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september.21.2016 SABUROな夜
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「オータムフェストはどうだった?」
夜の営業が始まったばかりの浅い時間、それほどまだテーブルは埋まっていない。18:00を過ぎたころから慌ただしくなるから、てんてこ舞いになるのはもう少し先。
「ん~なんていうか、ものすごい人だった。端から端まで歩いてみたけど、俺のイメージが変わったかな。」
食のイベントは全国各地で開かれている。ビアガーデン同様、札幌は規模がデカイ。そして混んでいたとなると・・・俺と理はいかないだろう。最近外にでるのが億劫になってきたのは良いことなのか悪いことなのか。色々な所にアンテナを張っておくべきなのだろうが、いまいちそういう気になれない。
村崎が毎年罹る年末うつ状態、俺もそんな気分なのかも。
「牛ステーキとか熟成肉のステーキなんかがあって、1200円とか1500円なのよ。当然紙皿なわけで、皿に盛りつけられて店の中で食べたいなっていうのが本音。有名シェフが週替わりで料理を提供するところもあって、並んでいたな。黒服が注文とったりさ。
屋台って安いぞ~なイメージだったけど、安いわけじゃないのよ。味や評判があれば店と変わらない値段でも買ってくれるってことなのかもしれない。」
「そういえば、ビアガーデンも枝豆やソーセージのイメージだったけど、色々メニューがあったし。」
「固定観念はいかんよね。とはいえ、歩いて気がすんだから何も食べなかった。」
「なにもかよ。」
「そ、んでハルと旨いパスタを食べて帰ってきた。ちゃんとデートと食事したぜ?飯塚は何してた?」
「俺・・達は天気がいいからベランダでビールを飲んだり食べたり、まったりした。」
村崎はニヤリと笑った。
「ほんと好きだねベランダ。」
「俺がというより理が好きなんだよ。」
「見られ放題じゃないの、恥ずかしい!」
「おい!」
「ちょっとなに緩んでいるんだよ!コースのお客様到着だよ。前菜の準備よろしく。」
理はひと睨みしてテーブルへ向かった。
「コワイコワイ、ちゃんと仕事するか~。」
「だな。」
コースがスタートするとともに、店内も賑わいはじめた。オーダーを捌く時間がやってきたから、理の言うように緩んだ気持ちを引き締める。
「はいよ!前菜あがり。」
北川が6人分の料理を運んでいった。次はグラタンだがこれは客の到着と同時にオーブンに入っている。グラタンが出た頃アクアパッツァに火を入れるとしよう。その間に他のオーダーに取り掛かる。
パスタに、トリッパ、サラダとテールの煮込み。不思議なもので何となく村崎とは分担が分かれていて、打ち合わせをしているわけでもないのに、効率よく対応できている。そもそもそういう動きになるように、村崎に仕込まれたのかもしれないが。
「ミネさん!グラタンあと何分ですか?」
「は?さっき前菜でたばっかだろ。」
「すでに完食です!!」
「うわ~きたよ、これ、きちゃったよ!!」
でた・・・1皿5分の客。
コースは仕込みが面倒ではあるが、あらかた段取りできているのでスムーズだし単品メニューに比べて楽とも言える。しかし例外がある。全員揃う前に始めますという客。「一人遅れてくるので、先に始めます。お料理お願いします。」ってやつだ。1度で終わるはずの作業を2度繰り返すことになるから厄介。一人くらい平気でしょ?というのはやったことのない人間が言うことであって、揃ってから始めてくれるほうが手間がかからない。
あともう一つの例外。それは食べるスピードが早い客だ。
コースに掛かり切りになってしまうので、他のオーダーが滞ることになる。コースの客を待たせるわけにはいかないが、単品の客を待たせていいわけもない。
コースに手がかかる結果料理を出す時間がいつもより伸びてしまうのだ。
「ハル、グラタンはあと1分。飯塚アクアパッツァに火入れしてくれ。ディアブロも仕掛けてしまっていいから。たぶん間に合わない。その2皿の間に6種盛り挟んで、ディアブロの時間を稼ぐ!
パスタはフジッリのアラビアータに変更する!ショートのほうがアルデンテが長持ちするから!頼んだ!」
「了解!」
5分客・・・猫舌であってくれ。グラタンで時間が稼げるといいけど。
「サトル!」
「なに?」
「トアと二人でホール回せるか?コースのパスタが出るまででいいから。」
理はチラっと後ろを振り返り店内の様子を確認したあと村崎に頷いた。
「大丈夫いけるよ。なんとかする。」
「頼んだ、んでハルよこして!」
俺はクアパッツァに火入れしたあとグラタンを取り出した。猫舌さん、いてくれよ!
