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august.28.2016 シネマレストラン「ビックフィッシュ」
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「なんなの、これ。」
だいたいこれを送ってくる相手を友達だと思っていいものか。私なら絶対しない。
食事をしていたらメールの着信があった。相手は短大時代の友達・・・というか同じサークル繋がりの女性。年に2度ほど何人かで集まって近況を報告したり思い出話をしたりする。それぞれ仕事を持っているし結婚する子もチラホラしてきたから、だんだん面子が揃わなくなった。リーダー的な男性も仕事が忙しくなってきたし幹事も面倒だとこぼす始末。色々潮時な集まりだから自然消滅でも構わないと思う自分は冷たい人間なのかな、なんて思ったり。でも状況は変わっていくし、年齢とともに環境だって時間の使い方だって違ってくるものだ。
連絡網的な役割しか果たしていなかったメアドから届いた写真。これを撮って添付して送る?
私ならその作業中で心が萎える、というより写真に撮ろうなんて思わないし。
決定的瞬間ですよ、とでも言いたいのだろうか。
そこに写っているのは仲がよさそうな男女の姿だ。仕事ができますよと全身でアピールしているようなスーツ姿。生き生きとした表情は輝いていて、ちゃんと女性としての配慮を忘れていない。悔しいくらいに決まっているじゃない。こういう年上の女性に憧れるし、いずれこうなりたいと思える理想型。
問題なのは、この女性の隣にいるのが私の彼氏だってこと。
おまけにコイツは札幌に住んでいないわけで、私たちは遠距離恋愛をもう3年続けている。札幌と函館。どちらも道内を代表する観光地だけれど距離が離れすぎている。特急で片道4時間弱、振り子特急というユラユラ左右に揺れて走る列車に乗っていかなければ会えない相手だ。
それがどうして札幌にいて、おまけに私の知らない女性と仲良く歩いているのだろう。相手はスーツ姿、隆文はポロシャツにチノパンというお気楽な格好だ。デートというわけではないだろうが、なんでアンタまでこんなキラキラした顔をしているわけ?
どうして札幌に来ているってわたしに連絡してこないわけ?
これを送り付けてきた女子は嬉々として写したはずだ。学生時代、隆文狙いだった彼女は大いに悔しがったのだから。私と隆文が付き合うことになったのを知り、抜け駆けだと言いがかりをつけてきた。でもね、私が動いたわけじゃなくて隆文が付き合ってくれって言ってきたから、抜け駆けでもなんでもない。
そして大学を卒業して就職した先は函館と札幌。この就職難の時代、赴任先に不満があるから会社辞めますなんて口が裂けても言えない。
それから3年の間、札幌と函館を行ったり来たりしながら関係を保ってきた。
お互い言葉にしないけれど、本当は言ってしまいたい。「このままでいいのかな。」「これ、いつまで続くのかな。」を。
いろいろと息苦しいと感じているときにこの写真とは・・・何かのお告げかしら。
「溜息をつくと幸せが逃げていきますよ。」
コーヒーを注いでくれるトアさんの笑顔に癒される。こういう穏やかな人だったら変な心配しなくてすむかしら。でも逆に誰にでもソフトに接しそうだから、それはそれで心配?かな。
「知り合いが恋人じゃない人と歩いているのを見ちゃったんです。どう思います?」
誰かに否定してもらったら気が楽になるかもしれない、そんな思い付きで言ってしまう。トアさんはキョトンとして私を見た。
「今日?その方は会社員?」
「ですね。」
「それはきっと仕事ですよ。」
は?仕事?
