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august.25.2016 もうひとつの兄弟
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あれ?ミネさん・・・かな?
午後の講義が休講になったので友達数人とボーリングに行くことになった。待ち合わせ時間にはまだ時間があったし、パンを買って帰ろうと思ったから。兄ちゃんがここのパンが好きなのは母さんが買い物にでかけたら絶対買ってくるからだ。(というか俺も好き。)
最近は俺が買って帰ることが多いけどね。
北川家定番のコーンパンとチョコブレッドの会計を済ませて店をでようとしたら見慣れた背中。片手には俺と同じ紙袋。ミネさん・・だよね。
急ぎ足で追いついて横から顔を覗くと、やっぱりミネさんだった。
「やっぱり、ミネさんだ!こんにちは。」
「ん?ああ~アキじゃん。おっ!パン買ったのか?奇遇だな。」
フニャっと笑うその笑顔がなぜか安心するのが不思議なところ。初めて会ったのは兄ちゃんの卒業祝いの席だったけれど、それから俺は結構店に行っている。友達とランチをすることもあるし、なんとなく兄ちゃんの顔を見に中休みの時間に顔をだしたり。
いつもミネさんはじめスタッフの人たちが温かく迎えてくれるから、友達の前では密かに鼻が高い。特別なの、俺~みたいなね。ちっこい優越感だけど。
「それはお店で使うパンですか?」
店で使うにしては少量だし、なんとなく長いフランスパンを2~3本ひょいと持っていてほしい希望。残念ながら白衣もエプロンもしていないので、俺の想像する「シェフのちょっと買い出し」のイメージとは程遠い。
「あ、これ?」
ミネさんは片手をひょいと持ち上げた。甘い香りが漂ってくる。
「これ、今月のミニクロワッサン。マンゴーヨーグルト&カシス味。ハルが毎月楽しみにしているから買い出しにきたのです。」
「わざわざ?兄ちゃんが自分で買いにくればいいじゃん。」
ミネさんは何かを思い出してクスっと笑った。
「ハルが自分で買って食べることのほうが多いよ。でもね、俺から月に1回は必ず買って渡すの。すっげ~嬉しそうな顔をするからね、俺ヤミツキなわけよ。」
・・・堂々と惚気られた。
でも嫌な感じもないし冷やかしてやろうって気も起きない。逆にうれしかったりする。
兄ちゃんが一人暮らしをするはめになったいきさつはガツンとくるぐらいの衝撃だった。俺なりに考えたり悩んだりしたし、どうしたらいいのか答えもでなくて悶々と過ごす時期がそれなりの長さ存在した。JRでわずかな時間しか離れていないのに全然帰ってこなくなったから兄ちゃんの顔を見ることはめっきり減ってしまった。
週に1回くらいメールをするけど、これといった内容はなく近況報告だけ。兄ちゃんが大学に進学してもそのペースは変わらなかったけど変化が訪れた。
卒業したらレストランで働くと言い出したあたりから、母さんが兄ちゃんの話題をすることが増えたし、父さんが正明は有望らしいぞとか、そんな事を言うようになったり。3人の会話に普通に「正明、兄ちゃん」が増えだして北川家が明るくなりはじめた。
俺はその理由がよくわからなかったけど、大晦日に持ってきてくれたオードブルが旨すぎたり、兄ちゃんが本音を少し言ってくれて蕎麦を食べたりしておぼろげに見えたことがあった。
兄ちゃんは変でもなんでもなく、ちゃんと自分に向き合っているってこと。俺は同じにはなれないけど、それでいいんだって思えた。兄と弟や家族であることが重要で、それぞれの道を行きつつ家族という絆を保てばいいってこと。
それにSABUROで兄ちゃんはなくてならない存在になっていて、スタッフ全員が兄ちゃんを認めて受け入れてくれていた。その中でもミネさんがしっかり兄ちゃんのことを見ていてくれている事に感動してしまい嬉しくなった。父さんも同じだったみたいだけど。
そしてそんな二人が恋人になった。
あの日の両親のうかれっぷり、思い出すだけで笑えてしまう。実際俺はプっと噴き出してしまった。