「ミネさん、来ました。」
「よっしゃ、ハル、中入って。」
「え?」
「コースをやっつけるまでの間、厨房チームに編入。とりあえずオーダーの中から盛ってだせる系の料理かたっぱしから片付けてくれるか?」
北川はキリと表情を引き締めたあとさっそくコールドテーブルからタッパーやトレイを取り出した。
皿に盛り付け、伝票を確認し皿を取りに行く。
初めてだろ?不覚にも感心してしまった俺、それどころじゃない、ディアブロ!!
「理さん、ドリンク僕しますからオーダー流してください。皿運んでいる間に作ります。ミネさん、ドリンクオーダー受けてもいいですよね。」
「それはホールチームに任せる。回れば何でもいいこの際、なんでもいい!」
そこから厨房は全員無言。北川だけが理やトアとドリンクのやり取りをしているが、鍋も料理も複数掛け持ちの俺と村崎は口を開いている暇はない。
飾りの赤いパプリカを鍋に入れて蓋をして火を止める。パプリカは余熱で十分火が入る。
「ミネさん!グラタンバックです!」
「まじかよ!トア6皿全部?」
「オールです!超高速です。」
くそ!猫舌野郎はいないってことだ。
「一人でも女子がいたら食うスピード落ちるのにな。」
「村崎、そんなこと言ってる場合じゃない。男は早食いなんだよ。」
「俺は遅い、いやゆっくり味わう。そんなことはいいよねって事!飯塚アクアパッツァ盛り付けて。あ~いやいい、ハル!アクアパッツァ盛り付けて。コース仕様だぞ。」
「え?」
「え?じゃない!さんざんサーブして皿の中身見飽きるぐらい見ただろ?ホールチームの中で一番キャリアが長いのはハルなんだから、大丈夫できる。最終チェックは俺がするから。
飯塚、ディアブロは?」
「7割!」
「よっしゃ、肉の面倒みながら他のオーダーにかかって。俺も6種盛り間もなく終わる。」
北川は丁寧に鯵を皿に盛り付けていた。門前の小僧習わぬ経を読むってやつか?ちゃんと意識して観察しているとやったことがないことでも身につくってことか。
「ミネさんチェックお願いします!」
「はいよ!」
「正明!カンパリソーダいけるか?」
「いけます!」
「カンパリ2、サングリアのボトル開けておいて!」
「わかりました!」
「アクアパッツァOK!理、コースの次あがった!」
「了解、トアに運ばせる。オーダーとってないテーブルにいく、正明ドリンクね!」
「6種盛り終了。単品のオーダーやっつける。ディアブロあがったらカットしてくれればいい。あとはハルに盛り付けしてもらうから。」
「わかった!」
次々告げられるオーダーを頭に入れて手をつける段取りをまとめて手を動かす。北川のおかげで細かい皿はすでにでているから、テーブルに何もない状態は避けることができている。ドリンクと何か一皿、二皿。それが揃わないと客の満足度がどんどん目減りしていくから大事なのはこの最初。
コースで乱れそうになったリズムが元に戻り始めた。いつもの夜、いつものSABURO。
客が笑顔で満足できるように、ただひたすら手を動かし、美味しいと笑う顔を想像しながら味をみる。
「コースまもなく次です。」
「トア、6種盛りはもうあがっているからいつでもいける。」
「了解です。」
「飯塚、ディアブロあがったらアラビアータ作っていいから。」
「OK!」
「ハル、もうひと踏ん張りだから、頼む。」
「大丈夫です!」
なんとも心強いというか、いつの間に仕込んだんだ?
口が裂けても言えないが、理ではこうはいかないだろう・・・。
アドレナリンとともにジワリと額に汗。いろいろな熱源と体の中の活気で厨房の温度はホールより確実に高い。厨房、ホール、それぞれが自分たちの役割をこなしながら今日という日の夜を演出する。日常の中にあるささやかな非日常。おいしいものを食べたね、また来ようねと言ってもらえるように。
「6種盛りまもなくバックです!」
「ディアブロいける?」
「今カットする!」
「ハル、盛り付け頼む。」
「わかりました!」
パリっと焼けた皮がキラキラ光っている。国産鶏のもも肉が美味しそうに皿の上に飾られていく。
北川の盛り付けは俺と同じだけれどどこか違う。俺よりも狭く高く盛り付けるせいか、皿が大きく見える。
これもアリだな・・・実際の大きさ以上の大皿に見えるとスタイリッシュな感じに仕上がるのか。
女性客にはこっちのほうがよさそうだな。
「きれいだな。」
「ありがとうございます。」
ホールより高い温度のせいか北川の頬はピンク色に上気していた。一生懸命を絵に描いたようなひたむきさ。村崎はこういうところに惹かれたのかもしれない。
見た目の可愛さ以上に骨があるから、仕込み甲斐があるのだろう。俺と理とは違った形の二人か。
悪くない。
「ハルご苦労!ホール戻っていいよ。あとパスタだけだからこっちは大丈夫。」
「わかりました、いつでも呼んでください。」
「頼りにしてるぜ、お疲れさん!」
笑顔でハイタッチする二人を見ると俺まで嬉しくなってきた。
なんだよ、いいじゃないかお前ら二人!