私もきっとキョトンとしたのだろう。トアさんの目が優しくなった。
「だって昼間は仕事していますよ?僕みたいなサービス業じゃなければお休みじゃないでしょうしね。誰と歩いていようが、それはお仕事中ってことになりますよね。だから仕事関係だって僕なら思います。」
「え?デートじゃなくて?」
「ええ、デートはお休みの日にすると思います。」
・・・こうもキッパリ言い切られたら、そうなのかなって思ってしまった。あの女性は間違いなく仕事だろう。隆文のカジュアル具合はどう考えればいいのかしら。
「んん~僕の持論ですが、人を疑うとキリがないといいますか、どこまでも発展していって、最終的には何を疑っていたのかわからなくなりませんか?」
「・・・ですかね。」
「疑ってウジウジするくらいなら信じるほうが楽なんです、気持的に。」
!!なるほど。そういう考え方もあるのか。
確かに服装だってミスマッチだし、デートの雰囲気ではない。ただ二人ともキラキラしているのが腑に落ちないのと、なぜ私に連絡してこないの!ってところが解決されないのよね。
「人の言葉を信じる意味を教えてくれる映画がありますよ。一度見てみたらいいかもしれないですね。」
「どんな映画ですか?」
「人を信じるとね、現実もおとぎ話になるし、おとぎ話が現実になるのです。「ビックフィッシュ」という映画です。観念めいた難しいものではなく、すっと入ってきます。信じる心の強さと美しさ、それと楽しさを教えてくれますよ。」
「ビックフィッシュ?」
「ええ、モヤモヤしたときにおススメです。」
信じる心の強さか。
今私に必要なのはそれかもしれない。
「監督はティム・バートン。彼は異形だったり異色の人間が注目されたり差別される悲しさを主人公の存在にのせているような所があって「シザー・ハンズ」という映画では主人公の両手はハサミなんです。」
「ハサミ?」
「指それぞれが刃なのです。だから好きな人を抱きしめることができない。」
妙な設定なのに切ない気持ちになるのは何故かしら。
「そんなティム・バートンが好きだったんですけどね『ビックフィッシュ』を見終わった後、僕は映画館で立ち上がってバンザイ!!!って叫びたくなりました。まさかティム・バートンがハートウォーミングで攻めてくるとは!そしてそれに泣かされる日がくるとは!!
・・・あ・・・すいません。また止まらなくなっちゃって。」
トアさんは照れ隠しなのか、さっき注いだばかりだというのにカップにコーヒーを足すからナミナミになった。そのカップをみて恐縮する姿が可愛い。大人の人に可愛いなんて思っちゃいけないかもしれないけれど、私の気持ちが和んだから許してもらおう。
ハサミが手?の主人公と、現実がおとぎ話で、おとぎ話が現実?なんだかどっちもよくわからないけど、見てみようと思った。
隆文を信じるためのパワーがもらえるかもしれないし。
なみなみのカップを零さないように持ち上げながら、今晩は映画三昧にしてやろうと決めた。
<<<そしてその夜>>
「えええ!お父さん!本当だったの?!」
ぬるくなったビールの缶を思わず力強く握ってしまった私。2本続けてDVD見るなんてしたことがないのに、私はそれを今晩やってのけた。さすがトアさんセレクト!
ハサミの主人公は切なすぎた。雪が降るたびに思い出しそうで涙がでる。白塗りで最初わからなかったけど、主人公はジョニー・ディップだった。「パイレーツ・オブ・カリビアン」の人だったとは・・・。海賊より断然ハサミ男子のほうが好み。今度ジョニー・ディップのおすすめをトアさんに聞いてみよう。
そしてこの激しい落差に叫んでしまった。同じ監督とは思えない2品の作品。たしかにどちらもファンタジーの要素があるし一筋縄ではいかない設定なのに全然違う!
そして「ビックフィッシュ」の息子さんに感情移入していただけに、まさかまさか!彼らが本当に!!
トアさんが万歳したくなったっていう気持ちがわかる。おまけに私は泣いていたりもする。
だって・・・だってもう・・・こうなるとあのお花畑が心に染みるわ・・・。
隆文と一緒に見たいって思った。
最後に「えええ~本当だったの?」って言う顔を見て「でしょ?でしょ?」って言いたい。
昼間のモヤモヤが全部吹っ飛んでしまった。トアさんすごいな・・・シネマセラピストとか名乗っちゃえばいいのにね。
「あなたにピッタリの映画をご紹介します。」なんて言いながらメガネのブリッジを押し上げてニッコリしてほしい。絶対通ってしまいそうだわ。
床に転がっていたスマホがブ~~ンとうなって揺れた。
ああ、一時停止をしてジョニー・ディップの検索をしたんだった。ディスプレイに映っているのは隆文が照れくさそうに笑っている顔。いつ写したか忘れちゃったけど、なんかこの顔が好きでずっと変えずにいる。さて、君は函館に帰ったのかな?それとも札幌にいるくせにダンマリを貫くつもり?
