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august.7.2016 過去も今も、この先も
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「なに真剣に調べてんの?」
理はパソコンの画面を覗き込みながら俺の横に座った。
「ほおお?調理師免許?」
「盗み聴きしたわけじゃない。でも聞こえてしまった。」
「何が?」
「村崎と北川の会話。どうやら村崎は将来的に調理師免許を取らせるつもりだな、あの口ぶりだと。」
「ええ?正明に?」
「はっきり明言していたわけじゃないが、絶対そうだと思う。それで少し調べてみようかと思って。」
調理師免許は調理学校か料理を学ぶ科のある高校などで1年以上履修すれば、試験なしで資格を得られる。卒業と同時に調理師免許がついてくるというわけだ。
「専門とかそういう所に通うんだろ?」
「まあ、それも一つだ。でも調理学校の授業料は安くない。1年で100万以上かかるし、道具やなんだと細かい出費があるらしい。」
「へえ。まさかミネが出資して正明を学校に入れるってこと?」
「いや、飲食店に2年以上の勤務実績があれば試験を受けることができるみたいだ。」
「そういえば、衛はいつからSABUROにいるんだっけ?」
ええと・・・会社にいたのは12月だった。去年の12月?いや、去年はオードブル2回目だったから、その前の年ってことになる。
「2014年の12月だな。最初のオードブルやった時だろ?」
「おおお~懐かしいなそれ。俺あの日初めてミネに逢ったんだった。ある意味運命の出逢いだよな。」
他意がないのは十分承知しているが・・・少々面白くない。俺は心が狭いのか?
理はニヤニヤしながら俺の右側に身体を寄せた。
「衛は気にしすぎだって。そもそも運命の出逢いは俺と衛だろ?ミネはその付録じゃないか。衛にとっての正明みたいなもんだろ。妬いてるお前はちょっと可愛いから、ついついね。」
わざとかよ!
理はディスプレイを指さしながら言った。
「ほんとだ、正社員じゃなくてもバイトでもカウントされるみたいじゃないか。12月の前からミネのとこに顔だしていたんだろ?衛だって受験資格満たしているじゃないか。」
「ギリギリじゃないか?それに今年は6月で願書締め切りになっているから無理だよ。」
「あ~ほんとだ。試験は10月か。来年なら余裕でいけそうだな。なに、衛取るの?」
「どうしたもんかな。資格はあったに越したことがないけど。今の状況ならいらないっちゃいらない。」
「ミネは持ってるの?」
「持ってる。店を持つときに調理師免許があると規定を満たすみたいだ。調理師免許を持っていない場合、飲食店を開く時には衛生管理者を置かないといけないとか何とか、さっきちらっと読んだ。」
理は腕を組んで何事か考え始めた。こういうときは放置に限る。俺はそのまま画面を追いながら気になる箇所をクリックしたり戻ったりを繰り返す。
<調理師に向いている人>をクリックしてみる。「ハードな仕事に耐えることができる、下積みや単調な仕事にも向き合える忍耐力を持つ人。」が向いている人らしい。まあ、基本だな。
あとは「料理をすることが好き。」「自分の料理を誰かに食べてもらいたい。」この二つを支えに頑張れる人・・・確かにね。
基本をおろそかにしない、きっちりとした性格と確かな味覚。
この1行が目に飛び込んできた。
シンプルだがこれこそが本質だと思える言葉。何かにブレそうになったりしたときに思い出そうと頭に叩き込む。
「あのさ~衛。」
「ん?」
「将来的なことを考えたら調理師免許持っておいて損はないと思う。」
どんな将来なんだ、それは。
「持っていれば役に立つことがあるかもしれないが・・・。食文化論、衛生法規、公衆衛生学、栄養学、食品学、食品衛生学、調理理論。これ全部勉強しないとならないんだぞ?高校でも大学でもいっさい関わったことのない分野ばっかりじゃないか。」
「確かにそれはあるけど、頭が柔らかいうちに取り組むのもいいかなって。これからの競争に勝つためには他の店と差別化が必要だろ?トンカツの話じゃないけどさ、SABUROはお客さんに寄り添ったメニューや提案だと思うから、衛や正明が資格を取るっていうのは間違いではないかなって。」
「最初聞いたときは村崎の公私混同かと思ったよ。」
「ミネも何らかの考えがあるのかもしれない。衛の言うように公私混同が入口で、ちょっと真剣に考えてみたら何かイメージが沸いたのかな。生活と時間を全部自分に縛り付けてやるぜ!っていうミネの色ボケ作戦の可能性もあるけど。
