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september.25.2016 シネマレストラン「影なき男」1988.America
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「お疲れ様です、ただいま戻りました。」
定時をわずかに超えた時間に出先から戻れば、バタバタと帰り支度組と居残り組に分かれて事務所はざわめいていた。外回りのあとに必ずついて回るのが事務仕事。事務所に残っている面子は事務仕事し放題でいいよなと思う。そうはいっても、常に同じ環境で自分のデスクに座っているのは性に合わないわけで・・・仕方がないことは考えたって意味がない。
喫煙室で煙草を一本。これが俺のスイッチのONとOFF。愛想と笑顔を大盤振る舞いしすぎたせいでだるくなった顔をリセット、煙草を吸って不愛想に戻る。本来不愛想が俺の基本だから、仕事以外で笑顔を振りまくなんて鳥肌ものだ。
自分のデスクに戻って一瞬迷う。今日もあるのかな・・・もうこれは期待しちゃっていいレベルではないか?一番下の引き出し。そこは高さがあるから大抵の物が入れられてしまう。おまけに鍵もかからない。
「お疲れ様です、お先に失礼します。」
竹中さんの明るい声に顔をあげてみればバチっと目があう。モゴモゴとお疲れ様と口からでた声は思った以上に小さかった。
クスっと笑われてバツが悪い。
「お腹すいていると効率おちますよ、お先です。」
そしてニッコリが続く。
だから・・・期待しちゃっていいレベルだよね、そうだよね。
竹中さんの姿が廊下に消えたのを確認したあと、俺はさり気なく物を取り出すふりをして一番下の引き出しを開けた。
あった!今日もあった!
そこにはコンビニの白いビニール。おにぎりが二つとクリスタルガイザーのスパークリングレモンが一本。さっきまで冷蔵庫に入っていましたよといわんばかりに冷えている。もしくは買ってきたばかりのように。
このおにぎりの差し入れは2ケ月ばかり前から毎日引き出しに仕込まれている。その頃から帰るときに竹中さんが言い始めたのが「お腹すいていると効率おちますよ。」という言葉。
点と点を結ぶと線になるわけで・・・どうしてこんなことするの?って聞くのは野暮だろうし。
これで期待しないと男じゃない!と思う。
自然に緩んだ口元を手で隠しながら引き出しを閉めた。もう少しあとで食べよう。
「クスッ。」
くそ・・・見られた。
向かいの席に座る曽田島がニヤニヤ俺を見ていた。この男は俺と一緒にクライアントをフォローしている同僚であり、どうにも根性が気に入らなくて感情的になってしまう。半ば妬みともいえる感情はなかなか飲み込めるものではなかった。なんでもそつなくこなし、額に汗なんかかいたこともないだろうといういけ好かない男。ようは俺より出来がよくて要領がいいってことだ。
いやまだある・・・顔も背も俺よりハイスペックだ、よりによって。
数字を落とさないことで自分のプライドをなんとか拾い集めている俺にとって、目の上のタンコブな男。
「また差し入れあったんだ。へえ~モテるね。」
嫌味か!
「関係ないだろ。」
「まあ、俺には関係ないけど?おにぎり食べて元気モリモリ?篠山はおにぎりが似合うよ。」
「悪かったな、サンドイッチなんて胃袋に行く前に食道できえちまうよ!」
「不便な体だな。くだらないことはどうでもいい。山東商事の件うまくまとまったから。篠山の土台作りがよかったせいで、俺がチョロッといい餌ぶら下げたら即OKだった。」
「あああ?なんでだよ。それ一緒に行くって話だったじゃないか!」
「そうだったけど、なんか忙しそうだったし?手間を省いてやろうと思ってさ。」
俺がどれだけ苦労してあそこを口説き落としかわかっているくせに!
「どっちがどっちってことじゃないしね。だって俺たちチームだろ?」
曽田島がニヤリと笑い、俺の劣等感に火が灯る。確かに段取りがよくなかったせいで、山東商事を後回しにしていたことは確かだ。行かなくちゃ、早く行かなくちゃと思っていたくせに!
何やってんだ俺!
・・・何かぼんやり引っ掛る・・・なんだろ?
俺の思考は曽田島の言葉によって遮られた。
「俺は日報も報告書も終わったから先にあがるからな。せいぜいおにぎり美味しくいただけよ?」
曽田島は最後にアハハと笑ってカバンを持った。
できる男は定時から遅れること7分で帰って行った。俺の机の上にはファイルやポストイットに書いて貼り付けられた伝言メモ、カバンから出した本日の成果が積み重なっている。
さて・・・片付けるか。
曽田島に勝っていることが一つだけある。俺にはありがたい差し入れが机の中にあるってこと!
