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september.10.2016 臆病風が吹いた先 4
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『やっぱり今日いけなくなった』
素気ないにもほどがあるだろ、なんだよこれ。
理由も謝罪もなしか。温厚な俺だってさすがにこれには頭に来た。自分で自分のことを優しいとか温厚なんて言う奴ほど信用できないっていう俺がだ!温厚を自認するほど頭にきたってことだ。
でもそれだって長くは続かない。
なぜ?
どうして?
俺、なんかしたか?
儀、お前なにかやらかしたのか?
吹き出す疑問が怒りを押し流し、やってくるのは不安と情けなさ。
スマホはまもなく0:00なることを数字で知らせている。あと1時間と少し、浮かれた男たちを横目に底に沈みそうになる自分を留めておかなくてはならない。
それは実際のところ結構なエネルギーを使うことを経験上知っているから自然に溜息がでた。
「はあぁぁ。」
溜息と同時にドアが開き、そこに立っていたのはキイちゃんだった。
少し後ろを振り返り一言二言言ったあと手を振った。俺からは見えないけれど連れがいるらしい。
でもキイちゃんは一人でカウンターにまっすぐやってきた。
「こんばんは。」
「珍しいね、キイちゃん。またなにかお悩み?ああ~でもそんな顔をしていないね。」
キイちゃんはキラキラしていて、俺には眩しかった。このキラキラに当たっていたら幸せのお裾分けにありつけないだろうか。
「誰かと一緒だった?」
「ミネさんです。マイヤーズいただけますか?30分後に待ち合わせなので。」
「なんだ。一緒でもよかったのに。」
「う~ん。なんか嫌だったんです、僕が。ミネさんがジロジロ見られるのを見たくないですから。僕のつまらない独占欲です。」
俺が思ったのは「いいな。」ということ。自分の独占欲をあっさり認めてちゃんと言葉にできている。俺は好きだと儀に言ったけれど、それからはあまり言葉にしていない。言わなくてもわかるだろう的に世話を焼いたり、くっついてみたりだ。よっぽど儀のほうが言葉をくれる。
もしかして儀が距離を置くようになったのは俺の気持ちを疑って?・・・だとしたら最悪じゃないか。自分のせいでこんな気持ちになっているなんて無様すぎる。
「仲良くしているみたいだね。」
「ですね。仕事も家も一緒ですから、仲良しじゃないと窒息するんじゃないかって。顔を見過ぎで飽き飽きしたって言われる日がくるかもって時々考えます。」
「飽きた・・・か。」
「でも、その度に思うのです。僕がミネさんの顔を毎日みていて飽きるかなって。」
「飽きるの?」
キイちゃんはにっこり笑った。
「そんなわけないじゃないですか。マスターはギイさんと10年以上のつきあいで飽きました?」
「・・・いや。」
「ですよね。じゃあ最低12年は大丈夫ってことです。」
キイちゃんはコクリとマイヤーズを飲み込み、ちょっと顔をしかめたあとフワっと笑った。
「最初に飲んだときより仲良しになれた気がします。」
「そお?」
俺も飲むか。バイロンの言うようにラムにすがれば高尚な気持ちになれるかもしれないし。悩み事があるわけでもなく、時間もないのにキイちゃんが来てくれたのには理由があるのだろう。俺はそのままキイちゃんの言葉を待った。
「マスター、ギイさんとどれくらい逢ってないのですか?」
「いきなりだね。儀から電話でもきた?」
「いいえ、昨日店にきました。ランチを食べに。」
やっぱり仕事が立て込んでいるわけじゃないってことだ。ランチに出かける余裕はあるんだな。俺の所にはこないっていうのに。
「ギイさんやつれてましたよ。頬がげっそり。」
「仕事が忙しいとか言ってたし。」
キイちゃんは俺を静かに見つめた。何か言われたわけでもないのに、疚しいと思ってしまうような穏やかな視線。俺の心の底を覗くような瞳。
「ギイさんは臆病な人だったんですね。」
おれは鼻で笑ってしまった。
「ふっ、臆病なのは俺だと思うけどね。」
「いいえ、マスターは12年もギイさんを見守ってきたというのに、ギイさんはたった9ケ月でガタガタしています。」
ガタガタ?俺への気持ちが揺らいでいるってことか?
「ガタガタっていうのは・・・震えてます。怯えています。」
「儀が?」
「はい。」
「なんで?」
「臆病風に吹かれて丸裸になっちゃったみたいです。」
なんだよ、臆病風って。だからって俺を避けている意味がわからない。
キイちゃんは困った顔をしながら俺に言った。
「マスター。僕、ギイさんにズケズケ言っちゃったんですよね。ギイさんが方向性を間違ってしまったらって心配になっちゃって。」
「それで俺に会いに来たってわけか。」
キイちゃんはマイヤーズをごくりと飲んで、今度は笑った。本当に仲良しになれたみたい。
ギイの方向性ってなんだ?
俺にもさっぱりわからないよ。
「マスターが「いい加減にしろ!」ってギイさんに言わなくちゃ、いつまでたってもギイさんはガタガタしてそうなのでお尻を叩きに行ってください。」
「俺が?」
「はい。マスターからギイさんに逢いにいってください。」
「・・・。」
「マスターの方が強いですから。」
なんだろうな。人から強いとか言われたことがないせいか、意外すぎるからなのか・・・信じてみてもいいかなと思えた。大丈夫、いや大丈夫じゃないと堂々巡りを繰り返しながらベッドに潜るのにも飽きたし。このままでいれば悪くなることはあっても良くなることはないだろう。
「まさかキイちゃんに励まされるとはね。」
「僕が笑っていられるのはマスターとギイさんのおかげです。その二人が仲良しじゃないなんてダメなんです。わがまま言って申し訳ないと思うのですが、どうしてもマスターに聞いてほしくて。」
「こんなお節介なら大歓迎だよ。キイちゃんにお尻を叩かれた俺がギイのケツを引っ叩きに行くんだから可笑しいよね。」
「軽く蹴っただけで壁まで飛んでいっちゃいそうです。手加減してあげてくださいね。」
「そんなに弱っているってこと?」
「ええ、ガクガクぶるぶるです。」
俺は何日かぶりに笑うことができた。ガクガクぶるぶるな儀のケツを蹴り上げている俺が浮かんだからだ。考えてみれば、儀は俺様なくせにどこか弱くて臆病なのは俺が一番知っていて、そもそもそこに付け込んだわけだ。
じゃあ、このグズグズした状況を変えるために、また手を差し伸べて「ほら、掴まれよ。」といってやるか。
なにしろ俺は強いらしいし。
「ギイさんはマスターじゃないと駄目なんですから。」
キイちゃんのその言葉、信じてみよう。
本当は強くなくたって強いふりはできるし、嘘だって信じているうちは真実と変わらない。
そうだな、信じてみよう。
俺と儀の12年と・・・9ケ月を。
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