「もしもし?」
『あ~お疲れ。』
可笑しくなってクスクス笑ってしまう。場にそぐわないことを言ってしまう時は緊張している時。私に弁明をするのだから少しくらい緊張すればいいわ。
「どうしたの?」
『いや・・・えっと。俺会社辞めることになって。』
「はああ?」
『それで・・・札幌の会社が決まって・・ええと。』
どうして相談してくれなかったの?とか、あ~あの女性は新しい勤め先に関係ある人なのね、とか・・・色々な「とか」が浮かんできて怒るべきなのかふくれるたほうがいいのか、嬉しいと言うタイミングなのか、私はわけがわからなくなった。
耳にあてたスマホから聞こえてきたのは聞きなれた音と声。
ヒヨンヒヨンヒヨ~~ン
『いらっしゃいませ、こんばんは~~~~』
自動ドアが開くと鳴る機械音、それに続くのは間抜けなバイト君の変なイントネーションの声。入ってきたお客さんの顔をみることなく、機械音と同じタイミングで繰り返される挨拶めいた出迎えだ。
隆文はこれを聞くたび「もうちょっと気持ちをこめていいと思わないか?」と私に言いながら苦笑する。
「ほんとね。」と私は返事をして店内に入る。
この3年の間、何回繰り返しただろう。
隆文はこの音が電話を通して私に聞こえていることに気が付いているだろうか?
「昼間会っていた綺麗な女性は、新しい仕事先に関係あるのかな?」
『え!なに?なんで?いや・・・えええ?』
「札幌に来ているのに何もいってこないからどうしたものかと思っていたところなのよね。きちんと話を聞かせてもらおうかな。手ぶらはダメよ。そこのコンビニでビール買ってきて。」
『え?なんで?俺がコンビニの前にいるってわかるの?』
「いらっしゃいませ、こんばんは~~~~。って聞こえたから。そこのバイトくんみたいな調子はずれな挨拶他じゃ聞けないでしょ。
ビール買ってさっさとくれば?何か食べたの?」
『・・・いや、まだ。何か買っていくよ。』
「パスタくらいなら作れるし。急に食べたくなったからキャラメルコーンかかっぱえびせんも買ってきて。」
『キャラメルコーンは売ってないんじゃないかな。』
「だったらえびせん。パスタ茹でちゃうよ?のびたブヨブヨ麺になる前に買い物したほうがいいわよ。」
『うん・・・わかった。あのさ。』
「なに?」
『黙っていたのは上手くいかなかったら糠喜びになるだろ?ちゃんと決まってから言おうと思っていて。なんかさ・・・俺、これ以上離れているのしんどくなって。』
「ちゃんと顔みて言ってよ、そういうことは。」
テレビの画面はエンドロールが終わり、チャプターの画面に切り替わっていた。
隆文はちゃんと仕事をしていた。そして疑いだしたらきりがなくて、何を疑っていたのかわからなくなる。「ビックフィッシュ」のお父さんのおとぎ話だって信じていればどれだけ楽しい気持ちになれただろう。それに気が付いた息子は、父親と同じように自分の子供に「おとぎ話」を聞かせる。
『信じる心の強さと美しさ、それと楽しさを教えてくれますよ。』
ホントですね、トアさん。
疑ってギスギスするよりも、人と自分を信じてのんびり生きていこう。
離れているのがしんどくなって・・・か。
そんな言葉が聞けるなら三年は無駄じゃなかったのかもね。
かっぱえびせんとビールをぶら下げているだろう隆文が思い浮かんで自然に笑顔になった。
お昼の私はもういない。
こんなにスッキリしたのは久しぶりだから、やっぱり二人でもう一度この映画を見よう。
でもその前にパスタをつくらなくちゃ。
隆文が好きなカルボナーラにしようかな。
立ち上がると同時にインターフォンが鳴る。
もちろん私は笑顔で玄関に向かう。
ドアの向こうに立っている隆文を出迎え抱きしめるために。
FIN
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