結局パスタが出るまでにかかった時間25分。1皿5分・・・おしゃべりに夢中で料理がどんどん冷めていく姿を見るのは悲しいものがあるが、ハイスピードはハイスピードで困る。
戻ってきた皿はもれなく空だったから味は気に入ってもらえたようだ。
「5分客、久しぶりに来たな。」
「ああ。」
「なんとかなった、よかった。まだ夜は終わっていないけどね。」
「村崎。」
「んん?」
「北川をいつ訓練した?」
村崎はホールに目をやり表情を緩めた。テーブルでサービスしている北川の姿を見たのだろう。
「何にもしてない。朝ご飯を一緒に食べるために交代で準備をすること。あと休みの日の常備菜づくり、それと休みの日のご飯を一緒に料理する。これだけ。」
「それだけ?」
「でもあれかな。作りながら色々なことを話すよ。栄養のことや手順の大事さ、あと俺はこんなふうに教えてもらったんだよねっていうエピソードなどなど。俺は料理のやり方を教えているわけじゃないんだ。作る側の気構えっていうのかな、食べる人を忘れない事とかね。それでハルの意識が変わったんだと思う。料理のやり方はレシピ本にも書いてあるわけで。本やネットに書かれていない所を伝えているかな。俺がそうやってオヤジから教わったからね。優しい味は作る人間が食べる人に優しい気持ちを持ってないと出せないから。
俺、最近優しい味って言われると嬉しかったりする。」
「格好よすぎだろ、それ。」
村崎はフニャっと笑ったあと言った。
「格好いいこと言おうとしたわけじゃないけどさ。そもそも飯塚と理を羨ましいって思っていたわけで。同じ目的をもって生きているっていいな~ってさ。
それで俺はハルに・・・そうだな、よかったって思ってほしいわけ。」
「よかった?」
「そ、俺に出会えてよかったってさ。わかんないけどいつか別れたりな日がくるかもしれない。でもそのときに「こんなことを覚えました。」「こんなことができるようになりました。」とかさ。ハルの財産になるような事を俺はあげたいなって思えたんだわ。
女性と結婚して人生のパートナーとして作り出すものは・・・俺とハルでは無理だし。でも無理ってことじゃなくて、男同士だからこその在り方があるんじゃないかって。
俺はハルに伝えることで自分を磨く。
ハルはたくさん吸収して自分の蓄えを得る。
そして二人揃って同じ仕事をしてSABUROを特別にしていきたいってさ。
なんかね、そんなこと今までつきあった誰にも思ったこともないし考えたこともないけど・・・ハルとならできる気がするんだ。」
なんだよ・・・お前。
あんだけジタバタしたくせに、納得して飲み込んだらここまで突き抜けられるってどういうことだよ!
でも正直格好いいと思った。
男同士だからこその在り方か・・・。
理が時たま落っこちるエアポケット。その状態になったとき、今の村崎の言葉を教えてやろう。俺と理だからこその在り方、それを見つけていけばいいじゃないかって。
他と比べても何と比べても揺らがない「在り方」
それを二人で作っていこうと言えばいい。
「時々悔しくなるほど格好いいよな、お前。」
村崎はグイっと親指を立てた。
「飯塚に褒めてもらうと素直にうれしいよ。でもお前だって格好いいぞ、そんな顔しているだけに悔しいけどね。「ずっと味方だ。」ってアレ、俺の中でカッチョイイ飯塚ランキングで今のところトップ。」
ぷっと噴出した俺に村崎がほほ笑む。
「ちょっと!なに緩んでるのさ!オーダーはいります!ボロネーゼ、パスタはリングイネにチェンジです。
ミネがこの間受けちゃたからリピートです、芙蓉蟹!」
「えええ!」
「えええ~じゃないよ。こういうメニューにないもの作ってもらった~って人は次も絶対頼むと相場がきまっているでしょ。早く中華鍋だして!
正明まで借り出しておいてニヤニヤ見つめあってるからだよ!よろしく!」
「コワイコワイ、コワイヨ~~。」
「コワイよ~言ってないでカニ玉作れよ。」
「あ~い。」
こうしてSABUROの夜は更けていく。
たくさんの美味しいを今晩もたくさん作ったと自信をもてるように、伝票を手にとる。
さて、何から作ろうか!
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