半分しかないの、カロリーが。」
「ミネさん、それはいいことばっかりですね、ヒレすごいじゃないですか!ヘルシーってことですよね。」
「それがね、今なんでもヘルシーって言うじゃん。低カロリーでもヘルシー。野菜だったらヘルシー。ノンオイルでもヘルシー。健康的ってもっとさ、ちゃんと考えないと思い込みや間違った知識に振り回されることになる。
生肉の状態だと確かにカロリーは半分だ。でもね、ヒレをカツにするとロースカツと変わらないカロリーに変身してしまうのだ!」
「えええええ!!!」←トア
「えええええ!!!」←俺
衛と正明はモグモグ(普通に聞いている・・・。)
「油で揚げると衣が油分を吸収するから、カロリーがドンと跳ね上がる。しかし衣だけではなく中の素材も吸収するんだよね、これが。」
「ミネ、でもロースはヒレより脂があるじゃないか。脂と油でもう大変!なことにならないわけ?だってヒレは脂はないから吸収しても油だけじゃないの?」
「そこが落とし穴。ロースは自分の脂があるから、あんまり油吸わないの。しかしヒレ君は脂ないもんだから、キャッキャと吸収しちゃってね、結果ロース君に追いついてしまうのである。」
「えええええ!!!」←トア
「えええええ!!!」←俺
「トアさん、理さん。「今日はヘルシーでいっとくか、じゃあヒレカツ。」とか「ロース食べたいけどな・・・最近お腹が出てきたから諦めてヒレカツにしとこう。」なんていうのは意味がなかったということなのです!」
なんだ、正明のくせに生意気だぞ!
「じゃあ、安心して僕はトンカツ食べます、しかもロースをがっつりと。」
「トア、そういうのがねダメなのよ。トンカツ食べるならロースでもヒレでもカロリー的には一緒だよ。でも高脂質の食べ物であることには変わりがない。しかもパン粉は糖質だから、脂質+糖質の食品であることは間違いないわけ。トンカツは月に1回くらいにしておこうとかね、その日の体調で疲れているからヒレにしようかな、なんていうことを考えなくちゃいけないの。わ~いローストンカツどんだけ食べても大丈夫!安心!ではないってこと。これすべての食べ物に言えることだから、知識をつけることが大事なんだ。」
なるほど・・・。俺は衛が作ってくれるものを食べているだけだ。その素材の栄養素なんて考えたこともないし、彩り豊かだからバランスもいいんだろうなっていう程度。お客さんだって食べたいものを食べて、美味しいっていう人が多いだろう。いちいちこの栄養素は・・・なんて考えながら食べていないと思う。中にはそういう人がいるだろうけどね。
「特別な材料や調味料でもなく、でも安全なもの、体に優しいものがいいわけ。食べてくれたお客さんがよく言ってくれるだろ?「安心して食べられます。」「体にいいもの食べた感じがしました。」「優しい味ですよね。」って。これ親父の時からだけど既製品は使わないで手作りするのがウチのモットー。一度業務用の店に行ったらいいよ。腕がなくても料理がだせるから。」
「例えば僕レベルでもですか?」
「そ、トアレベルでも。肝心な男を忘れていた、サトルでもいけるぞ。」
「えええええ!!!」←トア
「えええええ!!!」←俺
衛があははと笑いながら俺の肩をポンポンと叩いた。なんだそれは、慰めか?そりゃあ俺は何もできませんよ、悪うございました。
「タマネギスライス、ピーマンスライス、大根おろし、焼きなす、焼き魚、パスタ、刺し身、餃子、唐揚げ、ピザ、あえ物、ポテトサラダ・・・あげればきりがない。冷凍食品を自然解凍、レンジ加熱、揚げるだけで皿にのせれば料理ですっていう食品が沢山開発されているぞ。今度一緒に行ってみるか?」
衛に言われたけれど、俺はピンとこなかった。というか驚きすぎていた。大根おろしが冷凍?焼きなす?えええ~。じゃあ居酒屋で焼いているとばかり思っていたものがチン!とかブクブクとかジュージューでペロっと皿にのってでてきていた可能性があるってこと?
