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august.8.2016 ビアガーデン
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「出かけようか。」
掃除機をウィンウィンさせている俺に届いた衛の声。当の本人はベランダで洗濯物を干している。
天気予報では「真夏日」が予想されており、朝から「熱中症に注意してください。」「水分の補給をこまめにしてください。」が何度も繰り返されている。
まだ午前中だというのに空気は夏らしい熱をはらんでいて日差しが白く煌いていた。
出かけるには相応しくないかもしれない暑い日。
「どこに?本屋?」
衛が出かける場所なんてそのくらいしか思いつかない俺。勤務先が市内中心部だから買い物には苦労しない。衛と正明はよく本屋に出かけるし、トアは映画の前売りを買いに行く。ヨシ兄の所に頻繁にいけないミネは、ヨシ兄推薦の店に出かけて散髪してくる。めいめいが思い思いの時間を過ごす中休み。ただおしゃべりして終わることもあるけれど、俺たちには大事な息抜きタイムだ。
「大通り公園にいこう。暑いからビールが旨そうだ。」
俺が何回かビアガーデン行きたいって言ったの覚えていた?
ちょっとくすぐったい気持ちになる。
札幌の短い夏を象徴する数少ないイベントがビアガーデンだ。大通り公園の1kmのスペースが全部ビアガーデンになる。ビール会社がそれぞれ1丁を持ち場にして展開するその総席数は13000席。何事もスケールがデカイのが北海道だ。夜は肌寒くなるとはいえ、昼間は暑いし冷えたビールはさぞかし旨かろう!
「うん!行く!」
ベランダでほほ笑む衛は夏の日差しを背後から受けて、輪郭がキラキラ光っていた。
◇◆◇
「天気予報は嘘つかなかったな・・・暑い。」
タオルハンカチで顔を拭きながら見た温度計は「31」の赤い数字を示していた。新しく建て直されたビルだけど、その前から壁面には温度計が設置されていた。夏でも冬でもその数字を見て「あ~そんな気温なわけ?」と余計に暑くなったり、寒くなったりする温度計。すっかりスタイリッシュになった温度計の大きい「31」の数字は更に空気を暑く感じさせる。
「あの温度計、ずっと昔からあるよな。」
衛がくすっと笑う。
「体温計と一緒ってことか。余計に暑くなる?」
衛は何でもよく覚えている。それを言ったら俺も衛の事をよく覚えているらしい。そこでなんだか可笑しくなる。そりゃそうだよな。お互いこれだけ一緒にいれば沢山のことが積み重なっていく。「そんなことあったっけ?」なんて聞くこともあるし、今みたいに覚えていることもある。
「そういうこと。熱を測るときは首筋が一番。体温計はいらない。」
「俺以外には体温計を渡してくれよ、頼むから。」
「俺には体温計を渡さないでくれよ、頼むから。」
やれやれといった顔で歩き出す衛の横で、こういうとき手を繋げなくて残念だと思う。キュっと握ってキュっと握り返してほしいよね、こういうときはさ。
夏の陽射しは大通公園の木々に降り注いでいる。日光をたっぷり吸いこんだ葉は深い緑色に変わり、ときおり吹く風に揺らめいていた。太陽が葉を照らし濃い緑色と光が反射した白い面のコントラストが目に眩しい。
「綺麗だな。」
衛が目を細めて見る先には大きな噴水がある。水滴が霧のように空気に溶け込み、淡く漂っていた。
噴水の周りには濡れることも楽しいのか、小さい子供たちが飛び跳ね走り回っていた。
ベンチに座る人には霧のような空気が涼しさを運んでいるのだろう。焼きとうきびを片手にのんびり座る観光客は皆リラックスして見える。本州から来た人にとって湿度の低い札幌の今日は「少し暑いかな。」程度なのだろう。暑さにへばっているどころか炎天下の公園で景色と空気を楽しんでいる。
「綾子が大きくなったら連れてきてやろうか。遊び疲れたら、大人たちはビールを飲む。」
「理はビールから離れないんだな。紗江さんにメールしよう。」