「なに?可笑しいことでもあったか?」
ミネさんはそう言いながら店に向かって歩きだすから自然と俺も横を歩く。暑さをさけて三越からポールタウンをすすきの方向に地下を進んだ。
「いや、思い出し笑いです。ミネさんが家に来た日のことですよ。学校から帰ったらリビングのテーブルに空っぽの寿司桶とワインのボトルがあってご機嫌夫婦が二人いたんです。」
「ええ?寿司?」
「そうですよ、どれだけ嬉しかったかしりませんけど俺の帰りを待たずに二人で宴会してたんですよ。酷くないですか?」
「あははは、北川さんと広美さんが?」
「そうですよ、父と母が。」
そっと横を見てミネさんの顔をうかがう。少しだけ口の端をあげて笑顔らしきものを作っていたけど、何かを思い出しているのか目は真剣だった。俺は不覚にもドキっとしてしまって焦る。普段ニヒャってしている人の真剣顔って威力があるっていうこと初めて知ったかもしれない。
「気合いいれて行ったからね、あの日。交際をお許しくださいじゃなくてさ、俺はそういうことなんですって言いにいったのよ。認めてくれなくても引く気はさらさらなかったし。でもやっぱりさ、北川さんと広美さんにはきちんと話たかったわけ。黙っているわけにはいかないよね、俺は雇い主としての責任もあるしさ。それで乗り込んだわけだけど、宴会してくれたのか。なんだかそれは嬉しいね。」
「まあ・・・俺としてもよかったなって思いましたし。」
「そっか、ありがとな、アキ。」
真剣顔がニヒャっと笑顔に変わる。この人色々表情変わるんだな。でもわざとらしいとか嘘っぽい表情が全然ない。ミネさんって思った以上にいい人なのかもしれない。
「じゃあアキは寿司食べ損ねたってこと?」
「さすがに寿司を続けるのは可哀想なので焼き肉をリクエストしましたよ。ビール飲みながら焼肉屋で乾杯しました。」
「いいね~北川家。団結してんじゃん。」
「今度ミネさんも兄ちゃんと来てくださいよ。絶対楽しいと思うし。」
「そうだね。機会があったらね。そういやアキは今日学校は?」
「突発休講なんで友達と遊びにいくんです。待ち合わせは角のマックなんでシェークでも飲んで揃うの待つかなって。」
「あ、そうなんだ。じゃあちょっと店寄ってよ。フォカッチャ持って行って。」
でた!ミネさんのフォカッチャ。これはローズマリーがいい香りでオリーブオイルの風味が最高にいい。母さんの大好物で、これを軽く焼いてワインを飲みながら幸せそうに食べる。そしてミネさんフォカッチャが家に来る日の晩御飯はホワイトシチューと決まっている。ミネさんに教わったブーケガルニ?とかいうのを入れたら母さんのシチューが別物になった。
そしてこのシチューにベストマッチなのがミネさんお手製のフォカッチャってわけ。
「母さんにメールしなくちゃ。」
「どして?」
「このフォカッチャ来る日はシチューに決まってるので、メールしないと怒られます。ついでに言うと家についてからシチュー作られたら何時に食べられるかわかりませんよ。」
「何がなんでもシチューなわけ?こんな暑くても。」
「ええ、関係なく。美味しいからオールシーズンOKです。」
「ちゃんと美味しいって広美さんに言ってるか?」
「言ってますよ。なんかそれ兄ちゃんにも言われた気がするな。当たり前にごはんがでてくると思うのは違うからねって。ちゃんと美味しいとありがとう言うんだぞって。確かに母さん嬉しそうだし、俺と父さんが美味しいとか言うと。」
「そりゃあ当たり前だよ。なんで飯がないんだ!とか、美味しいも不味いもないまま食べられても作ったかいがないじゃない。ハルはメチャメチャうまそうに食べるのよ、これもヤミツキ。」
でました、お惚気第二弾。
俺は聞いてみようと思った。今なら聞ける気がしたし、一度ちゃんとミネさんの気持ちを聞いて安心したかったんだと思う。
「ミネさん・・・は今まで女の人と付き合ってきたんですよね。」
「だな。」
「兄ちゃんでいいんですか?」
ミネさんはいきなり俺の頭をワシャワシャした!いや!ちょっと!なにこの人!