「うわ~なんかすごい嫌だ。ミネと衛しか知らないから、全部の店が手作りしていると信じていた。大根おろしなら俺だってできるよ。解凍した大根おろしってどんな味なんだろう。うわ~なんだ、それ。今まで何回俺は騙されてきたんだろう。」
「だろ?俺はそれが嫌。だから大変でもやっぱり自分で作る。メニューだってもっと沢山あればいいのにって思うけど、広げればそれだけ仕込みが必要になる。そうなると俺と飯塚が大変っていうのもあるけど、それだけロスが多くなるってことだろ?食材無駄にするってことだ。経費面もあるけど、料理人が素材を粗末にしたら終わりだって思うのよ。だから出来ることをコツコツやって、お客さんが健康になるように素材を組み合わせてメニューにしたい。
たぶん、これからもずっと変わらないというか変えちゃいけないことだと思ってる。」
「ミネさん・・感動してしまいました。ハルさんだけじゃなく、僕たちにも少しずつ教えてください。料理を運んだときに一言添えたりできますしね。お客さんも口にする料理の効果を知ることってプラスになると思います!」
確かにその通りだ。それにSABUROが全員同じ気持ちでいる必要がある。役割的に厨房とホールは分かれているけれど、最終的な目的は一緒。「お客さんが楽しいと思える。」「おいしいと言ってくれる。」そして「特別な場所」だと大事にしてくれる。
それを皆で目指すのであれば、役割を超えた知識をしっかり持っていきたい。
「トアの言う通りだね。確かに俺は料理はできないけど、ミネや衛が何を考えて作った料理なのかをお客さんに伝えることはできるよ。そのための知識なら喜んで覚えるし。」
ミネはニッコリ笑ったあと、頭を下げた。顔をあげたとき見せた笑顔は最高で、やっぱりミネはいい男だと惚れ惚れした(衛とは違う惚れ惚れですから、ご安心を)
「せっかくの賄いなのに堅苦しいかと思ったのにさ、やっぱり皆は最高だ。これから少しずつ皆で食べるときは食材や栄養分にまつわることを伝えていきたいなって。
テレビや聞きかじった「ヘルシー」とは違う、ちゃんとした健康的な料理をお客さんにだしていこう。それを続けていればきっとお客さんもわかってくれる。」
そうだね、わかってくれると思うよ。
料理に込められた優しさや愛情はぜったい伝わるんだ。
だってね、俺、それを毎日食べてるからね。
絶対だ、間違いない!
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本日Twitterでつぶやいたのが本日のエピソードにつながりました。
ロースの半分のカロリーのヒレ。でもカツにしたらカロリーは両方かわらないというものでしたが、フォロワーさんじゃない方からもリツイートいただいたりで、意外と知られていないんだなって私は驚きました。
でもローストンカツは安心してたくさん食べられると思われてしまうと困るのです。ポテトチップ食べているので芋で野菜とっていますと同じ。いいわけがない。
食べるものに対しての知識をちゃんと持っていたいものです。
私は仕事柄栄養学も学びましたし、日々料理を通して食材に向き合っています。自分が食べたいと思うもの、自分が美味しいと自信を持てるもの、そして食べても安全だと言えるもの。どれかひとつに「いや・・どうかな。」があれば、それを人に出すのは如何なものかと。だって食べるものです。身体に入れるものですから、食べる人にとって良いものであるべきです。
そんな私の考えとミネは一致をしていたようなので、キーをたたくテンポが軽やかでした。一致していない場合はキーが動かないのです(笑)
皆さんも自分が食べたり家族が口にするものに何が入っているのか、これに少しだけ意識を向ける。そんな日が月に1回でもあったらいいかなと思います。
私は仕事でやっているのでできますが、これ自分のためにできるか?と聞かれたら出来ない気がすると答えます。
仕事に育児、お母さんに奥さん。働く女子、誰かの彼女さん。いろいろなポジションで頑張っている皆さんに毎日考えろ意識しろなんて偉そうなことは言えませんし、言う気もナシ。
ただ少しだけ心の持ちようを変えると何かの切っ掛けになるかもしれないなと思います。
美味しいもの食べると幸せになりますもんね。
私は仕事でその幸せを提供しつつ、「男前とヤサ男」にたくさんの料理と、それにまつわる蘊蓄を散りばめて、皆さんのお腹をグウウウって鳴らそう!と改めて気合をいれました。
せい
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