<<・・・・・場面転換→SABURO店内>>
「その仏頂面、いい加減ひっこめろよ。せっかく旨いもの食べたっていうのに。」
旨そうにコーヒーをコクリと飲み込んだ曽田島に言われた。一応ポーズとしての仏頂面ぐらい貼り付けておかないとバツが悪すぎる。
俺たちが仲良くランチをしているのは山東商事の一件が原因。俺は課長に呼び出され事の顛末を聞く羽目になった。「連絡がない場合は変更ありません、22日に伺います。」俺はそう担当者に言ったことを失念して別のアポをいれ出向いていたという、最悪の失態。
山東商事から1時間打ち合わせ時間をスライドできないかという電話が会社に入り・・・俺は不在。
曽田島が山東商事に出向き事なきを得たーこれが顛末。
おまけに課長に言われて22日のアポを思い出すという間抜けな俺は情けなくて穴を掘って生き埋めになりたいぐらいだった。(あの日の引っ掛りがコレ・・・馬鹿すぎる!)
しぶしぶ礼と謝罪をした俺に曽田島は「昼飯ぐらい奢ってくれてもいいんじゃないの?」と言い、店まで指定してきた。値段以上の味だったから大満足だけど、店を選ぶセンスまで負けている自分が悔しい。色々と癪にさわりまくっている俺は仏頂面で防御しているというわけだ。
「あれ?」
「どうした?」
「・・・あれ竹中さんじゃないか?」
「今頃気が付いた?」
「一緒にいるのって・・・。」
「経理の中林さんだろ?なんでも結婚話がでているらしいな。給湯室で盛り上がっていたし。」
え?え?え?
あの差し入れ引き出しに入れておきましたって、竹中さんじゃないってこと?俺の期待感は見当違いの恥ずかしい勘違い?
「どうした?顔色悪いけど。」
「あ・・・いや・・・めでたい話じゃないか。」
「まあな。適齢期の社員がまた結婚成立か。俺も篠山も売れ残っているって女子は見る目がないよな。」
その自信満々っぷり、今の俺には直視できない。
とりあえず気分を切り替えるためにトイレに向かうことにした。顔を洗ったら少しはスッキリするかもしれない。
適当に顔をパシャパシャしてテーブルに戻ると曽田島は店員と話しこんでいた。
「おすすめのバディムービーですか。」
バディ?あ・・・相棒ってことか。そんなもんテレビドラマの「相棒」見てればいいんじゃないの?
メガネの店員は面倒くさがることもなく曽田島のリクエストを聞いている。この店は客のニーズにどこまで付き合うんだ?サービスしすぎだろう。
「そうですね・・・出来上がっている相棒もいいですが、二人の関係が作られる過程も楽しいですよね。では少し古いですが「影なき男」はいかがでしょうか。1988年の映画です。」
「過程ですか、なんかいいですねそれ。」
ノリノリだな・・・曽田島。
「FBI捜査官を演じるのはシドニイ・ポワチェ。彼は黒人で初めてオスカーを受賞した名俳優です。宝石強盗犯が逃走して山登りツアーに紛れ込んでしまった。山越えでカナダに抜けようとしている犯人を阻止したい捜査官は山岳ガイドを雇って後を追うことにします。
犯人が紛れ込んだ山登りツアーのガイドをしている女性は、FBI捜査官が雇ったガイドの恋人だったのです。
ガイドはトム・ベレンジャー。「プラトーン」でエリアスさんを撃っちゃう男ですよ。
ガイドは都会育ちのズブの素人は足手まといだ!俺一人で彼女を助けに行くとFBI捜査官を突っぱねます。捜査官はガイドごときが強盗犯に対峙できるはずがない!そっちこそ素人が!となります。
結局二人は一緒に山に入るのですが、犯人は2日前に入山している。距離と時間を詰めなければ国境を越えられてしまうし彼女の命の保証はない。間に合うのか!