いずれにしてもさ、衛も考えてみたらいいよ。もし受けるなら俺も協力するし。栄養学のところは一緒に勉強しよっかな。料理ができなくたって体にいい物の仕組みを覚えるのは大事に思えたし。」
ただ食べさせているだけじゃダメなのかもしれない。村崎と北川の関係においては「料理」が重要なパーツになっている。たくさんの話題が料理からスタートして二人で同じ事を考える。そして一緒に作り、一緒に食べ、また課題を話し合う。
「一緒に台所に立ちたい。」そんな甘ったれた希望だけだから理だって腰が重くなるんだ。食材に取り組み、料理方法で変わる食感や栄養素を二人で勉強する。そういう理由があれば理だって向き合うはずだ。
餌付けから次の段階にステップする時期がきた・・・のかな。
「将来的にか・・・俺たちも勉強するべきなんだろうな。SABUROをよりよくするために。」
「そうだね。料理や食材に関しては充さんだってテリトリー外だ。衛となら楽しくできそう。」
理はパタンとノートパソコンを閉じた。グラス二つにワインを注ぎ足して一つを渡してくれた。
「今日って七夕だって知ってた?」
全然気にもしていなかった。
「俺なんで覚えているかっていうと・・・。去年の今日、俺はまだ会社で働いていてSABUROにはチョロチョロ顔を出していたころだった。」
「・・・だったか。」
「そしてベッドの中で衛に相談というかどうしようかなって事を言った。休みの日フルでSABURO入ろうかなって。なんだかミネと衛と正明が楽しそうで羨ましかったんだよな。俺は中途半端なポジションだったから少しでもそこに自分の居場所を作りたくってさ、なんか焦ってたな~色々。」
「そうだったか。」
「そうだったよ、衛は俺を武本って呼んでた。」
「理は飯塚だ。」
「衛は12月がきたら丸2年SABUROにいるってことだろ?あっという間だなって感じるのに、思い出すと色々なことがあったんだって驚くんだ。お互い呼び方も違って、働いている場所も違って、トアだっていなかったんだよ?綾子も生まれてなくて。
普通に過ごしている毎日だ、平穏無事な毎日だって、暮らしているとそんな感じなのにね。積み重なっていることを思い出したり、気がついたりすると・・・変かな?感動しちゃうんだ、俺。」
一緒に住むことになって、同じベッドで目を覚まして一緒にSABUROに行く。仕事を終えて一緒に帰ってきて同じベッドで眠る。
その繰り返しの中で二人しかしらない出来事が増えていく。皆と共有したい思い出が同じくらい積み重なる。一つずつ大事に思い出せば、幸せな気持ちになり、理のいうように感動に似た想いが沸き上がってくる。
「変じゃないよ。毎日を理と積み重ねていく。一瞬先が過去になってしまうのに、俺は理と過ごす時間が過去でも未来みたいに感じる。全部つながって、ずっと先まで続いていくんだ。
武本と呼んでいた頃の俺たちも大事だし、理と呼べる今も嬉しい。
ちょっと甘ったるかったかな。」
理は柔らかく微笑んだ。こんな笑顔は誰にも見せたくない、これは俺のもので、俺に向けられた特別のものだ。
「いいよ、七夕なんだし。それに夜はこれからだ。まだ七夕終わっていないしね。」
「1年に1回しか逢えないなんで嫌すぎる。七夕はなくてかまわないよ俺。」
「衛はバチ当たりだな。」
「バチ当たりで結構。」
腕をおもいきり引っ張ると理の体が転がってきた。なんの抵抗もなく・・・やけに素直に。
「ワインがこぼれるだろ!って言わないのか?」
「うん、言わない。」
背中に回ってくる腕を嬉しいと思う。こうやって互いに触れて安堵して、幸せになって、ドキドキする。
来年の七夕に俺たちは何の話をするのだろう。
調理師免許を取ることに決めて勉強しているだろうか。
理がいるから楽しめて、俺がいるから理は笑っている。
過去も、いまも、そしてこの先も全部つながって積み重なっていく。
そんな毎日を過ごそう。
そういう毎日を暮らしていこう。
理と一緒に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
北海道は今日が七夕です。
去年UPしたエピソードを読み返すと、「武本」「飯塚」と呼び合っている二人が懐かしくもあり、なんだか嬉しかったり。二人が毎日を重ねているということが、とても大事に思えました。
来年の今日も更新できていますように。
短冊の代わりに文字にしてここに残しておきましょう。
言葉にすると本当になるって言いますし。
七夕だしね!
せい
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