衛は噴水とその周りではしゃいでいる子供達を写したあとスマホを操作している。衛は俺よりねえちゃんにメールをしているみたいだ。料理のほかに何の話題があるのか俺は知らない。でもそんな衛をみているのは好きだ。血のつながりはなくても姉という存在が衛にとって大事なものになってくれると嬉しいから。ヨシ兄を「兄さん」と呼べても「姉さん」とは呼べないあたりが衛の照れかもしれない。
少しずつでいい、武本家に衛の存在が自然に組み込まれていけばいい。親に言わないことに決めたけれど、衛の存在は俺にとって大事なんだということを隠すつもりはない。少しずつ・・・そう、少しずつ、衛が当たり前の存在になって武本家に受け入れられてほしい。
噴水をすぎると5丁目がサントリーのブース。日陰を選びながら大通り公園を西に向かって歩く。
俺がサッポロがいいと言ったから何丁歩くはめになるのかなと衛に言われながらの散歩。
6丁目はアサヒビール。なかなかの盛況で盛り上がっていた。
「アサヒ、人気だな。」
「人の数で人気のバロメーターがわかるな。」
7丁目はキリン。サッポロはその先の8丁目だった。汗を拭きながら、サッポロがいいと言った事を後悔しつつ先を目指す。
ようやくたどり着いたサッポロのブースは雨でも大丈夫なように巨大なテント状の屋根が設置されている。テントの外にもたくさんのテーブルとイスが置かれていて、結構な賑わいだった。
「うわ~暑いだけあって人が多いな。」
「サラリーマンが加わったら座れなくなりそうな賑わいだな。」
「俺チケット買ってくるから、衛は席の確保してくれよ。」
衛に席取りをまかせてチケット売り場に行く。そりゃ勿論サッポロ黒ラベルでしょ。クラシックじゃなく黒ラベル!中ジョッキ2つとつまみに焼きそばと枝豆、あとは増毛産の甘海老から揚げを選んだ。フードコーナーでチケットと商品を交換して衛を探す。テント端の丸テーブルに衛が座っていて、こっちに手を振っている。明らかに目立ちすぎだろ、お前。周囲の視線を浴びていますよ、気が付いていますか?と言ってやりたい。
テーブルの上に食べ物と紙皿を置いて座る。衛が片方の眉をピコンと上げた。
「ずいぶん見られているな。」
「衛がだろ?俺じゃないよ。もう少しボロくてダサいコーディネイトでよかったのにな。」
「こんなゆるい服装だぞ?これ以上どうすればいいんだよ。」
緩い・・・といえばユルい。グレーのVネックのTシャツに白いパンツ(ロールアップ)とサンダル。シンプルなだけに素材の良さが目立つっていうの、あるでしょ?そういうの。
背中に汗を滲ませている黄色いTシャツのバイト君にジョッキのチケットを渡す。この気温の中で動くのは大変だろうと思いつつ、明日から同じ立場だよバイト君なんて思ってしまったり。同じ接客業の人を見ると頑張れ~と思ってしまうのは職業病かもしれない。
「理こそ、もっとダサい服を着ていればいいんだよ。まったく。」
俺は白いタンクトップに合わせたのはTAKEO KIKUCHIの開襟シャツ。紺色で同系色の織りが施されているので角度によって模様が浮き上がる。これは結構お気に入りで何年も着ているけど飽きがこない。ジーンズにスリッポン型のスニーカーをつっかけた。衛よりは多少お洒落さんにしたのは、男前に釣り合うようにという俺の配慮。
「そのシャツは俺も好きだな。去年は通勤時間の時しか見られなかったし。たまにはこうやって出かけるのもいいな。」
さりげなくの不意打ち。周囲は酔っ払いばっかりだから、すこしぐらい俺の顔が赤くても目立ちはしないと言い聞かせる。
お出かけ=デート
それに思い当たって、急に恥ずかしいような嬉しいようなウキウキ感が沸き上がってきた。そんな俺を見た衛の表情が緩む。
くっそ・・・キスしたい。
「お待たせしました!」
テーブルにガンとおかれたジョッキ。俺の予想の上をいくサイズだった。
「いくら楽しみにしていたからって大ジョッキにしたのか?」
「いや・・・俺買ったの中ジョッキなんだけど。」
「ええ?このサイズで?」
店で頼んだら大ジョッキといわれる特大サイズのジョッキにヒエヒエのビールが並々と注がれている。ジョッキに伝う水滴がさらに美味そうに見えてゴクリと喉がなった。
「乾杯しようぜ。」
「おう、乾杯!」
ガゴンとジョッキを合わせてゴクゴクと飲み込むビールは期待を裏切らない美味しさだった。キュルキュルと喉を滑り落ちていく。
ぷっはぁ~~。
うまい!