「う~ん、やっぱり兄弟でも全然違うのな。俺はいっつもこうやってハルの頭をグチャグチャにしてニヤニヤしてるんだけど、アキじゃだめなんだわ。やっぱりハルじゃないと。」
「・・・はあ?」
「朝起きてオハヨウって一番に言うのもねハルがいいわけ。それは女の人だからいいとか男の人だからいいって事じゃなくてさ。ハルじゃないとだめになっちゃったのね、俺が。」
驚いた。
こんなに普通に素直に気持ちを他人にいう人がいるんだ。それも同性の恋愛に対してだっていうのに。「その人じゃないとだめ。」正直そんな気持ちになったことがまだない俺にとっては、それがとても素敵なことに思えた。そんな人に巡り合えることができたら幸せだろうなってストンと納得。
「アキのいう通り俺は女の人と付き合ってきたよ。それが普通だと思っていたし、男を好きになったことも好きですって言われたこともなかったし。でもねいつの間にかハルが俺のなかにどんどん刺さっちゃって引っこ抜くこともできないし・・・違うな、引っこ抜くなんて無理~ってなったわけよ。これもうどうしようもないでしょ?一緒にいる以外ね、もうどうしようもないわけ。」
勝手に顔が熱くなる。なんだこの熱烈な告白は。それも弟の俺にイケシャアシャアと言いうあたり、ミネさんって人は俺が知っているどんなタイプにも当てはまらない。大学を卒業して就職して色々な人に会っていく中には自分の知らない種類の人が沢山いるんだろうか。それって・・・すごく楽しみだ。
「愛されてるな・・・兄ちゃん。」
「当たり前じゃんか。女の人しか好きにならないと思って生きてきたのに、今はもうハルじゃないとダメ~とか言ってんだぞ俺。もうこれは真実の恋ですよ。」
恥ずかしい・・・です俺。それも猛烈に!
なんだそのチープなラブストーリーのセリフみたいなの!
でもね、なんだかその「真実の恋」ってちょっとイイなって思えた。それをあっさり言えるミネさんも、そんなこと言わせちゃう兄ちゃんも。
なんだか二人とも格好いいじゃないか、悔しいけど。
中休みのSABUROで「勉強しているか?」と飯塚さんにニヤリとされ、理さんはシャツのおさがりをくれた。理コレクションは俺の好みとドンピシャなので、結構このおさがりを楽しみにしている。
トアさんは「これさえ押さえておけば人気者」というDVDのリストを押し付けられた。残念ながら江別にはレンタe-zoがないからね、これを見るには結構時間がかかるよと思ったけど貰っておいた。日曜の番組みたいに、この中の1本を見ることで俺の人生が変わる可能性だってあるしね。
ミネさんは「北川家へ賄賂です。」といたずらっぽく笑いながらフォカッチャを持たせてくれた。
兄ちゃんはフォカッチャたお下がりシャツを全部紙袋に入れて手渡してくれる。とても穏やかで柔らかい兄ちゃんの顔を見てさっきの「真実の恋」を思い出す。
幸せなんだな、よかったね。そう心の中で言いながら。
「今度ミネさんと家にきてよ。兄ちゃんばっかずるいじゃん、ミネさんの料理食べてさ。」
「いや~そう言われても。そうだね、今度行こうか。俊明が泊まりにきてもいいんだよ。」
「無理~。兄ちゃんたち帰ってくるの遅いし、月曜日は俺1限から講義あるし。」
「そっか。そのうち皆でご飯食べられるといいね。」
「うちで年越しすればいいじゃんか。」
「あ~でも、ミネさん人格変わっているかもしれないよ。疲れすぎて。」
「ここぞとばかりに父さんと飲ませて潰してやる。」
「まったくも~。」
言葉を交わしながら、これでいいんだって思った。
俺たちはちゃんと兄弟で家族だ。異色のミネさんが加われば北川家にとって刺激になりもっと楽しい家族ができあがるかもしれない。
先のことはわからないけれど、そんな風になってほしいなって思った。
ミネさんみたいな兄ちゃんがいたら・・・とんでもなく楽しそうだよね?
でかした兄ちゃん。
ちゃんとミネさんを捕まえておくんだぞ!
あのミネさんのメロメロぶりなら当分の間、大丈夫そうだけどね。
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