というストーリーです。」
「へえ~面白そうですね、それ。」
不覚にも俺もそう思ってしまった・・・。
「犯人追跡、阻む自然、出会ったばかりの二人の男。色々な要素があるので楽しめると思いますよ。そして二人の関係がどう変化していくのかも見どころです。」
「うわ、絶対みたい。レンタルにありますかね。」
メガネの店員はニッコリしながら言った。
「古い映画ですからどこにでもというわけにはいかないでしょうね。でもレンタe-zoにはあると思いますよ。」
「教えてくれてありがとうございます。」
メガネ店員は他のテーブルに呼ばれて行ってしまった。黒人と白人の出来立てバディね。山岳ガイドと都会のFBI捜査官って組み合わせもなかなか興味深い・・・って違うだろう俺!さっさと仕事に戻らないといけないのに油売っている場合じゃない。
「そろそろ戻ろう。のんびりしている暇はないよ。曽田島はともかく俺はお前の倍かかるんだから、何をするにもな!」
なんだ、この自虐モード。
「帰るか、でもその前にレンタル屋に寄って行く。」
「はあ?借りるのかよ。」
「だって気になるじゃん。」
まあ・・・わからんでもない。
「あ~言っておくけど、俺のうちで今晩一緒に鑑賞。これ決定事項な。」
「はああ?」
「山東商事の借り、ランチだけで返したつもりか?」
「うぐぐぐ。」
それを持ち出されたら何も言えない俺だった。
<<・・・・・場面転換→曽田島の部屋>>
期待を裏切らない映画だった。けっこうハラハラしたしドキドキした。いきなり犯人がツアー客を谷底につき落とした時は「うわああ!」って声がでちゃったくらいだし。映画館じゃなくてよかった。
「あの店員さんの目利きは確かだな。」
曽田島の言葉にコクコク頷く。
「聞いたことはあったけど本当だったんだな。寒いときは裸になって抱き合って凍死しないようにするって。二人が「臭い、臭い」って言い合う場面が笑えた。死ぬのは嫌だけど臭いのは勘弁だよな。」
臭い男達が一つの寝袋に入るってどんな拷問だよ。俺は映画を見て楽しんだせいかリラックスするという間違いを犯した。いつもの茶化したような表情を消した曽田島が俺を見るから、ちょっとドキっとしてしまったのは隙が生まれていたせいだ!
「じゃあ、なに?臭くなかったら抱き合えるってこと?」
は?何を言ってるんだ?このハイスペック野郎。おまけに何で距離詰めてきてんだよ!
「いい匂いでも男と抱き合う趣味はない!」
「別に俺、男って限定してないのに何で篠山は男だって思ったのかな?」
なんだこの息苦しさ・・・ジリジリ追い詰められていく感じ!
「一つ種明かししよっか。引き出しの差し入れ、竹中さんじゃないって今日わかったわけだけど、じゃあ誰だって不思議に思わなかった?」
「・・・思ったけど、考える気力がわかなかった。っていうか、なんで俺が竹中さんだって思っていたの知ってるんだよ!」
「『お腹すいていたら効率あがりませんよね。』あれ言って欲しいって頼んだの俺だから。」
!!!!!!!なんだって??
「疲れてる時や暑い日は梅干しチョイスとかさ、おにぎりだって毎日変わっていただろ?冷え冷えで飲み頃の炭酸水は身体にしみ込んだはず。」
待て待て待て!じゃあ、あの差し入れは曽田島だったってこと?
えええ~えええ~~えええ!!!
「なんでそんなことしたんだよ、って言いたいわけ?そんな顔してるけど。」
「・・・普通そうだろ。」
「言わない。」
「はああ?」
「ついでに言うと課長に直談判して同じチームにしてもらった。影ながらフォローしつつ、けっこう嫌な奴を演じていたんだよね。」
何言ってんの?えええ~何言い出すの??
「嫌な奴が実はいい奴だった作戦。」
・・・意味不明すぎる。(いや・・・おそらく俺は察してしまっていてパニックを起こす寸前!)
「動揺しているけど嫌悪感はなさそうで安心したよ。」
嫌悪感・・・それはないけれど、いや待て!ここは気持ち悪いだろ!とか、冗談はよせ!とか、俺は帰る!とかそういう展開に持ち込まないといけないはずなのに・・・はずなのに俺の体も口も動かなかった。
「ま、とりあえず、ビールでも飲むか。」
曽田島は何もなかったように立ち上がった。そのまま冷蔵庫を目指すと思いきやクルリと振り向く。
「まずはバディから始めようぜ、篠山。」
ニヤリと笑った曽田島から目が離せない俺・・・はどうかしている。
ものすごくどうかしている!
そして何故かドキドキしていた・・・。
一本の映画で俺の人生、方向性がグワンと変わってしまうのかもしれない!!
ドキドキドキ・・・ドキ・・ドキ
ドキドキ
FIN
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
タイトルに年代を入れたのは「影なき男」で検索すると1934年の「影なき男」が最初にヒットするからです。ダジール・ハメット原作の映画で、こちらのほうが有名なんですよね~
シドニー・ポワチエは「夜の大走査線」「招かれざる客」など素晴らしい作品があります。
機会があればご覧ください、色々考えさせられます。
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