他のテーブルを眺めると、樽を囲んでいるグループが何組か見える。なんだろう、あの樽。衛も同じことを思ったのかテーブルの上のメニューを見て指さした。
「10Lの樽も販売しているみたいだぞ。」
「へえ~ビアガーデンも変わったな。いちいちチケットを買うよりこのほうが面倒がなくていいかも。グループには最適だよな。」
「ほら、これ。どうりでだ。小ジョッキが500mlらしい。これが通常の中生のサイズだよな。」
「おお~本当だ。俺が買った中ジョッキって800mlもあるじゃんか。ああ!そのうえがあった『男前ジョッキ』なんと1000ml!これにすればよかったかな。お前にぴったりじゃないか。」
衛の眉間にミシっとしわが寄った。なんだよ・・・男前には男前ジョッキだろうが。
「この暑さなら飲み切る前にぬるくなってしまう。男前ジョッキ買うなら小ジョッキを2杯飲んだほうが美味しく飲めるじゃないか。」
正論で返された・・・。いいじゃないか、ちょっとうかれたってさ~。せっかくだ、それ飲んでみるか!とか言えよと思う反面、ぬるいビールが最悪なのを知っているだけに無理強いできない俺。
「このエビ、フニャフニャだから殻をむいたほうがいい・・・なんだこの細さは。」
衛の指によって殻が剥かれたエビは極細だった。甘海老に熱を通せばそうなるのが当たり前だけど、カリカリじゃないと美味しくないよね。枝豆は普通の冷凍ものを解凍しました枝豆。焼きそばもありがちな焼きそば。
ビールをゴクゴク飲みながら二人で食べ物をやっつける。捨てるには忍びないし。
「エビと焼きそば食べたら、無性に「香州」の海老焼きそばが食べたくなった。」
「ああ、あそこは旨いよな。」
「このままそこに移動しないか?」
衛はスマホを取り出し検索を始めた。予約するような店じゃないけどね。庶民的な中華屋さんでずっと昔からあるお店。俺はそこの海老焼きそばが好き。白湯のあんかけで塩味。そこにガリっと胡椒をかけて酢をじゃぶじゃぶ回しかけて食べるのが好きで、たまに食べたくなる味だ。
「残念ながら、月曜が定休日だ。」
「ええええ~~。なんか頭も舌も胃袋も海老焼きそばモードになっていたのに!しょがないからどこか探すか、中華の店。」
衛はスマホをしまったから検索するつもりはないらしい。さてはお薦めのお店があるわけだな?ぜひそこで海老焼きそばを食べましょう、衛さん。
「理と出かけるのは楽しいし、久しぶりだから嬉しい。」
ええっと・・・なんですか急に。
「ただ難点がある。」
「難点?」
どうせ人がみているとか系の取り越し苦労の難点だろう。それって俺がそのままお返ししますよって内容なんだけど。
「気持ちが近づいてうれしくなった時、キスもできないし触れられない。俺はさっきからそれに困っていて実はもう帰りたい。」
・・・・。
酔っ払いましたか?
いや・・・まあ・・・俺もそれは思ったけどね、何回も。
「だから買い物をして帰ろう。海老焼きそばは俺が作るし。理の気が済むまでビアガーデンには付き合うよ。せっかく来たんだしな。」
ああ~~もう。なんだよお前!
俺はここで猛烈にギュウギュウしたいぞ!そしてキスだってしたい!!!
俺がとった行動は残ったビールを一気飲みすることだった。あらかた片付いた食べ物をそそくさとまとめて手にとるとゴミ箱に捨てるために席を立つ。
努めて冷静な顔を装って席に戻れば。売り子のおねえちゃんにもう一杯いかがですか攻撃をされている衛が苦笑いしていた。
「帰ろうぜ。」
俺の声に振り向いた売り子ちゃん。残念って表情を隠しもせずにそこに立っている。
立ち去りたまえ!小娘君。
俺の姿を認めて立ち上がった衛の手をむんずと握る。
「帰ろうぜ。」
衛はちょっとびっくりした顔をしたあと、いつものとびきりスマイルを俺にくれた。残念顔の売り子ちゃんは、いまや驚愕の表情だ。
衛は俺の手をキュと握り返したあとゆっくり離した。並んで歩きながら、俺は考えた。考えたところで答えは一緒なんだけど。
「人に言えないとか、ノーマルとは言いがたいとか、手を大っぴらに繋げないとか色々あるけど後悔はしてないから。」
横を見ると衛はまっすぐ前を見ながら歩いている。
「俺たちのことを理解してくれる仲間がいる。それに理にはわかってくれる家族だっているんだ。それだって無い人達だって沢山いるはずだから、俺たちは恵まれていると思うよ。」
そうだよな。誰にも言えずにひっそり二人で・・・いや一人で生きている人だって沢山いるだろう。それを思えばやっぱり俺は幸せ者なんだってことだ。
「色々不具合があってもさ、やっぱりお前を好きになってよかったって思ってるよ。」
「理。」
「なに?」
「急いで帰るぞ!」
衛の浮かべる笑顔は今日浴びた太陽の光と同じく眩しかった。それをもらっているのが自分だということ、そのことをやっぱり幸せだと思う。
「海老焼きそばの買い物もしなくちゃね。」
「余計に急がないといけないな。」
少し熱っぽい視線を交わしながら交換する笑顔。
こうやって二人並んで歩く。
それって衛以外には考えられない。
衛も同じだという確信。
やっぱり俺、お前のこと好きになって・・・よかった。
今年の夏の思い出は「ビアガーデン」
来年は?
来年の俺達がどんな思い出を作るのか楽しみ!
(とりあえず、今一番楽しみなのは海老焼きそばだって事はナイショですよ、皆さん。)
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