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september.9.2016 臆病風が吹いた先 3
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「それで僕に何を聞きたいのですか?大した事答えられないと思いますけど。」
キイはコーヒーのお替りを注いでくれた。向かいに座ったキイを見ながら俺が感じていたのは焦り。俺はなんでこう不器用というか物事をうまく運べないのだろうか。ことヒロが相手だと特に。
「キイはさ、もしもの話だけど・・・ミネさんと別れたらこの店はどうする?そういうこと考えたか?」
キイは俺を見たまましばらく何も言わなかった。それもそうだろう、俺が何を聞きたいのか今の質問じゃ皆目見当がつかないはずだ。
「一緒にいられなくなったら仕事だけでも傍にいようっていうの・・・僕は無理なので辞めるでしょうね。仕事も住む所も生活全部を一から組み立てなおさないといけない。考えたくないですが、やっぱり悩みました。でも答えはでなかった。」
「でなかった?」
「そうです。その時になってみないと自分が何を考えてどう行動するなんてわからないって事です。だから考えても無駄だって思いなおしたのと、別の見方をしました。」
「どんな見方よ。」
キイは柔らかく微笑んだ。それはヒロが俺に向ける笑顔を思い出させて心のどこかが引き攣れる。そうなんだよ、こうやってちょっとしたことが怖くてたまらなくなる。
「心の底にある想いをもったまま距離を保って生活する。これを実行できれば長く一緒にいられるかもしれない。でも僕はそれを望んでいなかったから・・・そうですね、短い夏みたいにあっという間に終わってしまうかもしれないけれど、手にしたっていう現実を自分のものにしたかった。それに気が付けたのはギイさんのおかげなんですけどね。
そして見えない先の事を考えれば考えるほど不安材料が増していくので諦めたんです。」
「諦めた・・・か。」
「ええ、だってわからないですもん。」
「一度手にしたら失うって事、無理というか耐えられる気がしなくないか?」
キイはひたと俺を見据えた。
「だから諦めるってことですか?それって僕の諦めとは真逆の結論です。ギイさん・・・まさか!
マスターから逃げたって怖いことや見えない未来なんか同じですよ。マスターと一緒なら乗り越えられるかもしれないのに独りぼっちで?
できますか?そんなこと。僕はできません。怖いですって言います、ミネさんに。「怖いの怖いのとんでけ~~」って言ってもらって笑っているほうがマシです。」
「なんだそれ。なに、あのシェフってそういうキャラなわけ?」
キイは呆れた顔をしてマグカップのコーヒーを飲んだ。
「どんなキャラでも僕にとっては素敵な人です。
ギイさん、初恋の10代が言えば「青春だな~」って言ってもらえますけど、30歳超えての発言としては臆病すぎませんか?」
コノヤロ・・・手厳しいだろうが、もっと優しくしろ。
「歳をくえば臆病になるんだよ。」
「だったら余計、寄り添えばいいじゃないですか。どこにもいかないでくれって口酸っぱく言い続ければいいじゃないですか。一人で平気だっていう訓練に意味あります?
意味不明すぎです。それに平気なはずがありませんよね、鏡を見れば一目瞭然じゃないですか。」
くそ、こいつ。言いたい放題だな。
「僕はマスターにもらった言葉で随分楽になったのです。だからマスターが可哀想なのは嫌なんですよ。ギイさん?」
「な、なんだよ。」
「マスターは怖いって思いながら12年もギイさんのこと想っていたんですよ?」
・・・12年。
「それでもずっと傍にいたのに、肝心のギイさんが逃げ出してどうするんですか。」
・・・くそっ。
「失うかもしれないって誰でも考えることです。それに慣れることなんかできません、それから逃れることも。ミネさんは約束してくれました。いつか京都に行ってお揃いの箸をオーダーしようって。」
「箸?お前ら幾つよ?枯れた趣味だな。」
「なんとでも言ってください。それと両親に会いにいって交際宣言してくれたんです。」
「マジか!!」
「マジです。」
俺は思わず厨房のほうを見てしまった。フライパンを振りながら男前のヤツと何やら話している。ノンケの男が男とつきあいますって相手の両親に言いにいっただと?
凄すぎて言葉にならない。怖いの怖いのとんでけ~やら見かけに騙されると痛い目に合うって奴。
たまにいるんだよな・・・意外性の塊みたいな男が。
「ギイさんに必要なのは覚悟ですよ。マスターが呆れて他に好きな人ができたらどうします?
マスターのお店には出会いを求めている人がウヨウヨいるっていうのに。」
「キイ・・・今日は随分言うじゃないか。おまけに意地悪だし。」
そこでポヤンと浮かんだのはヒロが楽しそうに笑いながら焼きそばを作っている姿だった。リビングに座っているのが俺じゃない誰かだったら?
目覚まし代わりのコーヒーを俺じゃない誰かのためにセットしたら?
耐えられそうにない。
怖くなって逃げだすのは人間の本能じゃないのか?
でも逃げたせいで大事なものが消えてしまうのなら、逃げる意味がない。
「ギイさん。今ギイさんがしなくちゃいけないのは、二人で長く過ごすために沢山約束をすることです。あそこに行こう、こんなことをしよう。あんなことをしてみたいと思わないか?って。
そして覚悟を決めることですよ。後戻りしたり逃げ出したりできないように。」
「両想いになったとたん、正論の山。憎たらしいやつだ。」
「恋は実ってからが本当の恋路だって言うじゃないですか。」
まったく・・・。
俺に必要なのは未来の約束と・・・退路を断つってことか?
それを考えるほうが臆病風に吹かれているより、ずっとマシだという気がした。
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